第18話

 私は午前の訓練をすっぽかし、とある場所に行く。

 一応どこ行くかとかサボりじゃないことは先生と響達には私が行かないことは伝えてあるので多分大丈夫だ。多分。

 来た場所は午後の訓練でお馴染みの教室モドキ。

 ドアを開け、中で本を読んでいた七先生がこちらを見る。

 今日も今日とて白衣が似合っている。

「速水銀子?どうしてここに」

「魔法専門で行きたいので午前からここに来ていいですか」

「いいわ」


 とんとん拍子もびっくりな程あっさりと認められた。


「決断が早い子は戦場でも生き残りやすいから安心して教えられるわ」

「生き残りやすいって……なんかまだ分からないです」

「人を殺したことも無い貴方達が簡単に生き残れるとは正直思っていないけれど、死なれると胸糞悪いから生き残ってね」

「私重い話嫌いなんで、流していいですか」

「駄目よ」

 七先生は、うっすらとした笑みを消し、いつになく真剣な顔で私を見た。

「命を奪いあうのよ。貴方と魔物で、貴方の友達と魔人で。経った今巨大な軍勢が街を襲って来て、長く共にした仲間が一瞬で死ぬ。ありふれた話だわ」

「……話を折るようで申し訳ないですけど、その、魔法で生き返らせたりとかは」

「出来ないわ。いや、貴方の世界の死のタイミングって違うのだっけ」

「死のタイミング?」

「美咲賀斗琴にも同じことを聞かれたのよ」

「先生も?」

 先生と同じだなんて、思考まで一緒なのが面白い。

「一応、心臓を切りつけてから数分以内に『ヒール』などを使えば怪我が治って意識も戻る、と言えば死んだ人間も生き返るって言えるのかしら」

「え……それじゃあ」

「ただ、戦場で、人が戦っている最中に、数分以内にヒール使って生き返らす。そんな悠長なことしていられるかしら?」

 そう言われ言葉に詰まる。

「そんなの無理に等しいわ。だから、そういう意味で生き返らすのは無理」

無理と断言された割には少し希望が湧くようなことを言われ少し複雑な心境だ。

「まっ、簡単に死なないでねって話よ。そのために、私は貴方達のことを強くするわ。一応、この世界に来させた責任も感じているし」

「七先生が責任?」

「……教皇が何か企んでいることは分かっていたけど、その時に止めていればもしかしたら貴方達を来させないで済んだかもしれない。そう思っただけよ」

「そんな、それはあのジジイがやっただけで七先生の責任じゃないですよ!」

「……ありがとう、そう言ってくれて嬉しいわ。貴方には一番弟子の称号を上げるわ」

「えっ、いいんですか?やったぁ!」

 重い話は大嫌いだが、少しだけ逸れたためテンションを上げる。

 私は意外と七先生のことを尊敬しているので、弟子扱いはちょっと嬉しい。

「その代わり、貴方だけでも死なないでね?一番弟子が死んだら私の顔に泥塗ることになるわよ」

「そう言われると、やる気が出てきました」

「じゃあ貴方の嫌いな重いお話はそろそろやめて、弟子特別授業をしましょうか。付いてきて」


 軽い雑談をしながら付いてきて数分。

 来た場所はいつも午前の訓練で来ている場所だ。まさかそのまま返されるのではないかと一瞬思ったが七先生が「違うわよ」と否定した

 そのまま弓兵場に付き、七先生は弓兵長さんから使用許可を貰いに行く。


「あれ?銀子じゃん。こんな所で何しているの?」

右美うみちゃん、やっほ」

 この世界に来てからずっと弓の練習をしている四乃々眼しののめ右美さんが話しかけてきた。

「あれ?矢白やしろ君は?」

 同じ弓の能力を持ってて、前の世界からずっと弓道をしていた矢白君がこの場にいない。

 右美ちゃんと矢白君は幼馴染だそうで、小さい頃から二人で弓道をしていたらしく、二年生に上がるまでこの二人は付き合っていると勘違いしていた。

 いやまぁ、時間の問題だと思うけど……矢白君は鈍感だからなぁ。

「あー、あいつ?サボり」

「サボり……矢白君って、なんか凄い能力があるってちょっと話題になってったよね」

 最初の練習日、矢白君が放った矢は『普通じゃない』と話題になっていた。

 なんと、的を貫通し、この弓兵場の一部壊したとかなんとか。

