第11話

「先生、ご飯を持ってどこに行くんすか?」

「小山内の部屋だ」

「どうして?」

「それは後で分かる」

「ふーん」


 小山内さん、下の名前は『玉萌』だったか、それとも『玉藻』だったか。格闘ゲームの『玉藻』は妖狐だったから多分後者だな。

 どっちにしてもアニメっぽい名前だな、羨ましい。

 見た目も黒髪ショートカットで図書委員、低身長なのにおっぱいは大きい、所謂ロリ巨乳って属性で、なのに、ここまでテンプレを踏んでるのに何故か眼鏡を掛けないというギャップ萌えを持ち合わせている子。

 一年前に真正面で「そこまで属性盛るなら眼鏡掛けなよ!!」って言った記憶がある。今思うと凄く失礼だな。

 最後の最後で一個抜けてるのが彼女の魅力でもあるし、眼鏡無いのも個性だ。

 ぶっちゃけ眼鏡萌えとか私無いし。

 どうでもいいけど、遠距離で戦う飛び道具が似合いそう。

 先生はカラチェンに執事服がありそう。


 小山内さんの部屋は女子の階層の一番端っこ、上がってきた階段から一番遠い場所にあった。

 人の部屋に遊びに行くほど私は友達はいないけれど、この部屋はなんとくなく覚えやすそうだ。

「あっ、美咲賀さん」

 部屋の前には小山内さんのメイドさんがいた。

 どうして部屋の中にいないんだろう。

「小山内はいるか?」

「はい。もしかして、ご飯をお持ちで?」

「まだ食べてないかと思ってな。もしかして、もう食べていたり?」

「いえ、まだ食べておられません」

「そうか」

 淡々と話す二人、付いていけない私。

 先生は二回ほどノックをして「先生だ。急で済まないが、会わせたい人がいる」と言った。

 もしかしなくても百割の確率で私だろう。つまり千パーセント。ドキドキで壊れそうだな。

 しょうもないことを考えてると『ガチャリ』と鍵が開けられる音が聞こえ、ドアが開く。


「さっきぶりです、先生。それと……見玉さん?」

「あぁ、さっきぶり」

「やほやほ、小山内さん」


 私はいつも通りの挨拶をする。

 中学生くらいの頃は『やっはろー』『はろはろー』だったが、なんか飽きてしまってこの形に収まっている。

 ていうか、あの作品最終巻の予告出てたのにこの世界に来たせいで一生見れないの辛い。

 私はいくつもの作品を向こうの世界に置いてきてしまった。

 早く帰りたい、いますぐ帰りたい。

「……あの、見玉さん」

「ん?どうしたの?」

 ドアの隙間から顔を見せる小山内さん。

 なにこの仕草、天然だからあざといアピールじゃないだろうめっちゃ可愛いんですけど。


「もしかして……頭の中空っぽですか?」

「は?」


 前言撤回。

 ぶっ殺してやろうかなこの巨乳。

 なにその仕草可愛いと思ってやってるの?考える事が痴女でマジキモ過ぎなんだけど。

 なになにスイカでも入ってるんですかそのお乳、割ってあげましょうか(笑)

 ていうか今頃煽りは小学生までですよそんな低能なこと言うなんて身長だけじゃなくて脳まで小学生さんなんですね。かけ算教えてあげようか?

 くっそ、自分の語彙力が低いせいで乳しか罵倒することが出来ねぇ!


「ぷっ……フハハ」


 普段あまり笑わない先生にも笑われた。

 これはもうリアルファイトしても許されるはずだ。

「先生、こいつ殴っていいですか?」

「なんでです!?」

「なんではこっちじゃい!なんで煽った?ねぇなんで煽った?ねぇ!」

「わ、わたし!そんなつもりじゃ!」

「あーもう、落ち着けお前ら。見玉、捲った腕を戻しなさい。小山内、とりあえずお前は謝りなさい」

「うぅ……ごめんなさい」


 小山内さんは少し不満げに頭を下げる。

 私も無意識で捲った腕を戻した。

 許しはしないけど。

「とりあえず、中で話そう。見玉の心が見えないことも含めてな」

「私の心?」

 何言ってんだこの先生。

「やっぱりそうなんですね、それじゃあどうぞ」

 小山内さんは少しだけ開いていたドアを全て開け、部屋に入ることを受け入れる。

 先生が部屋に入り、私もそれを追うように部屋に入る。先生はご飯を机の上に置いた。

 小山内さんが「適当な所にお掛け下さい」と言ってくれたので、遠慮なくベッドに腰を掛けた。

 部屋の中は普通だ。というか、この二日ほどで内装を変えるやつはいないだろうけれど。

 一部のカースト上位女子は、小物を買うためにと街に下りると言っていた気がするが、そいつらくらいだろう。

 カーテンは全開にしていて、残暑残る九月の半ばらしい紫色の夜空には、窓から明るい月が見える。

 こういう月は向こうの世界でも見れるけど、向こうの世界よりも明るくて大きくて、特別な月が毎日見れて私の中二心が躍りまくって股濡れた。

 

