第3話
「ん?先生ならそこの部屋に入っていったよ」
「本当!?ありがとうききき!」
「でも、私も先生と話したいからついてい———」
「じゃあね!今度ご飯奢るよ!」
なんか「私も行きたい」みたいなこと言いそうだったから、言われる前に逃げる。
これが、承諾も否定もさせない話術のテクニック。
普段はしないけど、今はだけは私と先生だけの世界に浸りたい。
言われた部屋の前に来て、ドアを二回ノックして「速水銀子です。先生はいますか」と一言。
すると出てきたのメイドさんだった。
「申し訳ございません、斗琴様は今現在大変お疲れのようですので―――」
「―――銀子?」
断るメイドさんに、被さるように先生の細い声が聞こえた。
「うん、わたしわたしー!」
「……向井さん、その子は入れてあげてください。すぐに」
「承知しました、どうぞ中に」
「お邪魔しまーす」
先生の許可が出たので遠慮なく入る。部屋の中は私と全く同じ構造で、いつも先生の家に入るワクワク感が無くて少し物足りなさを感じる。
あっ、そうだ。
「私の部屋……えーと、三一五の部屋に世呱々さんが、私のメイドさんが料理持ってきてるんだけど、ここに呼んできてもらってもいいですか?」
「承知いたしました」
「先生もご飯いる?」
「え、いや…………少し貰おう。銀子と同じやつを頼む」
「かしこまりました。それでは、銀子様の侍女をここに呼んだ後に斗琴様のご料理をお持ちしますので、少しお待ちください。それでは失礼いたします」
メイドさんがお辞儀をして、パタンと扉が閉まると同時に、私は先生に抱き着いた。
「ちょっ」と先生の驚いたような声が漏れたけど全部無視。ようやく、何が起きたか分からないこの現実に、やっと安らぎが訪れた。
私のことを理解してくれたのか、先生が抱き着く力を強める。
もしかしたら、先生も同じ気持ちなのかもしれない。
「……良かった」
「え?」
「無事でいてくれたこと、一緒にいたこと、来てくれたこと、感謝しかない」
「……えへへ、急にデレるなんてずるいですよ。先生も、あのおじさんに真正面から言い合って……かっこよかったです」
「そうか」
「いいから俺に従え!とか言われて先生殴られたらどうしようかとかなり心配しましたよ」
「それは、仕方なかったと言うしかない。あの時は焦りで自分が何をすればいいか分からなかった。正直もう何言ったか覚えてない」
「私も、先生の姿がかっこよかったことしか覚えてないや」
「二度も言うな」
『コンコン』
「「!?」」
抱き合って話していると、コンコン、とドアを叩く音が鳴り、私達は慌てて離れる。
「晩御飯をお持ちして参りました」
「あ、あぁ。ありがとう向井さん。そうだ、この部屋の防音ってどのくらいの物だ?」
「防音……?」
「えーと、部屋で話してる声が外で聴こえてたりしないかな」
「音漏れのことですね。それならご安心ください。ここは城、王様貴族達が話し合いをする場所でもあります。何か機密が漏れたら大変ですので、どの部屋も音漏れ対策に優れた石材と魔道具なるものを壁に使用しています。ですので、よっぽど大きい声でも出さない限りは外に漏れないと思います」
「そ、そうか。詳しく教えてくれてありがとう」
「いえ、お力になれて嬉しいです……部屋の前、張っておきましょうか?他の生徒さん達が来た場合、すぐにお伝え出来るので」
「出来れば他の人が来たら疲れてると言って追い返してくれ。銀子がいないことを伏せてな」
「……なるほど、かしこまりました。それでは私は部屋の前で待機しております。ご食事が終わりましたら、食器を片づけますので声を掛けてください。また、十二時を回る時は私達も床に入らせてもらいますので、ご了承ください」
「分かった、これからよろしくお願いします」