 というか壊した跡がまだ残っている。木材で無理やり直した跡がなんとも荒々しい。

「そうっちゃそうなんだけど……別にそれが申し訳ないとか、それで天狗になったとかじゃないと思うんだよね」

「どういうこと?」

「さぁ?でも、いつもやってることがこうも変わったら……ね?普通だった物が普通じゃなくなったのが嫌になったんでしょ。弓道って、そういう世界だったから」

「ふーん……」

「一ミリも分かって無さそうだね」

「ご、ごめん。私じゃ分からないや」

 でも、私と住んでる世界が違うことが分かった。

「それでも、右美ちゃんはちゃんと練習して偉いね」

「それは……別に、普通の事だし」

 右美ちゃんが照れておさげをくるくると指で弄った。

 これがあるから右美ちゃん褒めるの楽しいだよなぁ。


「わ、私の事はいいの!それより、銀子はどうしてここに来たの」

「実は午前の訓練すっぽにぬかして、七先生に弟子入りしたらここに連れてこられた」

「ふーん……」

「一ミリも分かって無さそうだね」

「私じゃ分からないや」

 頭が悪い会話にお互い笑いあった。


「速水銀子、許可貰ったから邪魔にならないように奥行くよー」

「あ、はーい。じゃあ右美ちゃん頑張ってー」

「うん。銀子も」

 そう言って私達は二人から離れ、弓兵場の一番奥に付く。

 看板には『二百メートル』と書かれており、その遠く先には目を凝らさないと見えないほどの小さい的がある。

「おいで『働き蜂』出てきなさい『ミニマム・ウォーター・ゴーレム』」

 七先生は『召喚魔法』と呼ばれる魔法で全長一メートルほどある巨大な蜂をと、三十センチ程の全身水で出来た四角いロボットのような物を召喚した。

 かと思えば、蜂はどこか弓兵場から出てどっかに行ってしまった。

「どっか行きましたよ」

「お腹空いたからおつかいを頼んだのよ」

 魔法の使い方が雑。

 私もこれくらい扱えるようになりたい。

「さて速水銀子、このゴーレムを凍らせてみて」

「え、能力で?」

「そうね。どんな方法を使ってもいいわ」

 どんな方法を使っても、なんて言われたら逆にどうすればいいのか分からなくなってしまって困ってしまう。

 とりあえず、ゴーレムを手で触ってみる。

 確かに全身水だ。どこかふよふよしていて、どこか触ったことがあるような感触……あっ、あれだ。持てる水だこれ。


 これを、凍らす……。


 目を閉じ、イメージする。

 変にゴーレムと思わず、ただの水を凍らせる。

 出来上がった時にはどんな感じになるだろう

 可愛らしいロボットがカチンコチンになって、全く動かなくなる。部屋に飾ってみてもいい。せっかくだから溶けないようにもしてあげたい。


「……」


 身体から、魔力が抜けていく感覚が少し気持ちいい。

 手応えを感じ目を開けてみると、そこには私が想像した通りのゴーレムがいた。

 触ってみると、先程のふよふよとした感触は消え、ツルツルとした肌触り。ひんやりとした氷に変わった。

「上出来よ、能力はもう使いこなせるようね。次のミッションは、あいつに魔法を当てなさい」

 あいつ、と言いながら指差した方向は、普段は弓矢を向けて放つ的。

 二百メートルも離れた的。

「あれを?」

「あれを」

 ニッコリとした顔を向けられてもなぁ。

 そもそもあの位置まで魔法が届くのか。 

 ハンドボール投げ十メートル、弓矢は的外れ、物を遠くに飛ばすことが苦手な私になんて難しいことを頼むのだろう。

 とりあえず、攻撃魔法で試してみよう。

 メモしていた紙を取り出し、書いてある通りに詠唱する。


「『スター・アイス・キャノン』」


 昨日、先生が来る前に読んだ魔法書から、なんとなく使ってみたい物を厳選したメモ用紙。

 中級と書かれた魔法は初めて使ったけれども、右手に集まる冷気からとりあえず失敗はしていないことに安堵する。

 そして、ある程度魔力が溜まったところで、放つ。

「あー……それはちょっとやばい?」

「え?」


 魔法を放つ瞬間、気の抜ける言葉が後ろから聞こえた。


 率直に言えば、予想以上に強い魔法が飛び出した。