「私が全部話しておくので大丈夫ですよ。先生は……えーと、残ってるお仕事に行ったらどうでしょうか」

「……そうだな。しかしいいのか?」

「なんとなく理解したので」

「そうか、じゃあ私はもう帰らせてもらう」

「ちょっと待って、私が分からない」

 二人の会話に割り込み、先生を帰させない。

 なんで私をここに来させたくらい教えてほしい。

「じゃあ、説明面倒くさいから単刀直入に言う」

 先生が溜息を吐きながら頭を掻く。

 勝手にここに来させたくせに、余程めんどくさいのかな。


「実は、私って心が読めるんです」

 小山内さんが、満点の笑顔でそう言った。


「は?」


 思わず口から飛び出した。

 小山内さんってそういうキャラだっけ?

「見玉は信じてないが、本当だぞ」

「いやいや先生、流石におかしいでしょ」

 そう言うが、先生も小山内さんも表情は変えない。

「ほ、本当って言うなら、私の心を読んでみてよ」

「それが出来ないんですよね」

「……やっぱり、くだらない嘘じゃないですか」

 なんだドッキリか、そう思いながら私は小馬鹿にした目を先生に向ける。

 だけど、先生はいつもの顔で、冗談をいう顔じゃない。

 というか、この人はそんなくだらないことはしない人だ。

「見玉、お前の能力は?」

「え?【能力無効】だけど……それが?」

「隊長から聞いた話だと、その能力は、あらゆる能力による攻撃を全て無効にする。例えば魔法能力、とても強力な攻撃だが、お前はそれを喰らっても全てを消すらしい」

「そう、ですか。初めて知った。でも、それと何か関係が?」

「察しが悪いな。小山内、お前の能力の効果は?」

「能力名は【心玉覚利】効果は【他人の心を読む】です」

「ここまで言えば、流石に分かるだろう。小山内は心を読む能力を持って、普通の人間、私や部屋の前にいたメイドとかの心が読める」

「……なるほどね」

 そこまで言ってもらって、やっと理解した。


「多分だけど、私は唯一小山内さんが心を読めない人物ってこと?」

「正解です!」

 満面の笑顔で小山内さんが言った。かわいい笑顔だけど、心が読めるくらい最初に言ってほしい。初日くらいから。

 ていうか、この能力。

「小山内さんは地下の管理人で、私は幻想殺しとか人間失格とかってことだね」

「だいたいそういうことだ」

「どういうことでしょう?……そういうことですか」

「え、まだ何にも説明してないのに」

 反応を見るに、先生は理解出来て小山内さんは分からなかったようだ、と思ったら意味分からない速度で理解した。

「あ、先生の心を見て……なんとなーく。多分アニメの主人公ですか?」

 便利だなその能力、私の未だに何の効果を意味を成してない【能力無効】も見習ってほしい。

 あ、でも今現在進行形で役に立ってる、らしい。心を読むって能力を無効にしているらしいし。

 それにしても、先生って意外とアニメとかゲーム知ってる口なのかな?この前も格闘ゲームやりこんでいたし、サブカルチャーに詳しいのかもしれない。今度じっくり話したい。


「っと、そろそろいいか?」

「そうですね、可愛らしく怒られてしまうかもですね」

「……小山内、当たり前だが」

「大丈夫ですよ。私、口は堅いですから」

「信じるぞ、その言葉。それじゃあ私はこれで失礼する。二人共この世界に来たからってちゃんと早く寝るように」

 最後に先生らしい言葉を言って、この部屋から出た。

「『最後に先生らしいこと一つでも言っておかないとな』と最後に思っておりました」

「プライパシーなんてあったもんじゃない」

 私が読まれなくて本当に良かった。

 プライパシー……そういえばさっきの先生と小山内さんの会話、口が堅いとか言っていたけど、あの反応を見るに先生は小山内さんに秘密を握られているのかな?

