第22話
キツイキツイ訓練が終わったら、お部屋に戻ってシャワーを浴びる。
汗を流してさっぱりしたら、自分の足で食堂に行って、その日の気分でご飯を頼んで、部屋に戻って大量の本を眺めながらご飯を食べる。
メイドさんは自分のお世話をしたがる、それが申し訳なくて、それでも仕事だから断るにも断りにくいです。
だから、お部屋でご飯を食べる時はこうやって料理を持たせてもらったり、書庫から本を持ち出すときは半分以上持ってもらったりしてる。
お部屋の掃除やお洋服などのお洗濯も全部して貰っているこの感じ、楽ではありますけど介護してもらってる感じで、何かなーって感じです。
そんなことを考えながら食べるナポリタンは、元の世界よりももちもちでかなり甘く感じるお味。
この世界、ユーポン?っていう飲み物とか、この前食べた玉子焼きとか、だいたいの物が甘く感じる。
もちろんしょっぱい物もあるけど、甘い物が全般。
これでスイーツの類があまりないのが不思議って感じです。今度作ってみようかな。
お部屋の中に小さな台所が欲しいなぁ。
「ごちそうさまでした」
そう言って甘いナポリタンを平らげると、空っぽのお皿を持ってメイドさんが行ってしまった。
「……いつもありがとうございます」
「いえ、仕事なので」
ありがとうと言うと、定型文のように帰ってくるこの返事が、ちょっとだけ好き。
『THE・仕事人』みたいな?
空いた時間は本でも読んで暇な時間を過ごす。
読んでいる本の種類は様々で、全部の属性の魔法書と、この世界で有名な物語などを読んでいる。
魔法書は、ボーっと眺めてこんな魔法使えるかなとか、これは怖いなとか、すぐに飽きてしまうけれど、色んな魔法があるなーって思いながら見ている。
見てる感覚は図鑑に近いかな?
物語は逆で、トイレを挟むとか水を途中で飲むとかしない限りずっと読んでしまう。その世界にのめり込み、向こうの世界にいた時も気づいたら朝だったとかザラだった。
前の世界の話だけど、電子書籍は本当にずっと本が読めた。
慣れるまでは紙がいいと言っていたけども、画面を付けるだけで夜中でも読めてしまうのは夜中との相性が最高で、気が付けば朝になっていたなんてザラだった。
まぁ、この世界ではあまり使えないけど。
一応、インターネットの類を介さない、所謂ダウンロードした本とか、本じゃなくても曲とか動画とかならこの世界でも楽しめる。
ただ、この世界には電気が無い。
充電器を持っている人はほとんどいないし、いたとしてもそれは有限だからいつかは無くなってしまう。
だから、みんな慎重にスマホを使っている。いつも写真を撮っていた子も使わなくなったし、魔法の珍しさにビデオを回していた人も、今ではスマホを手放した。
太陽光発電の充電器隠し持ってる私は一人勝ちですね!
この優越感は誰にも邪魔させないです!
電子書籍だとか言ったけど、この世界の本を見るのも楽しい。
今日読んでいるのは、『アリスシリーズ』と呼ばれる中の一つ『孤独の国のアリス』だ。
アリス自体は、元の世界でも『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』と二つあるけど、この世界にのアリスは様々な世界観のアリスがいて、それでいて不思議の国のアリスに出てくるトランプや三月兎などのキャラクターがいる。
作者は『ルイス・キャロル』さんに強く影響されたのか、そもそもなんでこの世界にアリスの世界観があるのか、色々考えるけれど、そのどれもを「まぁいっか」と蹴飛ばして物語を読むことに集中した。
☆
「
「あーい。それじゃあ、撃つぞー」
訓練が終え、さて飯でも食いに行こうとした所に、藤(
狙いを藤に定め、やっと慣れてきた魔法の詠唱を言い終え、放った。
「『ウォーターレーザー』」
そこそこ威力の高い水魔法を藤に放ち、すぐさま横に避ける。
魔法が藤に当たる瞬間、藤はその場で何もしていないのに魔法が跳ね返ってきた。
もしも俺が動かなかったら、当たっていたのは俺だろう。
「これが【魔法反射】ってやつか?」
「らしいね、それにしても能力ってイメージしたら発動できるって聞いたけど、何にもしなくても出来るんだね」
「は?ずるいなそれ。俺は頑張って想像して能力使ってるって言うのに」
「そうだ、次は大地の能力を使ってくれよ。魔法能力は反射出来るのか試したい」
「……まぁいい。いくぞー」
「いつでもどうぞ」
サラッと話を逸らされたことはともかく、今は能力だ。
俺は頭の中で『投手』を思い浮かべる。投げる者は、能力で作った岩の野球ボール。
フォームを作り、手からボールが放たれる時にはほぼほぼ能力が作られていた。
【
白くはない野球ボールが藤の足に向かって放たれていく。
まだ能力による魔法は不慣れで不発することが多かったが、今回は無事に発動出来て良かった。
俺は横に動き、藤の足に野球ボールが吸い込まれていくのを見る。
「いったぁ!!」
「あれ?」
反射されると思っていた魔法は、まさかの普通に当たってしまった。
☆
ぽくぽくぽくぽくぽくぽくちーん。
ぽくぽくぽくぽくぽくぽくちーん。
「……何やってんの?」
「あまりにも暇だから、カウベルと……死ぬときの音叩いてる」
「私も正式名称分からないけど、その呼び方はどうだと思う。あと木魚じゃないの?」
「僕はカウベルの方が好きだ」
「私は分からないなぁ……そのセンス」
適当な椅子に座って未だにカウベルと葬式とかに使うやつを叩いている彼氏を見る。
「ねぇ大和ちゃん」
「何?