「はい。精一杯ご奉仕させていただきます」
そう言って、メイド二人は一つお辞儀をして部屋を去って行った。
「ふぅ……これからイチャイチャする時も、あの人達に邪魔されるのかな」
「それは嫌だが、あの人達も仕事をしている以上強く言い返せない」
イチャイチャ出来ないことに即答してくれる。
多分無意識とはいえ、ちょっとときめいてしまった。
「でも……なんとなく察した感じないですか?一瞬だけ目が全開まで開いた気がするんだけど」
「それは……考えないでおこう」
でも、生活とか支えてもらう人と思うと、これから部屋を行き来するならいっそあの人達だけ付き合ってることを知ってもらうのもありかもしれない。
「さっそくだけど飯食うか」
「んー、今はいいや。食欲無いですし」
「そうもそうだな」
お互い、少し遠慮気味に話す。
こういう時、だいたい喋り出すのは先生だ。
「……なぁ、お互い逸らし続けた話をしていいか?」
「もちろん、というかそろそろ私も話そうとしていました」
「そうか、じゃあ言うぞ。
ゆっくりと、不安を言葉に言い表す。
なんて返していいか分からず、つい沈黙をしてしまう。
でも、先生と話してる時にこんな重たい空気にはしたくない。
「…………………………たぶん」
しかし、溜めに溜めて出た言葉が経った三文字で、余計空気を重くしてしまう。
先生は深いため息をすると、「だよな」と小さな言葉を吐いた。
「あのジジイが言うにはもう帰れないそうだってよ。どう思う?」
「……私に振らないでくださいよ」
「……すまん」
「少なくとも家族とかここに来てない友達に会えないことくらいは理解できてます。多分、テレビもゲームもないし、本も漫画も無いし。」
「ハハッ、お前なら『先生がいるから別にいいですよ』とでも言うと思ったよ」
「私の精神が保ってる十割の理由がそれですからね、ほんと……本当に」
正直、この場に先生がいなかったらと思うとゾッとする。
今頃は布団の中に包まって泣いていたかもしれない。
「私も、銀子がいなかったらもっと怒っていたかもしれないな。いや、怒りをどこにぶつければいいのか分からず発狂してたかもしれない」
「あはは、じゃあ私と同じだ」
「そうだな、人を好きになるとこうなるのかな」
「……先生」
「なんだ?」
「ずるいですよ」
そんなさ、定型文みたいな「好きになると」を言われると、もう耐えられない。
私は先生のベッドに横になり、上着を脱いだ。
そんな私を見てか、先生は嬉しそうに溜息をした。
一時の不安を、全部忘れよう。
「魔王ってどんなやつなんだろうな」
「どんなやつ?」
一旦休憩を取るため、先程持ってきてくれたご飯を二人で食べる。
持って来てくれたスープは美味しいけれど、冷めてしまったのがもったいない。
次は直ぐに食べよう。
そういえば、この世界にお米はあるのかな。
持ってきてもらったのはスープの他にも結構ガッツリとしたボリュームのハンバーグがあって、当たり前だけどこれにはパンがある。
私はお米よりもパン派だから、別にいいけど。
「さっき聞いた話だと、かなり残虐でやばい人じゃないか。そんな奴をどうやって倒すんだろうなと思って」
「魔王ってそもそもどんなやつなんだろ。ゲームみたいにドラゴンに化けるんじゃないですか?確か先生の世代ってそこくらいじゃなかった?」
「逆に銀子の世代はなんだよ」
「偽神の神様が本物の神様を乗っ取って……まぁ世界征服と似たことはしてるかな?」
「今のゲームって、偽物の神とか出るんだな」
まず作品が違う。
一応そんなどうでもいいツッコミでもしようかと思ってると、先生がジッと私のことを見ていた。
「な、なんですか。そんな見つめて」
「いや、その……ごめん。なんでもない」
「そこまで言って何照れてるんですか」
