第17話
人という生き物はチョロい生き物だと思ってた。
王という地位に憧れ、宝石に目を奪われ、最後に俺という美貌に惚れる。
チョロい、あまりにもチョロかった。
そして、俺の人生もチョロかった。
王の子として生まれ、能力もおまけ気分で付いてきて、子供の頃から恵まれて生き、親父が勝手に死んで、何もしないで王の地位が貰えた。
まぁ、何もしないで何て言ったけれど、兄妹達が地位を奪われることに恐れて色々俺に仕掛けてきたけれど、悲しいような嬉しいような、俺は神様までも惚れたらしく、今ではそいつら全員俺の下で暮らしている。
だから、俺に惚れなかった奴は意地でも惚れさせたくなる。
それはあいつら、玉鬼や囲。そして、昨日俺がキスまでしたというのに、今でもすっかりケロリとした顔をしている美咲賀斗琴。
あいつらは血筋や国を背負っているから簡単に折れはしないのは分かっている。それならどうして斗琴は昨日のことを気にもせずに俺に背を向けるのか。
十中八九、男か女がいるな。
そうだな、男なら殺した後に優しく接して、女なら両方いただくとしよう。
恋人が向こうの世界にいる可能性は無いこともないが、あの様子ならセックスでもして俺との記憶を消した可能性が高い。
なーに、焦らなくてもいい。
俺は、興味を持った奴は徹底的に落とす。
時間を掛けて、ゆっくり、じっくり、俺という男を心の底から知らしめてやる。
楽しみだ、いつか俺の目の前で喘ぐその姿を。
☆
昔からそうなのだが、勉強にしろ運動にしろ仕事にしろ娯楽にしろ、一回でもコツを掴めばある程度出来てしまう。
分かりやすい例え話は格闘ゲーム。
興味所か認知もしていなかったゲーム、初めは弱も中も分からずただレバーをガチャガチャ動かして、少ししたら操作方法やコマンド、コンボというのを理解して、最終的に読み合いというものを知った時には調子に乗っていた友人を返り討ちにすることが出来た。
勉強も、最初はかけ算があまりに理解できずに泣いたことすらあるのだが、いつごろだったか、『理解』するじゃなくて『覚える』と意識しただけでスッっと頭に入ってきた。
だから私は、趣味や仕事や運動も、ある程度やってコツを掴めさえすればだいたいのことは出来た。
その代わりと言っては何だが、コツが掴めなかったりすぐに諦めるし、逆にコツを掴んでもすぐに飽きたりしてしまう。
どうしてこんなしょうもないことを考えているのかと言うと……。
「流石ですね美咲賀さん。能力持ちを除いてですが、剣を一番扱えていますよ」
「……どうも」
まぁ、こういうことだ。
この世界に来てから新しいものは沢山見てきた。
『魔法』や、『剣』や『槍』などの『武器』
そのどれもが、すんなり頭に入ってくる。
しかし、なんだろう。感覚的なことで良く分かってないが、コツを掴むのが、なんとなくいつもより早い気がする。
「【
段々と能力の効果が分かってきた生徒と違い、私の能力は未だに理解できていない。意味も知らないし効果も分からない。
そもそも、この能力名は明らかに前の世界ない言葉だってある。
例えば、燕の【
あまりにも直球というか、銀子に至ってはフィクションの中の能力だ。
この世界、理解しようとするほど分からない気がする。魔法に関しても、最初は『魔力は酸素のような存在で魔法は火』『火に酸素を送れば良く燃えるように、魔法にも魔力を足せば強い魔法が出せる』と自分でそう思ったところ、すぐに魔法のコツを掴んだ。
だけど、じゃあ属性はどういうことなんだろうと。
何に起きかえればいいか。
詠唱とは何なのか、詠唱すれば出るってことはボタンを押せば出るみたいな道理なのか?
