じゃじゃ馬姫と竜⑤

 あんなに大きな怖い顔をしたオオカミを一撃で跳ね飛ばしたから——だけじゃない。

 きっとこの子も、どこかへ行ってしまった家族に会いたいはずだ。大きさからみても、多分子供。私と一緒だ。

 どうして置いていかれてしまったのだろう。

 追いかけたかったに違いない。たった一匹でこんなに深い森の奥にいたら、寂しいに決まっている。私は寂しい。でもこの子がいなかったら、死んでいた。生きていても、きっともっともっと寂しかったと思う。


 それでもこの子は、こうして私を雨風から守ってくれる。


 あなただって寂しいでしょう? 寒いでしょう? お腹が空いたでしょう?


 かける言葉は、山ほど出てくる。


 けれども私は、今はただただこの子の強さを、褒め称えてあげたい。というよりかは、そうすることしかできない。


「守ってくれて、ありがとう」

『グルルゥ~!』


 それからどれぐらい経っただろう。変な生き物に包まれながら、私は微睡まどろみから目を覚ます。

 疲れていたせいか、ほんの少し眠っていたらしい。気づくと雨は止んでいた。

 ざわわと風が吹いた後、聞こえてきたのはリズミカルに土をる音だった。


「……なに?」

『グルゥ……』


 音がどんどん近くなってきて、私にはその正体がすぐにわかった。

「騎士さんたちだ!」


 このリズミカルな大勢の足音は、馬が大地を駆ける音だ。いつも聞いているからすぐにわかる。

 ほどなくして暗闇の向こうから草木をかき分けて現れたのは、いつもお城のなかで見かける鎧姿だった。


『姫様……!』

「騎士さん!」


 私が立ち上がったその瞬間、隣の変な生き物が低い声でうなった。

『グルルゥ……ウゥ……』

 その体はかすかに震えていて、目つきはオオカミのように鋭い。怯えているのだろう。


「大丈夫。大丈夫だからね。この人たちは騎士さんで、私たちを助けに来てくれた人たちなの」

 抱きしめながらささやいて、私は何度も何度もその体を撫でてやる。


 けれども、戦闘にいた騎士さんは腰に携えた剣を抜いて身構えた。

『な、なんだあれは! 姫様、危険です! 今すぐ離れてください! 私が斬ります!』


「ダメ! この子は悪い子なんかじゃない! 怖いオオカミから私を守ってくれて、ずっとここで私を守ってくれていたんだから! 今すぐその剣をしまって!」


『な、なんと……! しかし姫様! そのような巨大な鳥類、見たことも聞いたこともありません! これから危害を加える可能性もあります故、ここは私共に!』


 騎士さんたちは、私の話を信じてはくれない。

 一緒に来ていたその他の騎士さんたちも、みな一斉に腰の件を抜いた。


『グルルゥ!』

「大丈夫! 大丈夫よ! よしよーし、よしよーし……!」


 変な生き物は体勢を低く身構えて騎士さんたちを睨みつけ、翼を大きく広げて威嚇いかくする。

 鋭い牙をむき出しにして、さっきよりも震えている。


『ウゥ……ッ!』

「大丈夫だから、ね! 怖くない怖くなーい……」


 今度は変な生き物の正面に回って、そっとその首を抱き寄せてひたすら撫でてやる。

 すると、一人の騎士さんが変な生き物を見て、何かを言った。


『おい……もしかしてこいつ、【竜】じゃないのか?』


 ——竜? 竜って、あの竜?


『な、そんな馬鹿な……!』


 他の騎士さんたちも構えた剣を下ろして、まじまじと変な生き物を見つめだす。


『……この鱗、長い尻尾、そして翼。その顔の小さいこぶみたいなのは……角か? 確かに、似ている。話で聞いていたものと全く同じだな』


『いやしかし、なぜこんなところに。そもそも竜は百年前に一斉に大陸から姿を消したはず。もっと言えば、絶滅したはずじゃあ……』


 私も、聞いたことがある。竜という生き物は確かに、大昔この大陸に生きていたと。

 小さなころに読んだ絵本や、童話の中にもよく出てきたのを憶えている。

 しかしその竜は今から百年前、一斉に大陸から姿を消したという話も。恐らく絶滅しただろうという噂も。


「あなた、本当に竜なの?」

『グルゥ~』


 そうだよ、と言っているような気がした。

 竜は撫でている私の手に、ぐっと体を寄せてくる。


「……すごい! 竜なのね! あなた本当に竜なのね! すごいすごい! すっごーい!」


 うずきだした好奇心が私の中で溢れかえり、気付くとまた、私は竜を抱きしめていた。


『グルゥー!』


 この子も私が抱きしめると、とても嬉しそうにする。私が可憐で可愛いお姫様だからだろうか。それとも、この子は人間が好きなのだろうか。


『ひ、姫様! 危険です! 一度離れたほうが……』

「あっはは! 危なくなんてないわよっ! この子はすっごい優しくて、ほらみて! こんなに可愛い顔をしているもの!」


『グルルゥ!』

 ありがとう、と言っているような気がした。


「ねぇ騎士さん、この竜、お城へ連れて行っちゃだめ? この子もお母さんに置いていかれて、ここで独りぼっちなの。それなのにずっと私を守ってくれて、本当にとっても優しくて強くて、頭がいい子なの! だからお願い!」


 真っ黒なのにキラキラした大きな瞳が愛おしくて、この不思議な感触と温もりを手放すのは、なんだか惜しい気がした。

 私の突拍子もない提案に、当然だけど騎士さんたちは困惑の表情を浮かべている。

『し、しかし……城の人間に危害を加えてからでは遅いです! それに、とても私共だけで判断できることでは……』


「それなら心配ないわ。この子は私のお部屋で飼うもの! とにかく、一度お城に連れて帰りましょうよ! ね! お願い! 大きくなったらお給料たーっくさん出してあげるから!」

『た、たくさん……ですか……』

「えぇ! たーっくさん!」

『グルァー!』


 そうして私は騎士さんの後ろに乗って、竜はその後ろをとことこ歩いて、みんなで一緒にお城まで帰った。


 あんなに怖い思いをしたのに、まるでピクニックの帰りみたいな気分だった。


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