じゃじゃ馬姫と竜②

 お城から少し離れた、あまり日の当たらない静かな住宅街。

 一軒の古臭い、小さな倉庫のような家の扉を開けて、私は勝手に中に入る。


「おじさん、今日こそ鉄砲撃たせてよ! ばぎゅーんっ!」

「おうまた来やがったなクソガキ。ここはガキがおままごとする場所じゃねぇっていっつも言ってんだろうが」


 この人は私の叔父おじさん。私のお父さんの弟の、ジル叔父さん。

 次期王女に向かってガキ呼ばわりとは、このおっさん、毎度のことながらいい度胸だ。言い返して泣かせてやるんだから。


「いい加減そのひげ剃れっていっつも言ってんだろうがぁ! あははっ!」

「ったく朝っぱらからうるっせぇガキだなぁ」


 ジル叔父さんはため息をつきながら、今日も長い鉄砲を磨いている。そんなに毎日磨いてたら削れちゃわない? 

 というか一度も使っているところを見たことがない。こう見えて叔父さんはハンターなので、いつも王都の外にある深い森の中で動物を捕まえているらしい。とても面白そうなので、今日こそは連れて行ってもらうつもりだ。

 叔父さんの部屋を見渡すと、相変わらず薄暗くて埃っぽい。あとわけのわからない難しい本がたくさん床に積み上げられている。本棚はもういっぱいだ。そんなに難しい話が好きなら、叔父さんがご公務をやればいいのに。


「おいガキ、うろちょろすんな鬱陶しい。用がないならとっとと帰ってくれ。お前がここに来てるってバレたら俺の首が飛ぶんだよ」

「叔父さんの首? 叔父さん悪いことしたの?」

「今してる。というかさせられてると言っていい」

「ふーん、誰が飛ばすの?」

「そりゃあ、お前のパパとママの友達とかじゃねぇのか? 騎士のお偉いさんとか。そうなったら可哀想だろう? だから叔父さんのためを思ってよぉ、お家でお利巧りこうさんしててくれや」


 相変わらず叔父さんは手に持った鉄砲から意識を逸らさない。私の顔を見てくれない。こんなに可憐で可愛いのに。もったいないと思わないのだろうか。


「もしそうなったら私が助けてあげるよ。王女だからね!」


 えへん、と胸を張った私に、叔父さんはようやく目を向けてくれた。

 けれど、またため息をついた。


「はぁ、お前みたいなガキにまだそんな権力ねぇだろ。いいから帰れ、ほら」

「うわっ! ちょっ! 鉄砲触らせろー! 私も森に連れていけー!」


 重い腰を上げて立ち上がった叔父さんは、ドアを開けながら私の背中をどんっと押した。


「馬鹿野郎。お前みたいなじゃじゃ馬がいたら動物たちが逃げちまうだろうがよ。それに万が一怪我でもしてみろ。本気で俺の首が飛ぶっつーの」

「また馬呼ばわりした! 姫様に向かって馬呼ばわりした! こんなに可愛いのに!」

「はいはいわかったわかった。じゃあな」

「逃げるなぁ! こらぁ!」


 ——バタンッ!

 また追い出されてしまった。いつもこうだ。つまんないの。


『じゃじゃ馬姫』——王都に住んでいる人たちは、みんな私に向かってそんなことを言う。平気で言う。『じゃじゃ馬』ってどんな馬なんだろう。というかどうして馬なんだろう。お姫様に向かって馬呼ばわりなんて、万死ばんしに値するというやつではないだろうか。女の子に向かって、失礼すぎる。

 なんて考えていたら、私は厩舎きゅうしゃの前まで来ていた。アイラに話したら、『類は友を呼ぶ』とか言われそうだな。いや、その前に怒られるか。

 でもここに用事があったのは本当だ。

 それに、別に私は馬が嫌いなわけではない。こんなに可愛いお姫様が何をどう頑張っても、馬になんて似るはずがないだろうと言いたいだけなのだ。

 だからそれを、今日こそ言いに来た。

 小屋の中に入ると、やっぱり今日もキツイ匂いがする。でもまぁご公務よりは遥かにマシだ。

 馬房ばぼうに並んだ馬たちのおしりをペしぺし叩いたり、尻尾を掴んで引っ張ったり、こっちを向いているお利巧さんの鼻を撫でてあげたり。

 夢中でそんなことをしていたら、いつの間にか嫌な臭いにも慣れていて、急に後ろから声をかけられた。


「おやおや、まーた来てたのかい姫様」

「あ! エレンのおっちゃん! おはよう!」

「はっはっは! 今日も元気でいいねぇ!」

「おっちゃんも元気だねぇ! あははっ!」

 この人はエレンさん。この厩舎の管理人さんだ。お城にいる騎士さんたちが乗っている馬はだいたいここの馬。皆エレンさんが手塩にかけて育てた自慢の馬達だ。

 私が来るとなんでか皆おしりを向けてろうとするけれど……。


「姫様、今日はどうしたんだい? もしかしてまーたサボり?」

「健康が第一だから、ただの息抜きだよ」

「はっはっは! そうかいそうかい! そんじゃあ俺もそろそろ休憩にすっかなぁ」

 ぐぐっと大きく伸びをしたおっちゃんは、馬の鼻を撫でながら言う。早い休憩だなぁおっちゃんも。


「おやつ食べるの?」

「そうしようかな。今日はクッキーだけど、姫様も食べるかい?」


 なんと、これはラッキーだ!

 きっとおっちゃんの奥さんが焼いてくれたものだ。前にも何度かもらったことがあるけど、これがものすごく美味しいのだ。アイラのブリオッシュに負けず劣らず。


「いやったぁ! 食べる食べる食べる!」

 飛び跳ねてガッツポーズをすると、近くの馬が床に唾を吐いた。裸足で来たから踏まないようにしよう。


 叔父さんと一緒に、厩舎の外にある木のベンチに腰掛ける。ここはちょうど日陰になるので、今日みたいな朝から太陽がギラギラしている日には最適の休憩場所だ。

 叔父さんが持っていた包みを広げると、こんがり黄金色の丸いクッキーが現れた。私の大好きな甘くて優しい香りがする。


「いっただっきまーす!」

「はははっ! 全部食べてもいいからねぇ」

「やったぁ! んー美味しい! 最高!」

「そうかそうか、そりゃよかったよ」


 エレンのおっちゃんはこうしていつもおやつをくれるし、私がお城を抜け出していることをアイラ達には内緒にしていてくれるし、本当に優しくていい人だと思う。人間ができているとはこういう人を言うに違いない! 難しい話はよくわからないけど。

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