第21話
「ちょっと来てもらってもいいかしら?」
流石に三日連続で会えば誰の声か分かってしまうもので。
昨日あれだけ剣を交わせば誰だか覚えてしまうもので。
「なんですか、玉鬼様」
そう言いながら振り返ると、そこにはやはり、皇帝陛下の明智玉鬼がいた。
今日の服装は初めて会った時と同じ服装で、相も変わらず赤い服装をしている。
鎧もそうだったし、赤色が好きなのかなと思いたくもなるが、やはりトップに立つ者は目立つ服装は着なくちゃいけないのかもしれない。
「貴方と少しお話がしたくて。拒否権は無いわ」
「……そんなご無体な」
「大事な話よ、貴方達の未来に関わる……ね」
「訓練がある」
「あんな訓練、基礎を固めているだけじゃない。もちろんそれが悪いことではないし、否定するものではないけれど、能力を持った人間があんなことをしていたら『天才に努力』だわ」
「努力は大事では?」
「能力にそんなものはいらないわ。魔法能力は感覚さえ掴めばいいし、武器能力は武器の扱いをしてればいい。もちろん【日進月歩】とか【切磋琢磨】とかの『努力しないと発動しない成長系能力』もあるけれど、それ以外の能力に努力は必要ないわ」
そう言い切ると、彼女は背を振り向き中庭方面に向かった。
流石に無視して付いて行かないわけにはいけないし、私はそれに黙って付いて行くしかなった。
中庭に入るのは初めてだ。
部屋の中から見下ろせるため全体的な大きさや花の位置などはおおよそ知っている。
が、いざ中庭に入ると見たこともない花や草木を間近で見るのは結構楽しい。
そんな中庭にポツンと机が用意されていて、お菓子やお茶などが上に乗っていた。
お話、と言っていたため部屋の中で重い話でもするかと思ったが、実際にはお茶会のようなものらしい。
「貴方は紅茶は好きかしら」
「積極的に飲むわけじゃないですが、好きかどうかと言われたら好きですね」
「良かったわ。『
「なんでしょう」
誰かの名前を言ったと思えば、初日の時にいた黒いローブの男がどこからともなく現れた。
この世界の人は平然とこういうことをするから困る。
「頼んだわ」
「かしこまりました」
私が驚いている間にいつの間にか話が進んでいる。
というか、この男の人喋れたのか。
前までは男の人なのかすらわからなかったけど、性別と名前まで知ることが出来た。ただ相も変わらず顔が見えない。
だが、能力は
同じような能力があるのはよくあることと聞いたことがあるので、それに似たようなものかもしれない。
そんなことを思いながら、椅子に座って待っていると黒フードの男が紅茶を入れてくれる。
向井さん達みたいなメイドのような役割、執事と言えばいいだろうか。見た目は執事とは思わないけど。
「ありがとう……うん、美味しいわ。貴方も飲んでいいわよ」
「あぁ、いただきます」
玉鬼様からお茶を勧められ、ティーカップに口を付ける。
悪く言えばオレンジジュースのような、良く言えば夕焼けのような色をしたお茶は、口にしてみると意外と柔らかく、口に残らないさっぱりとした紅茶だ。
紅茶は好きだ、とは言ったけど積極的に飲むわけじゃないし、知識とかもないため、何か上手いことを言える気がしない。
「……美味しい」
「あらそう、良かったわ」
こんな貧相な感想でも良かったようで、玉鬼様はうっすらと笑ってくれた。
「そうそう、昨日言おうとしたのだけど、私の事はタメ口で喋ってもいいわよ」
「……いいのですか?」
「敬語の貴方って口数少ないじゃない。昨日共に剣を交え、今後剣を共に武器振るう仲間よ。なんて、格好つけて言ってるけど、私は楽しくお茶を飲みたいだけだけどね」
「……それなら、遠慮なくそうさせてもらう。元々敬語は苦手だったんだ」
就職時代、敬語を覚えるためだけに数週間ほど時間を費やした気がする。