「あまりにも台詞が臭かったんだよ。言えるか」
「ずるいです、先生気になりますよ。先生、せんせーい!」
「あぁもう、分かったから離れろ」
内心グッドポーズ、先生は強引に言われると断れない。
「私が守ってやる」
「……へ?」
「どんなことがあっても、私が必ず守る。あー、もう!これでいいか」
先生は照れたように私から顔を背け、耳まで赤くなった顔はどんな表情なんだろう。
それが気になって気になって仕方がない。
あぁ、また我慢できない。
先生が寝たと確認し、そっとベッドから抜け出して部屋の電気を消す。
いつもはする前に電気消したりしてるから、どちらかが寝落ちしても電気は消えてたけど、今日は夢中になって電気を消さずにヤってしまった。
まぁ、顔が見れて可愛かったからいいけど。
窓の外は意外と明るくて、異常に月明りが眩しい月が煌めいてるだけ。
元の世界の月は、こんなに綺麗じゃなかったし、星も見えなかったな。
そんなことを思った後、カーテンを音で先生が起きないように閉めて、真っ暗になってしまったこの部屋に「おやすみなさい」と一言いってから先生の部屋を出た。
「お疲れ様です、銀子様」
「っ!……
「くたー?」
「あぁ、いや何でもないです」
先生の部屋の前にはメイド二人、世呱々さんと先生のメイド、向井さんだったかな?が部屋の前で静かに立っていた。
そういえば、十二時までここにいることすっかり忘れてた。
「あー……ごめんなさい、つい話し込んじゃって食器のことすっかり忘れてました。食器、取りに行った方がいいかな」
「いえ、心配はいりません。私共にお任せください。しかしこんな夜更けまで話すなんて、斗琴様と銀子様は随分仲がよろしいのですね」
満面の笑み、近所でカップルを見つけた時のおばさんのような顔。
これー……バレちゃったかなぁ。
「えへへ、そうかな?でも、元々趣味が合うから先生と話すとつい長くなっちゃうんだ。今後どうなるのかなーとかずっと話してたら先生も眠くなっちゃって、私も部屋に戻ったらすぐ寝るよ」
「かしこまりました」
とりあえず、その場凌ぎの会話をした。
次先生と話すときあったらどうするか話し合おう。
その後は特に何も話さずに自分の部屋に戻った。
廊下に人は全くいなかった、当たり前だ。先生の部屋を出たのが十一時五十五分頃で、既に就寝時間。
睡眠時間が遅い人はまだまだ起きるかもしれないけれど、修学旅行みたいな気分で周りにはメイドや先生もいて、この時間は寝ろと言われるかもとあまり部屋から出ないのかもしれない。
あまりの出来事に疲れて寝る人、寝れない人、もしかしたら、私と同じで寂しさを紛らわせるためにヤってる人もいるかもしれないけど、明日も朝早いと聞くし、自重はするだろう。
と、午後七時くらいからヤッた人が言っておりますが。
正直気持ち的にも寝ないと落ち着かない人は多いだろう。
静かすぎる部屋を見てそう思った。
「もう、寝ようかな」
汗をかいたしシャワーだけでも入ろうかと思ったが、身体が疲れ切ってそんな気にもなれない。明日の朝に入ろうか。
ベッドに横たわり、枕の感触や掛布団の重さが違うことに違和感を感じる。
別に、枕が変わることで寝れないとかはないが、違和感というかなんというか、些細なことで「別世界」を感じる。
ここには、お気に入りの枕も、先生がくれたぬいぐるみも、先生から盗ったタオルケットも無い。
スマホを開いてもネットが繋がってない。
電池の無駄にならないように電源を切っておこう。
「……あー」
虚しいと言うか、寂しいと言うか、なんというか。
カーテンの隙間から見える眩しすぎる月は、余計に孤独感を増幅させた。
明日は、先生と一緒に寝ようかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます