第13話

 この世界に来て二回目の朝が来た。

 流石に三日もあればこんな意味不明な生活に慣れると思ったが、未だに天井を眺めてしばらく経ってから「別の世界か」と内心ワンクッションを入れないと起きれない。

 修学旅行の時も一人暮らしに移った時も、必ずこの現象(正式名称あるのかな)に陥る。

 よつ〇と!の一巻でもこうなってたから、案外私だけじゃないのかもしれない。


 家に帰りたい。


 物凄くどうでもいいことでこう思うのは仕方ない。元の生活がとても幸せで、満足していたからこう思うのだから。

 いつまでもベッドで天井を眺めていても何も始まらない。朝から生徒に無様な姿を見せられないため、シャワーを浴びて目を覚まそう。

 ただ、起き上がろうとすると何かが自分の右腕を捕まえられており、上手く起き上がれない。

 十中八九あいつだろうと思いながら布団を捲ると、そこにはやはりというか、銀子がいた。

 とりあえず鼻を摘み、口を押えてみた。

「……ん、んー」

 ゆっくりと目が開く。まだ目が覚め切っていないのか何をされているか分からない様子。

 私の目と銀子の目が合う。瞬間に好きになるとかはなく、起きるのを確認しても抑えるのを止めなかった。

「ん、んー!!んんん!!んんんんんんーーーーー!!」

 目が合ってから五秒ほど経ったとき、やっと息が止められていることに気づいたのか銀子は私の腕に軽く爪を立て、なんとかひっぺ剥がそうとする。

 さすがに怪我はしたくないので離してやると、その瞬間に「ぷはぁ!」と大きく口を開いて息を吐き、大きく息を吸った。

 落ち着くまで深呼吸を繰り返すと、私を強く、それはもう人を殺そうとする目で睨む。

「死ぬわぁ!!」

「すまん」

「起こすならもっと他にあったよね!!」

「いや、銀子は放っておくと昼まで寝てるだろ。だから、なんとなく」

「前半理由にもなってない!後半真理!」

「ツッコミ上手いなぁ」

 適当に誤魔化しておいた。

「それはそうと、どうしてここにいる。私が寝たら部屋に戻るって言っていただろ」

「えっと……寝顔見てたら寝落ちしてました。へへへ、すいやせーん」

「可愛く言うな」

「可愛いのこれ」

「可愛い」

「お、おおう、それは……どうも」

 銀子の照れ顔が見れたところで、ベッドから起き上がり伸びをする。

「私は朝風呂に入ろうと思うんだが、どうする?」

「いいですね、ヤりに行きますか」

「…………」

「そ、そういえば温泉があるって言ってましたね。すっかり忘れてた」

「じゃあ一緒に行くか、着替えを急いで持ってこい」

「はい」

 笑顔で返事を返し、ドアを慎重に開けて出て行った。

 確かに、鉢合わせでもしたら「どうして私の部屋にいたんだ」と問われても可笑しくない。

 平気で部屋に来てるけど、こんなことを続けていたらいつかバレてしまうんだろうか。

 小山内にはバレているが、あいつは人に秘密事を言うタイプじゃなさそうだが見玉と話してる時の様子を見ると、隠し事があるってことまでバレていてもおかしくない。

「結婚……ねぇ?」

 昨日、銀子に何気なく言われた言葉を思い出す。

 あいつはたまに、大事なことをさらっと言うのが怖い。友達とかに「先生と付き合ってるんだ」とかさらっと言ってないか心配になる。言ってないから別にいいが。

「結婚ねぇ……」

 私達が出来るんだろうか?

 女同士、教師と生徒で?