一応努力は報われて、無事に就職することが出来たし、仕事にもしっかり活用出来ているつもりだが、やっぱり苦手意識がある。
「えぇ、それでいいわ。というか、囲とか宝とかにも敬語はいらないと思うわ。ほら、私達は国をまとめて、貴方も生徒をまとめてるじゃない。つまり、私達と貴方は同じ地位よ」
「流石に暴論が過ぎないか?」
「いいじゃない別に。私は基本的に脳筋なのよ。戦い方も政治も恋も。全部当たって砕けてるわ」
「……いや、砕けちゃ駄目だろ」
「でも、昨日も剣が砕けたじゃない」
「砕けるって比喩じゃなくて実際にかよ」
「私に恋した者は平等に砕けてるわ。頭蓋骨とかが」
「それは…………物騒だな」
なんて返さばいいんだよ。
「フフフ、流石に冗談よ……あっでも。実際に私に恋した者が砕けたは一人だけいるけど。金冠宝って名前の人間なんだけど」
「このお茶会も受けては良かったと思えるくらいには楽しくなってきた」
この前のキスが頭に浮かぶ。
あれが……他の人にも手を出しそうなのは分かっていたが、それが皇帝陛下ともなる人間にも手を出すとは思わなかった。
「流石に食いついてきたわね。お茶会はこうでなくちゃね。簡単な話、あいつは権力を持った女の子を食べて自分の国を大きくしてるの。例えば、反対組織の若い女の子とか、スパイに繰り出した私の部下とか、今は滅んだけど、小さな国の女王とかも彼に惚れて国ごと傘下に下ったわ」
「……あいつは何者なんだ?」
「さぁ?本人が言うには『神と女に愛された男』だそうよ」
思った以上痛い返答であいつの評価がさらに減った。
今後一生上がることは無いだろう。
「一つだけ気になったのだけど、どうして彼のプロポーズを断ったのかしら」
「……どうして?」
私は握り拳を作り、一つずつ指を立てていく。
「『恋愛に興味ない』ってのが一番の理由だが……
顔が好みじゃない。
話し方が嫌い、世の中舐めてる感じで近寄りたくない。
自信持っているのがムカつく、簡単に食えそうって思われて不快。
宝石持って金持ちアピールがキモくて下品。
思い出すだけで吐き気がするキス。
出会って一日で付き合えって顔しか見てない。
強引過ぎて付き合っても楽しく無さそう。
趣味嗜好が合わなそう。
フラッと浮気されそう。
……こんな所か?」
両手一杯丁度すべての指を開いて彼の愚痴が言い終わる。
正直ここまで人の悪口を言ったのは初めてだ。
「凄いじゃない、もう少しで数え役満よ」
「数え、好みと話し方と…………確かにあと三つか。じゃああとは玉鬼が言ってくれ」
「『ウザイ』『キモイ』『キライ』『ゲヒン』『死ね』で四暗刻」
「負けた」
「ダブロンして飛ばしたんだから、二位で我慢して頂戴」
嫌いな人の悪口でここまで盛り上がったのは初めてだった。
それだけ、あいつが……私が金冠宝という男が嫌いだからなのだろう。
「さて、緊張が解けてきた所で、そろそろ本題に入ってもいいかしら」
「私は楽しいお茶会って聞いたんだが?」
「とても楽しいわよ。お茶も美味しくて、お菓子も甘くて、お話は楽しい」
そう言って、玉鬼はティーカップをソーサーに置き、楽しそうな笑みから不気味な笑みへと変わる。
「美咲賀先生、それと生徒。帝国に来ないかしら?」
何を言われるか分からなかったが、意外な提案に少し驚いた。
「理由は?」
「貴方達がもしもこのままメノウ王国に居続けたら、帝国との戦争に巻き込まれる可能性が高いわ」
「……帝国と王国の?魔王はどうする」
「魔王……ね。正直私は、魔王討伐に必要な人材って帝国と王国で事足りると思っているのよね」
玉鬼の言っている意味が分からない。
「どういうことだ?」
