第24話

「やっほー」

「えっ、銀子?」


 私はノックもせずにドアを開ける。


「もう、部屋に入るならノック必須でしょ!」

「驚かせたくて」

「なんでよ」

「えー、だってノックしたら『体調が悪い』とか『疲れてる』とかで省かれそうだなーって思って」

「な……何言ってるの?銀子にそんなこと言うわけないじゃん」

「そうやっていつも誤魔化して話を先延ばしにして『あぁ、あれは終わったから』って言ってなかったことにするじゃん」

「な、何の話」

「ならさ、強引に話を聞くに限るよね。私達、十年も過ごした仲でしょ?」

「だ、だから!何の話してるの?」

「『響が凄い悩んでいる顔してるけど、このまま何か悩んでる?って聞いてもどうせ言ってくれないから強引にお話ししよう』」

「に……言ってるの?」

「『響が凄い悩んでいる顔してるけど、このまま何か悩んでる?って聞―――』」

「同じころを繰り返してってわけじゃなくて!そうじゃなくて、その……私が悩んでるとか、それを言わないとか、顔が酷いとか……何言ってるの?私になら何言ってもいいって思ってる?」

「……そういう所だよ」

 あくまではぐらかす。

 仕方ない、響は頭が悪いから直接言わなきゃいけない。

 この際だから、長年の鬱憤でも晴らそうか。


「今までめんどくさいという理由で見て見ぬふりしていたけどさ」

 大丈夫、私と響は十年も有効な関係を築いてきた。

「今日は、明確な理由があるから、聞くよ。相談」

「……?」

 可愛い表情。先生を好きになるまで自分がレズだとは思わなかったけれど、よく惚れなかったもんだ。

 まぁ、先生程可愛くないからね。私は価値の高い物を好んでしまうのだ。

 なんて。

 余計なことはもう考えないで。

 向き合おっか、響に。


「『魔物の大群』」

「!?」


 目も口も全開に開けて、驚いた顔を私に見せてくれる。

 相変わらず何かを隠すのが下手というか、何でも顔に出るタイプだよね。響って。

 だから、響の反応を見てやっと小山内さんの言っていることが本当で、改めて魔物の大群という得体の知れない物に恐怖する。

 私と先生が付き合ってるという秘密も、響の未来予知の秘密も、何でも知ってる小山内さんは何者で、なんて凶悪な能力を持ってて、どれほど他の秘密を持っているんだろう。


「どうして、それを」

「とある人が朝早くに教えてくれてね。響の【未来予知】でそんな未来が見えたことを私に教えてくれた」

「とある人、とある人が朝に?朝……朝ってあの時!」

「朝?」

 そう聞くと、響は私の顔を一度見て、何かを考えていたのだろう、数秒程見つめてから全身に力を抜くように大きな大きな溜息を付いた。

「銀子が知っているなら、もういいや。うん、魔物の大群。誰にも言えなくて、どうしようかと思っていたんだ」

「……だったら、私達に言いなよ」

「だって、迷惑掛かるじゃん。こんな大事なこと、命に係わる……いや、世界が終わりそうな悩み事なんて」

「迷惑掛けてって言ってるの。元気じゃない顔してる方が迷惑。これから秘密にしたいことがあるなら私の視界に入らない所で困った顔しな。じゃないと、今日みたいに怒るから」