 本当はしたいけれど。

 したいけれど……。


「おはようございます、先生。どこに行くんですか?」

「…………あぁ、そういうこと」

「ん?どうしたんですか?」

「いや、なんでもない。おはよう速水。温泉があると聞いてな。せっかくだから朝風呂に行こうかと」

「おー、奇遇ですね。私もちょうど行こうとしてたんですよ」

 廊下で銀子と出会い、そんなことを話す。

 人も通るから、偶然を装っているのだろう。

 正直、銀子が自分の意志で朝風呂に行くとは思えないが。行くとするなら、響とかに提案されてそのまま仕方なく、それでいてどこか楽しそうに付いていきそうだ。

「じゃあ、一緒に行くか」

「はい、そうしますか」

 先生と生徒の間柄だと、話しがポンポンと進む。

 この話し方も嫌いではないが、その分沈黙も時間が増え、楽しくないのではと思ってしまう。

「この世界に来て三日目だけど、慣れたか?」

 まるで転校生に投げるように話を振った。

「全然です。『魔法能力』ってやつが出来るようになりましたが、寝て起きると、自分はとんでもないことしたなって思っちゃって、昨日の自分が他人の様です。先生はどうですか?」

「私もだ。剣の振り方、槍の持ち方、何もかもが新しくて、付いていけてるか怪しい」

「割と様になってた気がするけど。というかそれ、数学とかを覚える私達ですよ」

「……確かに、学生だったころを思い出せばそうだったかもしれない」


 学生の頃の学業なんて、覚えた所をひたすら復習していた記憶しかない。

 新しいものを覚えるとなると、そういう感覚にもなるか。

 当たり前すぎて忘れていた。この世界に来て思い出すってのもおかしな話だが。


 温泉があると言っていた場所に来てみると、そこには向こうの世界のような暖簾などは無いく、男と女と書かれたドアがありだけだった。

 確かに、暖簾は向こうの世界、というか多分日本だけの文化だしなと勝手に思った。

 脱衣所で服を脱ぎ、温泉へと向かう。

 そこは広く開放的で、青い晴天に白い雲が凪いでおり、大きな浴槽がいくつもある。

 温泉と言うより、露天風呂と言った方がいいのではないか。なんて思うけれど、大きな違いはないから口にはしないでおいた。

「温泉と言うより露天風呂ですね」

「……だな」

 思考が丸被りしてると、なんだかむず痒くなる。

 一番風呂かと思いきや、どうやらメイド達が何人も入っているらしく、色んな人の声が聞こえる。

「背中流しますよ」

「あぁ、頼む」

「前はいかがですか?」

「……いや、大丈夫だ」

「ムー」

 こんなところで何言ってるんだ、なんて思ったが、女性同士のスキンシップと思えば普通なのかもしれない。

 風呂に入ってみると程よい温度で、なんだろう、特にいうことが無い。

「あったかいですね」

「だな」

「美容効果とかあるんですかね」

「あったら積極的に入っていきたい」

 なんせ寝泊まりしている場所なのだ、シャワーで十分とは言え効果があるなら入る価値はあるだろう。

「そろそろ皆起きる時間ですかねー」 

「どうだろう、とりあえずもうそろそろ上がっておこうか」

「はーい」

 次はいる時は出来れば二人きりで入ってみたい。

「今度は二人きりで入れるといいですね」

 小声でそう言ってきた。

「お前とは気が合うな」

 二回も思考が被れば、むず痒さは感じなかった。


 朝はパンか米かと聞かれたら、断然パンと答えるだろう。

 友人や同僚、生徒達からは和食のイメージと言われ続けてきたが、断然パンだ。

 

「はぁい斗琴ちゃん、朝のスープとパンよ♡」

「ありがとうございます」

「あっら!ありがとうねぇ、向こうの世界にいる人は皆礼儀正しいのねぇ、私達も頑張ろうって気持ちになるわ!もしかしたら、貴方の教えがいいのかしら?」

「そんなことはないし、そんなことを言った覚えがない。元々礼儀正しくあれと教えられているのかもしれない。だから、そもそも全くしないやつとかいる。人それぞれってやつだな」

「そうなのねぇ、聞けば聞くほど貴方達の世界に行きたいと思うわ!生徒さん達からあれ作ってこれ作ってと言われて何も分からない物もあるし、貴方達が帰る時は私も付いていこうかしら」