「叩いてみる?」
「別にいい」
「そっか」
ぽくぽくぽくぽくぽくぽくちーん。
ぽくぽくぽくぽくぽくぽくちーん。
「ねぇ大和ちゃん」
「何?
「たまには喧嘩してみない?」
「は?」
こいつは何を言っているんだ。
「ほら、よく漫画とかであるじゃん。喧嘩をしたから、殴り合いをしたから仲がより良くなるとか。暇だからやろうよ」
「やらないよ、それに喧嘩の理由がそれって、喧嘩する理由にもならないでしょ」
「んー、じゃあ本当はこういうこと言いたくなかったけど」
カウベルを叩くのを止め、座りながら呆れている私の目の前に立つ。
「いやーこうして見ると、大和ちゃんってちっさいよね」
私は一の股間を目掛けて足を蹴り上げる。
だが、そこにいたはずの彼は突然後方に移動しており、蹴り上げた足はスカしてしまう。
座っている私、蹴り上げた足、後ろに上がった一、そして、見えるスカートの中。
「おー、大和ちゃんがわざわざ僕に会うためにオシャレしてくれたおかげで大和ちゃんのエロい下着が丸見えだよ!ありがとう!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛」
「女の子が出しちゃいけない声が出てるよ。まぁ、そんな大和ちゃんも好きだけどね!」
私は虚空から、二本の刀を取り出す。
「【大和之心】」
「そんな荒れた心のどこが大和なのか、まぁいいや。【瞬間移動】」
小さな部屋で、くだらない勝負が始まった。
☆
午後の訓練から残った魔力で、何度も何度も練習する
能力を使い、鏡を見て、気に入らなかったらまた変化、また変化。
「【尾狐変化】」
「稲ー、入るぞ……って、うぇ?」
「……え?」
佐藤達也が
「……誰?」
そこには名も知らない、ピンク色のショートカットの髪の毛をした青服幼女がそこにいた。
「え?まさか、稲じゃ……」
「【尾狐変化】!!」
凄まじい大声で叫ばれると(ツッコむ暇がなかったから触れなかったけど)壁一面が本に囲まれた、所謂アニメとかで出てきそうな書斎の部屋から一変。
周りは樹木、地面は枯れ葉と土。
辺りは書斎から森林へと生まれ変わった。
「!?」
真後ろにあった木が突然動き出し、枝と根っこで俺の身体を拘束する。
「チッ、なんで動けない!これは実際にある訳じゃないだろ!」
「実際にある訳じゃなくても、脳がそう理解してるんでしょ。多分」
見た目は女性ではある物の、完全に声は稲の声であり、それと同時にこいつが稲である確証が得られた。
「多分って……お前、どうしてこんなことする!」
「逆に聞くけど、お前なんでノックしないで部屋は行ってくるんだよ。非常識だろ」
「それは……悪かったって!」
「…………はぁー、あいよ」
ドロン、と言う音と共に白い煙が上がると、すぐさま部屋は書斎へと戻る。いつもの部屋じゃないのかよ。
不機嫌そうに書斎の部屋にあるっぽい椅子に座ると、疲れた様子で机に突っ伏した。
「色々と聞きたいことがあるんだが、まず最初にツッコませろ……それ、お前の好きなキャラクターか?なんか、試行錯誤を重ねてる途中って感じで凄く……バランス悪く見えるけど」
「正直。実はかれこれ二時間は経ってる」
「馬鹿じゃん、それはもう馬鹿なんよ」
「仕方ないだろ……コスプレイヤーの気持ちが分かったよ、どう頑張っても完璧になれないこの感情が」
「それ遠回しにコスプレイヤーが完璧じゃないってディスってるだろ」
「そんなこと一言も言ってねーよ、世界中のコスプレイヤーに地を這いながら謝れ。じゃなきゃ殺すぞ」
一々言動が物騒だ。
「どう頑張っても可愛くなれない。どう頑張っても完璧なさ〇りになれない」
「俺の目から見たら十分可愛いと思うんだけどな」
「んー……」
鏡をずっと睨む稲、いやもうこれ稲って呼んでいいの?