考えれば考えるほど分からない。
まぁ長年研究していると自負している七先生が「分からない」と言うんだ、この世界に来たばかりの私が到底理解できるはずがない。
全ての事が落ち着いたら魔法の研究でもしてみようか。
……未来のことを考えられるほど、私も余裕を持ったのかな。
「参った、参ったです。やっぱり強いですよ先生」
「そうか?未だに実感が出来ない。ただ、南川には少し……なんだろう。まだ迷いがあった気がする」
「迷い……ですか?」
「そうだ、剣を振る時私の顔ばかり見ていないか?多分、私のことを怪我させたくないと思っているのか、いつもビクビクしている」
「あはは……鋭いですね。ぶっちゃけ、まだ怖いんですよ。剣振るのが。どれだけ素振りしても、いざ試合をするとどうしても」
「それは……仕方ないだろう。私は無心でやっていた」
「無心?」
「無心と言うか、別のことを考えていた、と言えばいいか?体を動かしている時はいつもこうなる」
昔から体を動かすのが嫌いなためか、別のことを考えて気を紛らわせている。
訓練最初は、兵士さんから攻撃を受けることに精いっぱいで頭がいっぱいいっぱいだったが、こうやって自然体になれるのはいいことなのかもしれない。
「いい剣筋ね」
横から、まだ聞き慣れていない女性の声が聞こえてきた。
兵士さんが彼女を見つけると、少し、いや、かなり驚いた顔になり三歩程後退る。
真っ赤な鎧は視界に少しでも入ると誰なのか分かる。もしかしたら、そのための色合いなのか。
「こんにちは、美咲賀さん。訓練は順調?」
「玉鬼様……どうしてこちらに?」
「あら、見学するのがあの男だと思った?適当に見ていたら貴方が試合するのを見つけてね、なんとなくここに来たわ」
あの男、とだけ聞いて、一瞬だけ昨日のことを思い出す。
銀子のおかげである程度忘れられたが、脳裏の隅にいるあいつは、まるでシールを剥がした後のようにこびり付いている。
「ねぇ、私と試合をしてみない?」
「試合、ですか?」
「ええ、昨日聞いたと思うけど、私は人類最強って言われているの。正直、そんなに嬉しくないけれど、試しに戦ってみる価値はあるんじゃないかしら」
「な、なりません!皇帝陛下自らが試合何て、もしも怪我でもしたら……」
「あら、私が怪我をするとでも?」
一人の兵士が止めに行ったが、玉鬼はあっさりと躱す。
周りの生徒を一瞬見ると、どこか期待している眼差しと不安な眼差しが注がれていた。
溜息を一つ吐き、頭の中を一度スッキリさせる。
「では、よろこんで。ですが、私よりも強い人生徒など沢山いますよ?」
「あら、私は貴方と戦いたいのよ?他の人は後よ」
玉鬼さんはそこらに落ちている大剣を右手一本で拾い、肩に乗せる。
そのまま左手で挑発するように手の甲を見せる。
「さぁ、かかってきなさい」
そう言われ、剣を握り構える。
もうすでに試合は始まっているのだろうが、中々どうやって攻めるか迷ってしまう。
なにせ相手は未だに構えすらしないどころか、未だに左手を出している。
これ、もう行っていいのか。
だがいつまでも止まっている場合じゃない。
しかし、ここで馬鹿みたいに突っ込んで行けば相手が物凄い速さでカウンターを決めてドヤ顔するパターンを昔借りた漫画で見た。
ここは漫画の世界ではないので、多分そんなことはないだろうが。
どうする、歩きながら相手に近づき距離をゆっくり詰める。
息を吐きながら、まるで剣道のようにゆっくりと。
すると、相手の顔が一瞬だけ笑い、ようやく構えを取った。
構え、と言ってもその剣の持ち方は独特で、大剣を持っているはずなのに、ロングソードを片手で持つように構えている。
大剣は一度持ったが、両手で精いっぱい、剣を振ると言うより剣に振られると言った表現が正しかった。
そんな大剣を、片手で。
とんでもない腕力の持ち主、とても細い体なのにどうしてそんなに重い物を持てるのか。
(でも、長い武器を振り回すのはとても難しい)
数日間色んな武器を持った経験を活かし、己を勘を信じて試合を動かす。
大きく一歩を踏み込み、距離を詰めて一気に斬りつける。
一段目は右上から。だが相手は器用に大剣を動かし、攻撃を受ける。
そのまま、二撃目、三撃目に繋げる。
ガードというのは解かせなければ永遠に解けない。私がするのは隙を見せずに攻撃を続ける。隙を一度でも見せたら次に防御に回るのは私だろう。
八撃目、九撃目。
体を動かすのは嫌いだが、身体能力が低いわけじゃない。むしろこの世界に来てから上がった気がする。
歳を取ったから今まで身体が動かなかったとか心の中でどこか思っていたが、今は学生の頃くらい、もしかしたらそれ以上動ける気がする。
十三撃目、十四撃目。
だけど、一つだけ違和感があるのは。
どれだけ攻撃をしても、下がる気配がない。
普通は、自分の得意な間合いになるように下がったり、私の勢いを殺すように下がるはずなのだ。
なのに、下がらない。むしろ、私が斬りやすい間合いに常にいる気がする。
十九撃目、二十撃目。
(なら、永遠に続けるまで!)
二十五撃目、二十八撃目。
まるで、ボクシングのミット打ちのような攻防。
足や顔、相手が皇帝ということを忘れて攻撃を通そうとするが、尽く防がれる。
弄ばれている。
承知の上。
三十二撃目。
私の体力は底を付き、攻撃の手を止め距離を取った。
これ以上全力は出せない、手を緩めたら失礼だと思ったから。
だから、構える。まだ終わっていないから。
「次はこっちの番準備はいい?」
「あぁ、いつでもこい」
攻守交替。
人類最強様の攻撃がどんなものかと期待した。
私の頃とは打って変わって、ダッシュで距離を詰めながら剣を振りかぶる相手。
いや、違う!
剣を真上に放り投げた!?
何もない玉鬼の手元、それでどう戦う。
「来なさい『竜馬の化身』」
戦局を変える武器が振り落とされた。
次の瞬間、反射的に防御に回した私の剣が砕け散り、目の前には黒光りするハンマーがあった。
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