「それはとても嬉しい、料理長さんのご飯はとても美味しい。向こうの世界でも食べれたらとても嬉しい」

「んっもう!そんなこと言って!」

 まだ出会って二日目だが、この人と話すたびに頬が上がる。

 オカマ、というものに初めて会ったから、というのもあるが、単純にこの人が優しいからそうなるんだろう。

 生徒も言っていた、相談事をするならオカマが一番いいと。

 あの頃は意味が分からなかったし頭の病気を疑ったけど、元々そういうやつだったのでそこまで言わなかったが、確かにあいつは確信を付いていた。

 まぁラーメンはまずかったけど。

「なんで、下の名前?」

「しょうもないことで睨まないでくれ」

 銀子がエセメンヘラになっていたので適当言ってわたしは逃げた。


 それから、銀子は幼馴染たちに声を掛けられてそっちと食べた。

 一瞬だけ残念そうな顔をしていたが、いつまでも一緒にいられるわけではないので目を離した。

 私も適当にパンを齧っていると、獅子山先生が隣に座ってきた。

「おはようございます美咲賀先生。朝からそれしか食べなくて大丈夫ですか?」

「おはようございます獅子山先生。私は別に大丈夫ですけど、貴方は朝から肉ってお腹大丈夫ですか」

「大丈夫ですよ。ちゃんと野菜も食べてますので」

 そういうことじゃないんだよなぁ。

「でも、この世界は身体動かしますよ?いっぱい食べないと」

「それは言えてますね。それで変な時間に食べる生徒が出そう」

「運動部にありがちなやつがクラス全体に広まるって感じですかね。対策しないといけなさそうですね。朝のご飯はなんでもいいから食べさせますか?」

「まだいいんじゃないですか?問題が起きてから対処しておきましょうか」

 この後も、お互いのご飯が食べ終わっても話は続いた。

 生徒が怪我したらどうするか、小山内の能力は大丈夫なのか、元の世界に戻れたとしても留年扱いになるのだろうか、など。

「一つ目に関しては、骨折や切り傷程度なら治癒魔法で大丈夫と隊長さんが言っていた」

「骨折が程度って」

「それだけ怪我が起こりやすいんですかね。私達も多分慣れなきゃいけない。小山内は分からない、現状は見玉の能力を利用出来たのが運が良かった」

「もう考えを出して行動に移すなんて、流石は美咲賀先生ですね!」

「おだてても何も出ないいですよ。最後の元の世界に関してはもう国とか校長に任せましょ。そこまで頭が回らない」

「ぶっちゃけそうですよね。はあぁー、この子達の将来に響かなければいいんですが」

 正直、こんな話をご飯中にはしたくないが、こんな時間でしか大人しく話せない。

 訓練が始まれば私も生徒だし、生徒から話がくれば私が先生だ。

「あの日、美咲賀先生に授業の手伝いを頼まれなかったら自分は向こうの世界にいたのかな」

 たまたま授業の手伝いをお願いしてこうなったのだ。

 私のせいで獅子山先生を巻き込んだと言っても過言ではない。

「……すみません」

 なんと言えば分からず、ただありふれた謝罪をするしかない。

「いや、別にいいですよ。元の世界でただ心配するだけなんて考えたくもない」

「獅子山先生が獅子山先生で良かったです、ほんと。さっき何も出さないって言いましたが今度何かあげますよ」

 もしも私一人だったらどうなっていたか。

 生徒からの人気は獅子山先生の方が上だから、昨日の晩御飯に多くの生徒と話していたし、私よりも多くの生徒から悩みを貰っていた。

 それを一人で受け止めきれていたか。

 絶対無理だし、多分二人でも受け止めきれてないだろう。

「これからも、頑張りましょうね」

「……もちろん」


 教師をやってて思う。私も子供だったらなと。

 そんな甘ったれた考え、捨てれたらいいのに。

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