「というか、その見た目で稲の声が聞こえるの頭がバグるからやめてくれないか?」
一応幼い女の子だから優しくした方がいいのかなっていう見た目への思考と、稲だから友達として見ればいいという中身への思考がごっちゃごちゃで気が狂いそうだ。
「バ美肉未研修だったっけ、仕方ねーな。ちょっと待ってて」
稲はそういうと。
「はい、これでいい?」
女の声を出した。
ただ声を上げたわけじゃない、もう喉を取り換えたレベルで違う。
「違う……そうじゃない!お前そんな声出せるのかよ!」
「一応これも能力の範囲だけどね。あ、この声ならこっちにしないと」
そういうと、今度は金髪ロングで白と青い服をきた幼女が現れた。
「次は誰だよ……つーかそっちの方が可愛いし、さっきの子一番好きって言ってなかったか?」
「二次創作とオリジナルは全く違うしね。自分で零から考えたからインプットしたらしい。とりあえず、この姿はアリスって呼んでるわ」
「知らねーし口調まで変わってるし、なんかもう俺はお前とどう接したらいいか分かんねーよ」
「女性として接してくれると嬉しいわ♪」
「俺の親友を返してくれ……」
「じゃあ聞くけど」
先程まで椅子に座っていた稲は、いつの間にか下を向いていた俺の近くにまで来ていた。
「例え見た目が変わろうと、声が変わろうと、お前は友達じゃなくなるのか?」
そう言われ、心の中でモヤモヤとした何かが少し引っかかった。
「それは、そうだろ。いくら変わろうとお前はお前だ」
「そう……なら、嬉しい。ごめんね、自分の趣味を押し付けている感じで」
「別にいい。お前が楽しいならそれでいいよ。クラスの前とかでやるとかと違うしな」
「ふふっ、別にクラスの目の前でやってもいいじゃない。生まれ変わったんだ、この世界に来て。嫌なこととか、そういうのが全部吹き飛んで。心が軽くなったのよ」
そう言われて、心が少しだけ重くなる。
今はこんな見た目しているが、稲は美男子で、女子から人気があった。
中学の時、一緒に吹奏楽部をやっていた人と付き合っていたが、相手が酷い浮気をし一時期引きこもった。
そこから、アニメとかゲームにハマったんだろう。学校に来れるようになってからは好きな物が増えたと笑顔を浮かべていた。
ただ、心の傷は深い物で、同年代の女子と喋るのを嫌うようになった。
その時からだったかな、金髪にしたのは。
チャラ男っぽく自分を演じることで女子の耐性を付けたと思いこんだのか、それとも不良だと思われたくて自分から人を遠ざけようとさせたのか。
今の姿はそれの延長線上の姿なのだろう。
コスプレとか女装が、一番の拠り所。
自分の能力をそうやって扱ってるのはこいつだけだろう。
「安心しろ、例えお前がどんなになっても友達でいてやるからさ」
「ええ、そう言うと思ってるからずっと友達でいるのよ。
あっそうだ、私のこの身体……というか女の子の身体全般に膣は無いから、例え欲情して私を襲ってもヤれないことを肝に銘じておくように」
「そんなことするつもりねーし、そんなこと出来ることも驚きだよ」
友達に何言ってんだこいつ。
てか、無かったらこいつ女ですらなくね?
