第19話

「……疲れた、眠い」

「ほんとですね……今日はもう何もせずに寝ましょうか」


 今日の訓練が終わり、疲労が溜まりに溜まってぐったりしている私達。

 そりゃあそうだ。昨日だって同じように訓練したのに、寝ずに朝までヤって、剣の訓練に皇帝との試合に魔法の訓練に色々な人からの相談に。

 シャワーを浴びてベッドに沈むように倒れると、もう駄目だ。もう起き上がれる気がしない。

 大きな欠伸を一つして、寝るスイッチを入れる。

 もはやこの部屋にいるのが当たり前になっている銀子を抱き枕にして、窓の奥にあるいつまでも明るい月を見て、カーテンを閉め忘れたことを思い出す。

 でも、どうでもいいかな。

 もう、眠いし。

 空を飛んでいると、心がスッキリするというか、頭がスッキリするというか。

 自由でいる気がして、とても好きだ。

 だが……今日はそうでもなかった。

「嬢ちゃんは空を飛ぶのが遅いねぇ、ほら、俺様を捕まえられるかなぁ?」

 雀の能力のクソカラスが一緒に飛ぼうぜと言うもんだから、試しに飛んではいるものの、ことあること煽り散らしてくるので私の怒りが有頂天だ。

 捕まえようもこいつの身体が小さいせいで触ることすらも敵わない。

 一度屋根上に立ち止まり、蹴る。一気に加速して追いつこうとするが、人間が鳥の真似をしてるだけの私はではどうやっても追いつけそうにない。

「ふん、お前さんはツバメを理解していない。そもそも鳥を理解していない」

「じゃあ鳥になれと?クソカラス」

「とりあえず俺のことをクソカラスって言うのはやめてくれ?まだ名前もない俺にその名前で呼ばれると定着してしまう」

「じゃあ回りくどい言い方しないでさっさと言え。焼き鳥にするぞ」

 私は詠唱をして手に『火球かきゅう』を作り、照準をカラスに向ける。

「へっ、そんなちゃっちぃ球、当てれるもんなら当ててみなー」

「雀、いい?」

「『多分大丈夫。というか、思いっきりやっちゃって』」

「あい、あい、サー!」


 掛け声と共に放った火球は真っ直ぐと飛んでいく。このままなら直撃コースだが、クソカラスは軽い身のこなしで避ける。

 当てるまで気が済まないので、もう一弾用意しようと思ったその時。

『ズドンッ』という嫌な私が火球を投げた方向から聞こえた。


 しまった。

 私が火球を投げた方向は、お城の方向。しかも当たった場所は誰かの部屋。

 怒りのせいで普通よりも魔力を多く込めてしまい、ただじゃ済まないだろう。


 急いで謝りに行こうと思い窓に近づくと、ふと不気味な、それでいて頭のどこかが気になるような感覚が来た。

その不気味な感覚がなんなのかすぐに理解できた。


「【魑魅魍魎】『女郎蜘蛛』」


 真っ暗な部屋の中から何本も白い糸が飛び出し、私の腕や足に巻き付く。

「えっえっ、ちょっとまって!」

 そのまま部屋の中に無理やり引きずり込まれる。

 部屋の中は急いで火を消したのか辺り一面水浸しで、しかし床を触るとほのかに暖かく、しかしそのどれもがどうでもいいくらい、歪だった。


『蟲』


 床や壁、天井までもが様々な蟲で埋め尽くされており、ここにいるだけで失神しそうだ。

 私に巻き付いた糸は、どうやら壁に引っ付いている巨大な蜘蛛のようで。


 まぁ、なんだ。因果応報とか自業自得とか、思うことは色々あるけれど。


 私の意識はここで途切れた。



「いや、寝かせないよ?」

「……ぷはぁッ!……鼻に、水がっ!」

 どうやら気絶は許されないらしく、ブラックアウトした私の意識を、水をぶっかけて強引に戻しに来た。

「もうちょっと、マシなやつなかったですか……」

「いきなり火球を部屋の中に飛ばしてくる野蛮な人には言われたくないなぁ。それとも、蜂に刺されたかった?それとも君と同じで火球を君に当てて起こした方が良かった?ねぇ、おい」