 そりゃそうか、もしも本当に心が読めたら秘密の一つの二つは握れる。

「先生の何を知ったの?」

「秘密です」

「ヒントだけでも」

「駄目です」

 ですよねー。

 期待はしてなかった。


「あっそうだ。秘密で思い出したのですけど、私の能力も皆さんに秘密の方向でお願いします。ほら、心を読まれるのは……あまり、いい気分じゃないと思うので」

「あー確かに、分かったよ。わたし意外と口が堅いんだ」

 言ってることが完全に地下の管理人で内心テンションが上がる。

 良かったー、私の心が読まれないで。

 読まれてたらさっきの「殺してやろうかな」が全部丸見えだったしね。

 ラッキー中のラッキー、この能力を授けてくれた神様マジありがとう。


「で、私達は何を話せばいいの?」

「うーん……私、この世界に来てから色んな人の心を読んだんですよ」

「うん」

「それを聞いてくれますか?」

「予想してもいい?」

「どうぞ」

「私が好きなゲームのキャラクターに心を読める女の子がいた。その子は心を読んで人と遊んでいたけど、人の悪い感情とかを見て、人の前に立たなくなった。だから、小山内さんは今、人に会いたくない……とかそんな感じ?」

「正解です!凄い!人が答える前に心を読んで、なんて言うのか分かっていたのに、見玉さんは分からない!心が読めないって楽しいですね!」

 中々聞けない言葉が聞けた。

「経った二日だけなのにそう思っちゃうなんて、どれだけこの世界に毒されてるの」

「この『世界』というよりも、この『能力』に毒されてますね。なんかもう色々と見ちゃって疲れちゃいました」

「大変だね」

 軽めに苦労話を話しているけれど、本当は『大変だね』で済まないくらい苦労しているのだろう。

 そうじゃなければ、わざわざ先生にご飯をもって来させたりしない。

「小山内さん」

「なんですか?」

「いま、誰にも会いたくない?」

 無邪気に振る舞う小山内さんの顔が、すとんと落ちた。

 我ながら、嫌な質問をしたもんだ。

 前の世界、学校にいた頃の小山内さんはそこそこ友達がいたはずだ。

 特に、いつもうるさいながらもクラスを盛り上げてくれる林香子きききょうこにはよく付いて行ってた。

 誰にでも優しく、マイペースで、男子からも一定数の人気もあった気がする。

 そんなイメージの小山内さんは、今。


「……はい」


 先程まで作り笑いは無く、目を伏せ、こちらに顔を隠そうとしている。


「みんな、秘密を持っているんです。どんな些細なことも、どうでもいいことも、大事なことも。恋愛事情、家族事情、性事情。クレジットカードの番号、パスワードなど。訓練が辛い、元の世界に戻りたい、痛い、怖い———全部、全部見えちゃうんですよ」