「……必ず言いな、とかじゃないんだ」

「流石に小さな悩み事くらいは自分で解決してほしい。響ってどうでもいい悩み事とかは相談してくるから。あれは嫌だ」

「難しいし手厳しいなぁ」

 響は姿勢を直して、座る位置をベッドの中心から横にずらした。

 人一人入れる空間を見て「あぁ、寂しいんだな」って分かるのは、幼馴染故なのか、それとも私の性格がそんな性格だからか。

 しょうがないなぁ、そんな気持ちで座ってあげた。

 メイドさんの手でいつもフカフカなベッドは、先程まで響が座っていた場所だからお尻が少し暖かい。半分だけだけど。

「……響はさ」

「ん?」

「私みたいな秘密とか悩みとか、ないの?」

「あるね」

 即答する。

 悩みはないけれど、秘密はある。

 もちろん、家に帰りたいなどの悩み、不満?はあるけれど……あれ、悩みと不満の違いってなんだろ。

「えー、じゃあ私にその秘密とか教えてよ。私の秘密知ったんだから」

「秘密って……別に、私の秘密は聞かれてないだけで秘密じゃないからなー」

「ほんと?」

「うん、プライバシーに関わるもの以外は、何でも答えてあげよう」

 そう言ってみると、響は天井を仰ぎ、口を尖らせて悩んでいた。


「……じゃあ、彼氏いるの?」

「いないよ」

 これまた即答、彼氏じゃなくて彼女ですー。

「やっぱり嘘じゃん」

「嘘じゃないよ。私に彼氏がいる根拠は?」

「だって、遊ぶ機会無くなったし、お昼ご飯の時一緒に食べなくなったし、夜お家に行ってみてもいない時が多い」

「でも、彼氏じゃないよ」

「……じゃあ、なに?えっ、えっちな、こと……とか?」

「もっと違う」

 いやまぁ確かに先生とエッチなことしに行きはするけどさ、響がいま妄想してるのは援交みたいなことでしょ。

 そんなキモいおっさんにお金貰って身体売る?ないない。

「じゃあ……」

「私だけだと不公平だから私も質問するね。魔物の大群ってどんな感じだったの」

 いつまでも質問させられてはキリが無いので私も問う。

 というか、元々その予定だった。

「えっ?えーと、魔物の大群は……長くなるけど、いい?」

「もちろん、コップ作るからちょっと待ってて」

「コップ作るって何」

「こう」

 それは、能力によって作った氷のコップ。

 形がシンプルだから作りやすかった。そこに水魔法で作ったお水を注ぐ。

「便利だなぁ」

「でしょ?溶けそうになったら言って」

「うん」

 この世界に来て五日目。

 魔法で生活するこの世界に慣れてきた私達。

 響は一口だけお水に口を付けた。


 そこからは、指を絡めせたり、髪を弄ったり、立ち上がったり、座ったり、天井を見たり床を見たり、ゆっくり、ゆっくりと私に夢で見たものを教えてくれた。

 それだけ、夢で見た光景は残酷で、私が到底想像できない物なんだと思った。


 事を全て語り終え、一分近くの沈黙。

 言ってくれたものは小山内さんから聞いたこととさほど変わらない。

 ただ、どうしてだろう。

 見た本人から聞いた話だからか、頭の中でその様子が浮かんでくる。

 お互いに何も言わないことに痺れを切らしたのか、もしくは、これも言っちゃえと少し投げやりな感じなのか、響は口を開けた。


「戦争ってさ、こんな感じなのかなって思った。私達は人間を守る為に私達は魔物を殺して、魔物は、魔物を守るに人間を殺して」

「響……」

「ご、ごめんね!その……うん、うん……ごめん」

 最後のごめんは、最後まで聞こえなかった。

 私達は戦争の怖さなんて知らない。

 銃の音なんて知らないし、教科書に書いてある戦争についてページは滑るし、第一その時代の人じゃない。

 日本に戦争が起こってないことに感謝しろ、本当にその通りだ。


 私達は魔物の怖さを知らない。

 蛇の女なんて見た頃ないし、でかい蜘蛛なんて知らないし、第一この世界の人じゃない。


「どうして私達がこんな目に合うんだろ……」


 響が少しだけ諦めた顔をして上を仰いだ。


「……とりあえず……さ、このことは先生達とかには相談したの?」

「え?いや、全く」

「そっか。とりあえず、先生に一旦相談しよう」

「でも、先生に迷惑掛けちゃう」

「それはもう聞いた。多分だけど、今後響はこういう夢を見るから、それを見る度に誰かしらに相談はしてほしい。もしも私が死ぬ夢見たらどうする?私に迷惑抱えるからって思って何も言わないで、何も対策しないで、実際に私が死んだ後、絶対に言っておけばよかったって思うのはどこの誰?」

「ぎ、銀子、まだ怒ってる?」

「怒ってはないよ、ただ説教してるだけ。とりあえず、私と翼や火南、それが嫌なら先生達みたいな大人には言ってほしい。まぁ多分だけど、私達に相談したところであんまり意味ないから、先に先生に話しちゃってもいいと思うんだけどね」

 実際の所、大人に頼っちゃえば案外簡単に解決することは多い。まぁ魔物の大群が簡単に解決するとは思えないけど。

「まぁ、もう先生は知ってるから今から言っても遅いけどね」

「え?」

「ほら、とある人が教えてくれたって言ったでしょ?私と先生、あとその場にいた合居ちゃんが知ってるよ」

「あー……そういえば言ってたね。さっきも思ったんだけど、とある人って小山内さんでしょ?」

「あれ、何で知ってるの」

「朝に、この夢を見た後部屋から出たらたまたま一回だけ会ったんだけど……それ以降話してないし……なんで、知ってるのかな」

「それは私にも分からないし、先生も隠してる感じはしたから結構大きな隠し事なのかもね。けど、私が思うに【記憶を見る能力】なのかなーと思ったり。予想だけどね」

「ふーん……銀子も秘密?知られちゃった?」

「実は、ね」

「なるほどねぇ、小山内さんに聞いてみようかな、銀子の秘密」

「口硬いから無理だと思うな」

 私と先生の関係を誰にも言わなかったのだ、そう簡単に言ってくれるとは思わない。

「銀子が言ってくれないからさ、幼馴染の秘密は握っておきたいじゃん?」

「否定はしないかな。女ってそんなもんだし」

 そう言って、お互い顔を見て笑う。

 うん、その顔。

 やっぱり、響に辛気臭い顔は世界一似合わない。

「じゃあ、また明日ね」


 銀子は私の顔を見てから、部屋を出て行った。

『小山内さんが教えてくれた』って言うけれど、言われなくても相談してくれたんだろうな。

 それにしても……。


「多分だけど、彼氏じゃなくてエッチなことじゃない。なのに夜中にいない、朝別の所から登校する」

 じゃあなんなんだと嘆きたくなるけど、一人になって、ゆっくり考えてみると一つだけ説が上がる。


「レズの可能性、ねー……」


 正直違うと思う。

 違うと思うけど、銀子の性格とか考えると無くは無いのかもしれない。

 一回でも「彼女はいるの」と聞いた方がよかった。

 恋バナ大好き恋愛脳だからこういう思考しか出来ないから全く違うかもだけど。


「じゃあ、ワンチャンあるか」

 今、私はどんな顔をしているだろう。

 物語みたいに言うなら、多分『不敵な笑み』かな。

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