「そそそそそそその件に付きましては、その、申し訳ありませんでしたっ」

 人生で初めて土下座した。

 出来るだけ周りに目を向けたくないので目は瞑って。


 ずっと顔は見れてないが、声からしてやってしまった相手は業君だろう。

 普段から喋らない相手に土下座。惨めだ私……。

「見てみ?床。君に燃やされた蜘蛛やムカデ、芋虫や蝶や蜂や。死んじゃったよ?ねぇ?」

「ごめんなさいごめんなさい故意じゃないんです」

「いやいや、死んだんだよ?ごめんなさいで、わざとじゃないで、許すと思う?これから繁殖するっていうのに」

「その、お言葉ですが」

「なに?」

「いや、その……どうして虫がこんなにいるのかなって……」

「好きだからって理由だけじゃダメなの?だいたい君だって外で自慰してたじゃん。趣味が変なのはお互い様だよ」

「それは………………えっ?なんで知ってるの?」

 私は思わず顔を上げ、業君の顔を見た。

 顔の半分が隠れているけれど、怒りと呆れの混じった顔に見える。

 ちなみに、顔は上げたけれど周りの虫たちを見ないように、業君の顔しか見ない。もうほんと、後ろにいる巨大蜘蛛とか見えてない。

 いやいやいや、そんなことどうでもいい!どうして知ってる!

「能力を試していたらたまたま見ちゃったんだよ。普通、あんなところに人いるとか思わないでしょ。適当に屋根に這わせていたら、全身マッパで翼の生えた君がいた。僕、何か悪いことした?」

「それは…………悪くない、ですけど」

「まぁ、この話はどうでもいいから流すけど、どうするの、これ?」

「これ?」

 指差した所を見ると、そこは色んな虫の死骸の山。

 ……自慰で完全に忘れていた。

「燕!だいじょ…………」

 バタンっ!と勢いよくドアを開けて入ってきた雀。

 雀もこの部屋の異常差に驚き言葉を失っている。

「あ、姫兎さん。足元気をつけてね。踏んづけたら、まだギリギリ生きてる子も死んじゃうから」

「ヒッ……ど、どうしてこんな」

「僕の能力だよ。こういう反応されるから出来るだけ隠したかったけど、まぁ仕方ないか。桜さん、ついでに姫兎さん」

「は、はい!」

「なんか色々冷めちゃったし、もう怒ってないから今回の件は水に流してあげる。ただ、二つだけお願いできるかな。一つは僕の能力のことは話さないこと。どうせいつかクラスの皆にバレると思うけど、別に僕が嫌われたところで何か変わるとは思わないけど、一応ね。分かった?」

 黙って頷く。凄い勢いで頷く。

「もう一つは……まぁこれは強制はしないし、本当に出来たらでいいけど、僕の能力の手伝いとかしてくれないかな。この【魑魅魍魎】って能力は好きな蟲を作ることが出来るんだけど、品種というか、毒を強くしたり火に強くしたりって変えることが出来るんだ。まぁ、それの準備を取りかかってる時に桜さんが全部殺しちゃったから、数が少なくなっちゃったけど。反応見る限り、二人共虫が嫌いそうだから、無理にとは言わないけどね」


 もう一つは、すぐには頷けなかった。

 けれど、視界の端で蠢く蟲の威圧感と、業君のほんの少しだけ可哀そうな顔を見て仕方なく頷いてしまった。

 いや、可哀そうな顔の原因は私のせいなんですけど。

「よかった、嬉しいよ。姫兎さんは?」

「私はー、別に」

「おい兄ちゃん、手伝う代わりに俺の食料で虫を分けてくれないか。この女も俺のダチの兎も、もちろん俺様も協力してやる」

「ちょっ!何を勝手に!」

 クソカラスがそんなことを言い出して止めようとするが、この死骸の床を歩けず、されどクソカラスは空を飛んで業君の元まで飛ぶ。

「んー……まぁ考えておくよ。その代わり、勝手に食べないでね。僕の作った虫達は一匹でも死んだら分かるから。カラスに食べ殺されたって分かったら、契約は切るし、最悪殺す」