 小山内さんは優しい。

 それは今も変わっていない。

 だって、それを見て秘密を握って悪用しようとか考えないで、純粋に人の心のカーテンを透かして見ているのを申し訳ないと思っている。

「先生は私を心配してくれた。隊長さんは私を面倒くさがった。友達は私の顔を見て動揺した。好きな人は別の子を好いていた。クラスメイトは私のことが嫌いだった」

 漏れる本音を受け止めて、感じる。

 これは、重症だ。

「なんで、こんなどうしようもないことを見玉さんに言っているんでしょう」

「それは……あれじゃない?どれだけ愚痴を言って私が小山内さんのことを嫌っても、小山内さんは見れないからじゃない?」

「確かに、そうかもしれません。あはは、他人の心を知っても、自分の心が分からないなんて、笑っちゃいますよね」

「笑わないよ」

「……」


 先生、とっても面倒くさい問題を私に押し付けましたね。

 でも、小山内さんの問題は私にしか解決出来ないんだろう。

 心が読めるの能力を無効化なんて、私にしか出来ない。

「私はさ、小山内さんのことまだ知らない。どれだけ苦労してるのか、全部知らない。だからさ、吐いちゃいなよ。私は何を思っても小山内さんは見えないんだから」

「で、でも」

「それを出来る相手は、私かお人形さんくらいだよ。先生とか、友達は聞いてくれても、困らせちゃう」

「……」

「もしも小山内さんが誰にも会いたくないって言って部屋に引きこもっても、私は話を聞いてあげる。大丈夫、私の事はお人形さんでもペットと思ってもいいから」

「……どうして」

「ん?」

「どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」

 両目から大粒の涙を流しながら、小山内さんは震えた声で私に問うた。

 私の心が読めないことに逆に心配になっているのか、そんなの私は心が読めないから分からないけれど、私なら心配するからそう思った。

 だから。

「……さぁ?」


 馬鹿の振りをした。

 実際、馬鹿だから。

 扉が開く音が聞こえると、私はそこに目を向けた。

「遅いですよ、スマホほぼ使えないんだから暇つぶし出来ないことも考えてください」

「十分も経ってないだろ」

「先生がいない時間は常に百倍速掛かってるので実質千分……何時間ですか」

「それくらい自分で計算しろ。それと、千分は約十六時間……十六時間半だ」

「即答じゃん」

「これでも数学教師だからな」

 そういえばそうだった。

 じゃあ、当たり前だけど勉強しなくていいじゃん!

「……急にニヤニヤしてどうした?」

「いえいえ、ぐふふふふ」

 思わず変な声が出た。

 明らかに先生が引いた顔をしているのですぐに話題を変えてしまおう。


「ちなみに、悩み事とかそんな感じですか?私が聞いちゃ駄目?」

「流石に個人の悩みをおいそれと話せはしないよ」

「そっか。でも見玉さんかー、どんなこと話したか全く予想できない」

「それは分かる。あの二人は趣味が違ければ思考も違う。趣味が違うからこそ生まれる話題はあるけども」

 あの二人、とは見玉さんと誰を指してるのだろう。

「そもそも、見玉さんってゲームのイメージしかないんだけど。格闘ゲームだっけ?」

「春休みにゲームセンターで鉢合わせた時か。あれは心臓が止まるかと思った」

 春休みという長期休暇中、映画を見に行ったり服を買ったりと、所謂普通にデートしている時だった。

 と言っても、近場だとクラスメイト達に見つかってバレる可能性があったから結構遠くの所だけど。

 デート終盤、先生に行きたい場所は無いですかと聞いてみた所、意外にもゲームセンターと言った。

 高校生時代に友達とよく行っていた(ほぼ無理やり連れられてた)らしく、大人になってから一切行ってなかったから久しぶりに行きたいとのこと。

 そしたら偶然、格闘ゲームの大会らしきものがやっていたらしく、そこに参加していた見玉さんが私達を見つけたのだ。

 先生が咄嗟に誤魔化して私もそれに合わせたが、あれは危なかった。

「先生が格闘ゲームでボコボコにされてましたね」

「大会とか言っていたからあの後調べてみたら、界隈では結構有名らしい。関東の女子高生最強ゲーマーとネットの記事で書かれていた。ゲーム専門生放送のサイトでも五万登録者数いた」

「それは……凄い」

 私はそういう趣味とかないし、有名なゲームをちょっとやるくらいだからよく分からない。

 幼いころから、そういう娯楽は幼馴染達が貸してくれてた。

「この世界にもゲームってあるんですかね」

「流石に電子機器はないだろうけど……オセロくらいはあるかもしれない」

「もしもなかったらオセロとか作っちゃいましょ!そして一儲け!」

「トランプの方が売れそうじゃないか?」

「それは、確かに」

 でも作りやすさならオセロの方が高そうだ。


「そういえば、何度も聞いてウザいと思うが体調は大丈夫なのか」

「あー……むしろ、今日倒れたことを忘れてました」

 先生は信じられないという目を向けて私を睨む。おーこわかこ可愛い。

「意外と魔力枯渇?ってやつは大したことないってことなんじゃないですか?」

「体調は万全にしてくれ……こんな意味不明な世界で倒れるだけで危険だ。もしも私が倒れた所を想像してみろ」

 先生が倒れたら?

