第8話

「話ってなんだ?小山内」

「もう分かっているのに。話と言うのは、私の能力の話です」


 午後の訓練が終わり、生徒達が自分の部屋に戻ったり、自主練を続けたりするなか、私は小山内の部屋にお邪魔していた。

 銀子達魔法の能力を持ってる人達だけはまだあの教室に残っている。

 きっと、魔法の能力は普通の魔法とは使い勝手が違うのだろう。

 剣の能力を持っていた者は、今まで触ったことも無いのにも関わらず、何も習わなくても剣を扱えていたという現実ではありえないようなことが起きていた。

 それは、弓や槍なども同様にそうだった。

 しかし、先の訓練では銀子は魔法を使うのに苦労していた。

 私も別に特段早いという訳でもないし、扱えない生徒は半数もいた。

 なんとなくだが、魔法はコツを掴むまでがそこそこ長いが、一度やり方が分かれば何回でも使える感じだった。

 とある生徒が「操作マニュアルみたいなやつがあればいいのに」と言っていたが、素直にその通りだと思った。

 なにせ、魔法の七割くらいが感覚と言っていたし、使えた瞬間に「確かにこれは感覚で覚えるしかない」と私自身思ったが。

 話が逸れた。

 つまり、銀子達のような魔法能力は武器などの能力と違い最初から使えるわけじゃない、ということが分かった。


「フフッ、さっきから銀子達~って、基準が銀子ちゃんなんですね。昨日もお楽しみだったようで」


「……なるほど、それが【他人の心を読む能力】か」


 お昼ご飯を頂いている時、隊長にクラス全員分の能力を教えてもらった。

 何人か、隊長でも何も分からない能力も合ったが、ほとんどの能力詳細や特徴を教えてもらった。

 その中で『最も可哀そうな能力』と言っていたのが、小山内の持つ【心玉覚利】。

 可哀そう、というのがどういう意味かよく分からなかったが、心が読めることは現に学校生活約半年、銀子との交際関係を隠し続けていたのが、この世界で経った二日ほどでバレた。

 いや、恐らく一日目から知っていた、のか?

「はい、これが私の【心玉覚利】です。能力は隊長さんや先生が言った通り【他人の心を読む】ですね。先生が思ってる通り、この世界に来て一日目、赤い屋根を見た場所で初めて知りました。ぶっちゃけ、先生以外にも沢山の交際関係を知りましたけどね」

「そうか……ちなみに」

「はい、誰にも喋っておりません」

 言葉を言う前に会話を先にしないでほしい、なんて思ったが、直後の安堵の方が大きかった。

 もしもこれでクラスメイト全員にバレたとしたら、私達は今後どんな顔で生徒達と接すればいいか分からなくなる。

 銀子も友達が多い。もしもクラスメイトに拒絶されれば、あいつから笑顔は消えるかもしれない。

 あいつは私に「先生さえいれば全員から拒絶されてもいい」なんて言っていたが、そんなこと、私が許さないし、一人の先生としても許せない。


「凄い、これが惚れ気ってやつですね」

「……なぁ、心読まない方法はないのか?」

「心を読まない……これに関しては隊長さんもお手上げだそうです。対策として私の視界かられれば一応大丈夫です。つまり目を閉じれば何も見えないですが……後ろ向いて話したり、目を瞑ってる相手と話したいか言われれば嫌でしょうし」

「そんなことは」

「『正直嫌だけど』なら、私は早く人の心を見ることに慣れたいので、このまま話しますね」

 嘘を吐く前に心を読まれ、あまつさえ気を遣わせるようなことをさせて。

 そんなこと言われたら、申し訳なくなる。

 実際悪いこと言ったのだろう、この世界に不運にも来てしまって、こういう能力を手にしてしまったのだから。


「運が悪いですね、私」

「……」


 何も言ってやれなかった。


「さてここからが相談事なんですけど、いいですか?」

「……あぁ、なんでも言ってくれ」

「分かりました。それじゃあ、遠慮なく。」

 小山内は、用意していた水を一口飲み、私のことが視界に入らないように目を瞑り、痛い心臓を手で押さえた。

 その行動だけで、経った二日で壮絶な体験をしたのが分かった。


 最も、その壮絶は数秒後に明らかになる。


「なんとなく理解していると思うんですけど、心を読むって……辛いんです。先生と銀子さん達のような人間関係も勿論、心の中に留めた暴言、性欲、嫉妬、妄想、嫌悪。クラスメイトの色んな思考を見せられて、私は、見るのが辛い。