 星形の魔法は冷気だけで地面を凍らし、真っ直ぐと的に向かって走って行った。

 ただ……悲しいかな。魔法の反動で尻餅を付いた私は、必ず当たると思いガッツポーズを構えていたが、一歩手前で魔法は消えてしまった。

「そんなー、あともうちょっとだったのに」

「魔力を込めた場所が威力だったからねー」

「場所?」

 七先生は白衣のポケットに左手を突っ込みながら、右手でサンドイッチを食べていた。

 どこから出したよそのサンドイッチは、と思ったけど、そういえば買い物に行かせてたんだっけ。

 巨大な蜂の手(手なのそれ?)から何かのボトルを渡されたので受け取る。

 ありがたいし受け取るけど、少し怖いから近づかないでほしい。


「それはマジポ……あー、『マジックポーション』って言うんだど、体内の魔力を回復する飲み物よ。一応飲んでおきなさい」

 別に、魔法を使い始めた時の頃みたいにクラクラとかしていないが、初日みたいな目にはあいたくないので素直に飲んだ。

 エナジードリンクのような味、オロ〇ミン……AだったかBだったかの味に似ている。いやまぁ飲んだことあるのオロ〇ミンだけだから分からないけど、あそこらへんの商品は多分全部同じ味だと思う。

 これはあるあるだけど、喉が渇く。

「で、場所がなんですか?」

「魔法は想像でわりとどうとでもなるさ。魔力を込める量で威力や距離とか色々変わるけど、それは想像によって変えることも出来る。むしろ、魔力量で威力とか決めるよりもこっちの方が効率がいい」

「効率?」


「三十の魔力で発動する魔法があるとするわね?威力と距離で分けるとお互い十五、ただ、距離は二十で発動したい、こういう時はわざわざ四十の魔力を使って威力と距離を分けなきゃいけないんだが...想像を使って魔法を発動すれば、三十の魔力で威力に十、距離に二十と魔力を分けることが出来るのよ」


「七先生」

「なんだ?」

「もっとゆっくり喋って」


(七先生再度説明中)


「例えるならば、コップの中に入ってる水を二つに分ける。一つだけ多めにするってことであってますか?」

「……まぁそういうことよ。私の説明下手が出て悪かったわ」

「いえいえ、私の理解力が乏しいせいですので」

 昔、先生が言っていたことを思い出す。

「自分が好きなことを話す時って興奮して早口になっちゃうんですよ。これを私達の世界ではオタク口調だとかオタク話法だとか言われています」

「オタク?」

「それは適当に誰かに聞いてください。私も上手く説明出来る気がしないんで」

 ぶっちゃけ、興奮して早口になるのがオタク話とか言われていたけど、好きな物を話す響とか太鼓のことを説明してくれる翼とかもそうなるから、一概にもオタクって付けるのは間違ってる気がする。


「話を戻しますね。この話し方は人に何かを説明する時ついついやっちゃうのはよくわかるんですけど、何かを教える立場の人は絶対にするな……って先生が言ってました」

 この話をしてくれてから、そういう人を見るたびにこれを言ってる気がする。

「その、上から目線で色々言ってすみませんって感じですけど」

「別にいいのよ。人に何かを教えることはその人よりも偉いのだから、そこに。しかしなるほどね……私はこういった、先生になるのは初めてで分からなかったよ」

「良かったら、先生に……斗琴先生に先生を教えて貰ったらどうでしょう」

「そうねー、機会があったら教えてもらおうかしら」

「私も先生に言っておきますよ。クラスの中で一番先生と話している気がするんで」

「あら意外ね」

「あー……まぁね!」


 調子に乗って墓穴掘ったので、雑に誤魔化してしまった。


 バタバタと一斉に動く足音が聞こえると、弓兵さん達がもう帰るらしい。


「じゃあ、あと一回だけやってから私達もお昼に行きましょう」

「分かりました」

「ちゃんと想像するのよ。貴方ならきっと出来るわ」


 あまり期待しないでほしいなーと内心思いながら、私は詠唱しながら想像した。

 それはそうと、距離を想像するってなに?

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