「先に結論を言ってしまえば『貴方達は召喚なんてされなくてもよかったはず』ってことよ。私と、帝国の先鋭部隊と、教会の先鋭部隊で魔王を倒せたはず。確実に魔王を殺したいためと教皇に言われたけど、あんな時間の掛かる研究をするなんて不自然すぎるわ」
玉鬼は手元にあるお菓子(蜂蜜をそのままゼリーにした感じのやつ)を掬い、口に運んだ。
「元々、メノウ王国と帝国は戦争していたの」
「それは……初耳だ。どうして」
「色々あるけど、『魔女狩り』と称して帝国の……というか他の国の人間を勝手に、堂々と攫うのよ。許すと思う?」
「それは、許せないが……話し合いでもなんでも出来るだろ」
「あいつは神を盾にして聞かないわ……まぁそういうのが諸々あって戦争してるわ。
自信過剰と思って貰ってもいいのだけれど、この戦争はほぼ私達の勝ちで決まっていたの。兵の数も、力量も、持久力も。全てにおいて私達が勝っていた。だけど、戦争に決着をつける前に、突然『魔王復活』の知らせが来て、そりゃあ戦争は停戦するわ貴方達が召喚されるわでこっちは最悪よ」
玉鬼は溜息交じりに愚痴を続ける。
「魔王が復活したという言葉をいいように使い、貴方達を召喚。魔王討伐の被害を最小限に止め、その後の帝国との戦争にも貴方達を使って勝利をもぎ取ろうって魂胆ね。策だけなら思いつくけれど、まさか本当にやるとはね」
「……あれ、ちょっと待て」
私は初日に教皇に聞かされた言葉を思い出す。
「魔人とは何百年前と争っていたんじゃないのか」
「それはあっているわ。人間と魔人と獣人がいて、人間と魔人は争い、獣人はどっちかつかず。数百年前に魔王を封印してからは今までは人間族がやや有利を保ってきていたけれど、今回魔王が復活して一気に形成を逆転されたわ。魔人達との小競り合いは主に王国がやってた感じかしら。私達は被害にならない程度に迎え撃つ程度」
「……そうか」
「どうでもいいけど、獣人はどっちかつかずなんて言ったし教皇も言ったと思うけど、獣人達の動きが最近怪しい。近いうちにあいつらは何かしてくるわ。警戒しておきなさい」
そうは言われても、何をどう警戒すればいいのか。
多分、そこは自分で考えろってことだろう。
「……ちなみに」
「ん?」
「教皇からは、私達を元の世界に戻す魔法を研究していると聞いたが、それは本当か?」
あの世界に来た時に言われた言葉。あの言葉に縋って生きている生徒も中にはいる。
この言葉が嘘であれば、あいつらはどんな顔をするんだろう。
「それは全く知らないわ、教皇がそんな研究をしているかなんて。……でも、多分だけど……元の世界に戻るのはとても難しいと思うわ」
「……それは、どうしてそう思う?」
「貴方って世界は何個あると思う?」
「世界が?まず、私の世界。そして、この世界……これ以上は知らない」
「まぁ、私も分からないわ。でも、自分が住んでいる世界以外にも別の世界があるって分かった時、他の世界もあるって考えるのが普通じゃない?」
「……確かに」
「教皇……というか、教会が貴方達に使った魔法の効果は『別世界の人間を呼び寄せる』これ、数ある世界の中から、たまたま貴方の世界に選ばれて、たまたま貴方達が選ばれたのよ。言ってる意味分かる?」
「一応分かるが……それがこの話とどう繋がる?」
「『適当な世界から呼び寄せる』と『元の世界に送り返す』は違うのよ」
「……あぁ、そういうことか」
私は一から百までの数字が書かれ、目で追えない速度で回っているルーレットを思い浮かべる。
そこに矢を放ち、三十と付いた番号に当てるとしよう。
私はそこに、もう一度当てることが出来るだろうか。
「もちろん、出来ないことはないわ。確率なんて百なのか一なのかも分からない運に頼って元の世界に戻す方法と、研究を続けて確実に元の世界に戻す方法。前者はリスクが高すぎるのと、後者は時間が掛かりすぎる」
単純計算で百分の一の確率を信じて矢を放つか、修行を重ね、確実に三十の的に当てるようになるまで努力するか。