☆
「すまない銀子、今日は獅子山先生と話をするから部屋に来ないでくれ」
「はーい」
ってことがあり、現在私は暇を弄んでいる。
買い物をしに行ってもいいし、魔法の練習もいいし、寝て過ごすのもいいけれど、そのどれもがピンとこない。
本を読む、街に下りて観光、カラオケのような場所は無さそうだし……うーん。
「あ…………銀子だ」
「あれ?雀じゃん。どうしたの?」
廊下でフラフラしていると、向かい側から雀さんが歩いてくる。
今は動物二匹とも出していないようで、私と一緒で一人だった。
「いや別に……いたからなんとなく呼んだだけだよ……そっ、それじゃあね」
「?うん、じゃあねー」
ぎこちなく、雀が去っていく。
避けられている?特に何もした記憶ないけれど……。
今は別に嫌な気持ちじゃないから特に気にしないけど、一体どうしたんだろ。
まぁ、いっか。
と、視線を戻してまた廊下を歩くと、今度は響を見つける。
この廊下、適当に歩いていたら誰かしら会うな。人は探したい時はここを歩こう。
響なー。
ちょっと前から隠し事ある感じだったけど、あんな大きなことを隠していたとは思わなかった。
そして今日の表情。私達と話している時は何もない顔するのに、一人になった瞬間に見せた顔。私は見逃さなかった。
当たり前だけど、誰に相談すればいいのか分からないと言った所だろう。
「……仕方ない、話しを聞いてあげよう。本当は先生の役に立ちたいだけなんだけどね」
私は響に向かって走って行った。
☆
「来たぞ」
「……翼」
ここは俺の友人、高飛車火南の部屋。
「ちょっと、相談事があるんだけど」
死にそうな顔でそう言われた俺は「またか」と思いながら頷いた。
「で、銀子が冷たいのか?」
「そうなんだ、最近銀子が冷た……おい、なんで俺の言うことが分かった」
「もう十回くらい同じくこと繰り返してるからな」
二年くらい前、中学三年生の受験をちゃんと意識してきた辺りから三カ月に一回のペースで聞いている。
そのたんびに「受験だから当たり前だろ」とか「一人でいるのが好きになったんだろ」と言っていたが、今日はどんな言葉を掛ければいいんだろう。
「この世界に来てから、銀子との関わりがご飯くらいしかない」
「まぁ……そうだな?正直知らんけど」
「避けられてんのかな」
「そうなんじゃね?」
火南が凄い眼で俺を睨んでくる。
睨むというか「え、おまっ、そんなこと言うの?」っていう顔だ。
「だってなぁ……いつ、あいつだけこの世界に来た瞬間、俺達の所いなかっただろ。十年以上関わってきた俺達と」
あの日、俺と火南と響はいっしょに集まった。
約束はしてないとはいえ、一人だけにするわけにもいかないから探したが、部屋にはおらず。
「もういるんだよ、俺達幼馴染よりも大事な人が。彼氏がいるんだよ」
「……お前、今日はいきなり飛ばすんだな」
「いつもは『大丈夫だって!』って上げてから、最後の最後に『彼氏が出来たかもな!』って下げるからな。ただ今回はフォローできない」
「……」
俺に背を向けて、壁に向かって黙りこける。
これが学校で一番モテていたやつとは思えないな。
多分、俺だけが知っている事実。いらんいらんそんなキモいの。
こいつが望んでいるのは甘い言葉であって現実じゃねーからなぁ……。
「あいつも言えってもんだよなー!彼氏が出来たくらいなー!」
「……」
「まぁ、あれだよ。大分昔に言ったけどさ、あいつは浅く広く人間関係を作って行くタイプだ。案外、彼氏とか関係なく普通にクラスの連中と話しているんじゃねーの?」
「……だからって、幼馴染ハブるか?」
「俺達も浅いんだろ」
「十年ずっと一緒にいて?」
「十年も一緒にいてだ。あいつは時間とか性格とか色々な物に囚われないやつってお前が一番分かっているだろ」
「……」
「どうした、何か言えよ」
「……欲を言うなら、俺が一番になりたい」
甘酸っぺぇ……。
「そっか、じゃあ一番になるれるように頑張りな」
「どうやって」
「知らねーよ。悲しいことに、お前に恋愛相談みたいなこと沢山してきたけど、俺は恋とかしたことないしされたことないんだよ。つーか普通立ち位置が逆だ!イケメンが俺に相談すんな!」
「イケメンじゃないし、そもそも相談できる相手がお前以外いない」
「少し嬉しいこと言ってくれんじゃねーよ」
「ただ……」
「ただ?」
火南は黙って立ち上がり、しばらく黙る。
「いや、なんでもない。ありがとうな、相談乗ってくれて」
「ん?まぁいいってもんよ。今度飯おごってくれ」
「考えておくよ」
そんなやりとりをして、俺は火南の部屋から出た。
俺は、正しいことが言えただろうか。
☆
「
「え……もうこんな時間?」
結局、この世界に来てもすることは変わらないな。私。
『孤独の国のアリス』は、今まで読んだアリスの中でも一番異質だった。
いや、アリスの世界観ってどれも歪な世界観だけど、この本は今まで出てきた三月兎やチェシャ猫などのキャラクターは出てこない。
導入ですら、白い兎を追いかけて穴に落ちるシーンは無かった。
言ってしまえば、不思議の国を観光するアリス。
子供が見たら、きっと挿絵も会話も無い本なんて何が面白いんだろうなんて言いそうだ。
ただ、私はあまり考察とか自分でするタイプじゃないけど、この物語の主人公は大人になったアリスじゃないだろうか?
「まっ、考えても仕方ないし、もう寝ちゃいましょう」
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