 なんとなく想像してみる。

「……怒ります」

「今も若干キレかけてるじゃないか。そういうことだ」

「理解出来ました」

 軽率に大したことないと言ったことを後悔した。

「でも、このタイミングでこれ言ったってことは、今日はヤらないんですか?」

 先生の顔色を見るに、かなり疲れてそうだ。

 期末テストの時期並みに疲れてる。

 先生だってテスト作ったり勉強見てくれたりで私達よりも疲れてるの、意外と世の学生は知らない。

 ちなみに私も付き合う前までは全く知らなかった。

 今の先生は、その時並みに疲れている。

「もしかしなくても、休みたかったけど都合の言い理由があると思いました?」

「お前そういう時だけ勘鋭いし言い方がムカつくよな」

「なんで!?」

「お前の察する通り疲れてるよ。午前中は今まであまりしたことのない動きをしたし、魔法とやらを理解するのにも手間が掛った」

「そうですか、じゃあもう寝ちゃいますか?」

「……」

 そう聞くと、先生は黙って私を見た。

「いや、銀子が寂しそうだからまだ起きてるよ」

「な゛っ!何を根拠に……」

「昼間に一時間ほど寝てまだ眠気が来てないだろ。今更部屋に戻ってもすることないだろうし、また興味湧いて魔法でも使われたらたまらない」

「た、経った今しないって言ったじゃん」

「駄目だ、お前はここにいろ」

「そんなこと言って、先生が私といたいだけじゃないですか?」

「…………明日は何するんだろうな」

「すっごい下手くそに誤魔化した!誤魔化すの下手すぎでしょ!誤魔化すなら帰りますよ!」

「はいはい、お互い寂しいってことで」

「勝手に巻き込むなー!」


 悔しい、付き合って約半年だけど、こういう言い合いには勝てた試しがない。

 これが惚れた弱みというものなのか、人と付き合ったことなんて先生以外いないし、お付き合いも手探りで良く分からない。

 というか、付き合ってから先生が強引になってきたんだろうな。

 私が子供だからって大人らしさを見せようとしている。

 そんなことを考えていると、先生は大きく口を開けて欠伸をした。

 可愛い、欠伸する先生可愛い。

 マジマジと見ていると、欠伸が移って私も口を開けた。

 それがなんだか可笑しくて、二人で笑ってしまった。

「ごめん、私は寝っ転がりながら喋る。寝落ちしたら、部屋から出ると言い」

「そうですね、今からオセロ作る計画でもしようとしたんですが、明日にしましょうか」

「なんにでも計画って付ける女子いるよな……お前そういえばケーキ作るって言ってなかった?」

「全部作ります」

「最終的に私に作らせる未来が見える……」

「先生の料理美味しいんだもん」

 一人暮らししている先生の家によく飛び込んで晩御飯を食べていた。

「また、食べたいな」

 先程食べていたハンバーグも美味しかったけれど、先生の料理もまた食べたい。

「お前らがケーキとか作らせて貰えるなら、私もご飯くらい作れるだろ。キッチン借りるとなると、皆に目立ってどうして銀子の分だけしか作らないんだとか言われそうだから、クラスメイト分作らなきゃいけなさそうでめんどそうだが」

「あー……確かに。じゃあ、大人になったら正式に結婚して毎日料理作ってくださいよ」

「お前はさらっとそういうこと言うなぁ。別にそれもいいけど、その時にはもう元の世界にいるだろ」

「でも、この世界って同性婚あるらしいですよ」

「……マジ?」

「大マジです。さっき世呱々さん……メイドさんに聞きました」

「いや、結婚自体はいいが、そうしたらこの世界で住むことになるだろ。銀子はこの世界に残りたいか?」

「いや全く。漫画とか小説とか、ネットとかその他もろもろ私が今欲しい物全部ここに持ってきたら考えます」

「強い欲と書いて強欲」

「先生は?」

「私は…………」

 先生は仰向けになって、じっくりと考える。

 こういう冗談にもしっかりと答えてくれる。

 それはそうと、そんなに上を向くと美味しそうな首筋が見えてるんだけど。

「私は、まだよく分からないかな。まだこの世界に来た意味が分からないし、この世界のことをまだ全然知らない。もっと言えば、前の世界も知らない所が多すぎる。そういう意味で、どっちが上とかはまだ言えないかな。つまらない回答でごめんな」

「んー、先生らしくて私は好き。分からない所は分からないってちゃんと言う所が」

「生徒に『ここはどういう意味ですか』なんてよく言われるけど、知らない物が多いからな。そういう時は知ってから、分かってから答える」

「なるほどー……教師って大変ですね」

「大変だしオススメもしないけど、知らない物が知れるのは楽しいぞ。私はこの仕事が大好きだ」

 目を伏せながら、薄く微笑みながら誇る。

 好きな物は好きと。

 嫌いな物は嫌いと。

 時に傷付けないようにと曖昧に答えることもあるけれど、時に私を困らす為だけに誤魔化すけれど、芯の通った真っ直ぐな先生。

 恋人の時の顔をしてくれる先生が一番好きだけれど、教師の時の顔の先生も好きだ。

 時に厳しく、けれど優しく、もしもこんな人になれたらと憧れる。

「先生」

「なんだ?」

「お仕事を好きと言ってもいいですが、私のことも好きと言ってください」

 でも、やっぱり私だけを見てくれる先生が大好きだ。

 そんなことを思うなんて、やっぱり強欲かな?

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