 もちろん、心の中で思うことは仕方ないんです。私だって嫌いな人はいますし、言わないだけで嫌だなとは思います。好きな人もいます、いました。その人と付き合えたならって妄想もしたこともあります。そんなの、生きてる人はみんなやってること。仕方のないこと。

 ただ、私はそれを見てしまう、見えてしまう。目を開ければ、誰と付き合ってるか誰が好きか誰を犯したいか誰が嫌いか誰がアホか誰がウザいか、それだけならまだしも、その誰かに、『小山内玉萌』の文字が入っていた。

 自分が万人に好かれているとは思ったことはないけど、無意識に向けられた嫌悪は

 もう、見たくない」


 瞑った目から涙を流しながら、震えた声で私に打ち明けてくれる彼女は、この三日間でどれだけの思考を見て来たんだろう。

 目の前で暴言を思われたのだ、思ったことを目の前で見ていたのだ。

 過去に、行き過ぎた暴言を正鬼注意をしたことはあるが、それとこれとは違う。

 日本の法律にもある、思うだけなら罰せられない。


 一つ深呼吸して、姿勢を正す。

 私も、一口水を飲んで、小山内を真っ直ぐ見る。


「目を開けてくれ、小山内」


☆ 


 そう言われ、恐る恐る目を開ける。

 何を思われるか、怖かった。


『私を見ろ、小山内』


 いつもの怖い顔。

 銀子さんが思うには『かっこいい』らしいけど、私は怖いと思う。

 でも、心を読むと、意外と、そう思っても仕方ない。



「まずは、ありがとう。こんな大事な相談に乗れて、私は嬉しい」


 昔、大きな悩みを持った生徒が最後まで打ち明けてくれないとかあった。

 私はその時何も出来くて、無力だと思った。

 若かった、教師を始めて一年もしなかった時期だから。なんて自分で思っても、言い訳にしか聞こえなくて。

 そういう過去があるからか、生徒からの相談事は結構嬉しい。


「そして、ごめん。今回の問題だが私一人じゃ手に負えない。というか人の心の中の誹謗中傷が辛いですなんて言われても、どうすればいいか分かる訳がない」

「……そう、ですよね。困りますよね」

「そうだな。だから、この負担を他の人たちも巻き込む」

「え?」

「えっ?私なにか変なこと言ったか?」


 なんて言ってるけど、内心私も変なこと言ってることは分かってる。

 あ、これも見られてんのか。かっこつかないなぁ。

 でも、自分の口角が上がっていることに気づいた。


「獅子山先生と隊長だな。獅子山先生は一応私と同じ教師で悩んでくれると思うし、隊長はこの世界に詳しい」

「えっ……でも、困らせちゃう」

「別にいい」

「めんどくさいですよ」

「小山内さんは知らないと思うけど、教師って物凄くめんどくさいんだ。だから、これくらい大丈夫」

「先生が良くても、お二人が……」

「獅子山先生は生徒のことをしっかり見てるし、隊長は良き相談相手になると言っていた」


 実際、獅子山先生はいい先生だ。

 自分は頭は悪いと自負しながら、自分なりに悩みながら生徒と接する。悩みを見せようとしたことも生徒達に見せたこともないし、生徒たちが変なことをすればちゃんと叱る。

 三間隊長も、経った一度話しただけだがいい人なのが分かった。

 部下に慕われ、生徒とすぐに仲が良くなっていた。

 お昼ご飯の企画は隊長からお願いしたものらしいし、なにより、私達をこの世界に呼んだことに最後まで否定出来なかったと謝られた。

 そんな二人が小山内のことを遠ざけるとは思えない。


「……そう、ですか」

「それに、あの二人の心を見て信用に値しないことでも思われてたか?」

「い、いえ!それはありません!」

「なら、大丈夫だろ」

「……これ以上否定しても、無理そうですね」

「その通りだ」


 心を読んだなら、分かるはずだ。


「先生って、意外と生徒のこと大事にしてるんですね」

「よく言われる」


 毎度思うが『意外と』って酷くないか?


 そう内心苦笑いすると、それを見た小山内が笑った。


 この笑顔をずっと見れるように、この世界でも『先生』を頑張っていきたい。


「先生って、意外と……なんだろ、かっこいいこと思いますよね」

「……恥ずかしいから見ないでくれ」


 締まらない密会だった。

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