「……そうか」
心から落ち込む。
研究がどれだけ時間が掛かるか分からないが、ほとんど絶望的とは誰が思う。
「ただ」
お菓子を手で摘まみ、微笑を浮かびながら言った。
「私なら研究をするわね。無いとは思うけど、もしもまた三百年後とかに魔王が復活した時に、安全に異世界の住民を連れてこれたら楽だし、住民を異世界に一時的に避難させることもできる」
「その世界の住人からしたら、たまったもんじゃないけどな」
「あと、私が貴方の世界に行くのもいいかしら。歓迎してくれるかしら」
「それは勿論だ。車とか飛行機、食べ物や人種や生物、この世界にない物をが沢山ありすぎて、見るだけで目が飛び出るはずだ」
「楽しみだわ、貴方が帝国に来たら前の世界に戻る研究をすることを約束するわ」
「あぁ……そういえばそんな話していたな」
話が長く、衝撃なこともあったためすっかり忘れていた。
「私達が帝国に行くメリットはなんだ?思えば、帝国側のメリットしか聞かされていない、気がする」
「貴方達に怪我一つさせないことを約束するわ。もしも、帝国に付かずに戦争なんかに巻き込まれたら、貴方を含め何人もの命が散るわ。予想なら……そうね、半分も生き残ればマシかしら。帝国に来ればそもそも戦争なんかに参加させず、タンザナイト王国に避難させるわ」
「……ん?待て、私はてっきり帝国の戦力になると思っていた。元々勝ちを予想していた戦争だ。戦争に加わりたくないが、私達が戦力になれば戦争は帝国の圧勝。そうすれば帝国の被害も減る」
「あら、割と普通のこと言うじゃない」
真面目なこと言ったのに煽られた。
「私が求めるのは『降伏』よ。帝国兵と能力持ち約四十人、私が教皇なら首を吊って遺書に降伏するって書くわ」
「一々例えが物騒だが、そうか。そういうのもあるのか」
「お互い戦力を削らずに丸く収まる。素敵な方法よね」
思わず頷きそうになるが、言ってしまえば力の差を見せつけて無理やり降伏させる。
そもそも喧嘩する相手が悪かったというかなんというか、なんというか。教皇に同情しなくもない。
話している限り、悪い話じゃないと思っている。
「この話の返答はいつすればいい?」
「そうね、魔王を倒す前には欲しいわ。それまでゆっくり考えて貰っていいし、またここに来るから質問があったら言ってちょうだい」
「そうだ。思ったんだが、こんな話を敵地のど真ん中でやってよかったのか?」
「別にいいのよ、外から話を聞かれないように魔法を張っておいたし、掃除は任せてあるから」
「掃除?」
「こっちの話だわ。今日は話をしてくれてありがとう」
席を立ち、優雅に頭を下げる。いつの間にか現れた黒いフードの男(確か『隷』と言っていたか)も後ろに立ち頭を下げる。
「今の話は、誰にも話さない方がいいか?」
「もう一人だけ先生と呼ばれる人がいたわよね?その人と……貴方が心から信じる人だけになら言ってもいいわ。もちろん、その人から情報が漏れることが無ければいいのだけれど」
「……分かった、じゃあ獅子山先生だけに教えるとするよ。それともう一ついいか」
「何かしら」
「魔王を倒す前に、と言ったが、いつどうやって話をすればいい」
「それはすぐに分かるわ」
すぐにわかる?
どういう意味かと問う前に、彼女は「それじゃあ、また今度ね」と言い、彼女は中庭から出て行った。
その場でしばらく座り続ける。
考える事がまた増えた。
魔物の進軍、帝国への勧誘。
生徒の安全を考えるなら、この先の未来を想定するなら。
一体、どんな選択をすればいいんだろう。
「……先生!」
小山内が、息を切らしながら中庭に入ってきた。
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