「あたぼうよダチ公!これからは協力関係だ!」

「ってことで、姫兎さんも、兎さんもよろしく」

「キュッ!」

「……もう駄目だこのクソカラス。一生喋らないで」

 嬉しいことに、いや、悲しいことに雀も巻き込まれてくれたようだ。

 正直、私一人でこの虫地獄にいるのは嫌だったから超ありがたい。

「じゃあ、もう今日は帰って。カラスのエサは適当に死骸でも食べて。残った死骸は共食いさせるから」


 共食いってワードを聞いただけで、やっぱ手伝いは断るべきだったなと思った。

「クソカラス!何してくれるのほんと……虫無理なんだよ」

「へッ、あんなの道を歩けばにいくらでもいる。慣れろ慣れろ」

「あんなのが……はぁー、元の世界に帰りたい。本当に、本当に」

「まぁまぁ、そんな話はどうでもいいだろ。今は一番楽しいこと話そうぜ」

「楽しいこと……先生の部屋の事?」


 烏の目を経由して、見てしまった先生の部屋。

 そこには、速水さんと先生が抱き合って寝ていた。

 めちゃくちゃ驚いた、だけども自然と納得してしまう自分がいた。


 実は去年からほんの一部で噂になっていた。


 去年からあの二人が良く話す姿は見ていた。

 まぁそういうお年頃だ、それが面白がって付き合ってるんじゃないのと私の部活内で一瞬だけ噂が立って、でもそれも噂だと思っていた。

 この世界に来てからも、訓練一緒だったり保健室から一緒に来てたり、馬が合わなそうなのに本当に仲いいなーと思っていたら、まさかの一緒に寝ている仲とは。

 あの様子じゃあこの世界に来てからとかじゃなく、結構前から付き合っていそうだ。

 憶測の話でしか話せないけど。

「燕は気づいてたかな」

「気づいてないだろ。クールな顔立ちなのにすぐに顔に出たりする可愛らしい嬢ちゃんのことだ。見たら顔真っ赤にして驚いているだろ」

「そうだねー、とりあえず私の友達のことを棘のある言い方で言うのはやめようね」

「なんでだ、可愛いだろ嬢ちゃんは」

「……はぁー、出てくるのが貴方だけならいいのに」

 クソカラスと違って、未だに「モキュ!」と鳴いている兎を抱いて、撫でたり撫でたり撫でたりして遊ぶ。

「そろそろ名前とかも考えなきゃいけないけど……どうしよ」

 訓練の後に燕と遊んで、先生と速水さんの衝撃的事実を知って、事故って蟲で……疲れた。

 疲れて頭が働かない。

 なんで一時間もしないうちに色んな事が立て続けに起きているの?

「あー……もきゅー」

「キュッ!」

「…………よし、決めた。貴方の名前は『キュー』」

「モキュッ!?キュッキュッキュッー!」

 兎は……いや、キューは嬉しそうにベッドを跳ねた。

「……俺は?」

「あんたは安直に『クロウ』でいいよ」

「へっ、まぁなんだっていい。名前を貰うのは嬉しい。あんがとよ」

「いつになく素直じゃん……ふあわぁー、もう駄目だ、寝る」

 微睡に落ちる前に、窓の奥にある月を見て思い出す。

 あの二人、とても幸せそうに寝ていたな。女同士なのに。


「…………キューちゃん、カーテン閉めてもらっていい?」

「キュッ!」

「えへへ、ありがと」


 とりあえず、今回のことでカーテンは絶対に閉めようかなと思った。

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