第4話 タヌキになった話 その2
マコトはミチヨに連れられてやってきたのは、路地裏の古びた呉服店の前で止まった。店構えだけで京都が都であった頃から続いていることがわかる店だ。
「ごめんなさいね。裸足で、怪我もなさっているのに歩かせてしまって」
ミチヨは本当に申し訳なさそうにいった。
「いえ。こんな短い距離ですし。怪我っていっても大したことないですし」
痛いのは痛い。だけど歩けないほどではなかった。
二人は店内に入り、土間で立ち止まる。
壁際にはずらりと棚が並んでいて、そこに所せましと和服の生地が並んでいた。
「いらっしゃいませ。栗駒さま」
ミチヨと同い年くらいの中年の女性が出迎えた。店員らしい。
「こんにちは。突然お邪魔して申し訳ありません。急なことなのですが、この子のお洋服をいただきたいのです」
ミチヨがいった。
「かしこまりました。上がってお待ちください。あと、もしよろしければこちらを」
店員は畳の上に数枚のタオルと救急箱を置いて店の奥へ去っていった。
「とりあえず、座ってください。傷の治療をしましょう」
ミチヨはそういって、タオルの一枚をマコトに渡した。
マコトは濡れた全身を拭いてから畳に上がり、足を投げ出して座る。
「じゃあ、ちょっと失礼しますね」
ミチヨはマコトの足元に座った。
「長い間、歩かれていたのですね。痛かったでしょう」
ミチヨはそういって救急箱からガーゼと消毒液を取り出すと、傷口を消毒する。
「ごめんなさいね。一瞬で傷を治す術というのもあるにはあるのですが、生まれ持った素質みたいなものが必要で、私では使えないのです」
そういいながら、ミチヨは包帯を巻く。
「ありがとうございます」
ちょうど包帯が巻き終わった頃、店員が洋服を持ってやってきた。
「目測ですので、サイズが合わないようでしたら遠慮なくおっしゃってください」
それは、薄いクリーム色のカッターシャツと、
マコトは浴衣を脱ぎ、着替える。
脱いだ浴衣は店員が手早くたたむと、風呂敷に包んだ。
どれも、とても触ってわかるくらい丈夫で軽く、サイズも大きすぎず窮屈でもなかった。
「ちょうどいいです」
マコトがいうと、ミチヨは満足げにうなずく。
「こちらも」
店員が持ってきたのは靴下と革靴だった。
土間に降りて履いてみると、これも測ったかのようにピタリとマコトの足にはまった。
「あわただしくて申し訳ありませんが、参りましょうか」
ミチヨは立ち上がる。
「へ? えっとどこへ?」
マコトが尋ねた途端、グルルと音がした。空腹時に鳴るあの音だ。
鳴らしたのは、マコトだった。
そういえば、朝からなにも食べていない。
「とりあえず、お食事にしましょうか。そこで、あなたのお話も、ゆっくりおうかがいしますね」
ミチヨはそういって笑った。
「急に無理いってごめんなさい。お代はいつも通り大社にお願いします」
ミチヨは店員に深々と頭を下げる。マコトも慌ててそれに続いた。
「はい。かしこまりました。またいつでもいらしてください」
呉服店を出て路地裏を歩く。
店員が貸してくれたのでマコトも傘をさしている。
「なにか食べたいものとか、逆に苦手なものとかありますか?」
マコトは少し考える。
「大丈夫です。特にないです」
「じゃあ、蕎麦にしましょうか。近くによいお店を知っていますので」
その店は、すぐ近くにあった。
ミチヨはここが店だといったが、マコトには路地裏の古民家にしか見えなかった。看板も出ていない。
しかし店内に入ると確かに飲食店だった。しかし、客はマコトたちしかいない。
二人は適当な席につく。
テーブルに置いてあったメニューを開く。並んでいるのは一般的な蕎麦屋のそれだが、一つ、不思議なものを見つけた。
「にしん蕎麦って、なんですか?」
マコトはメニューの『にしん蕎麦』を指差し、ミチヨに見せる。
「ああ。それは京都の名物料理で、魚のニシンを甘辛く煮て蕎麦に乗せた食べ物です。美味しいですよ」
「じゃあ、これにしていいですか?」
マコトが尋ねると、ミチヨは「はい」とうなずき、にしん蕎麦を二つ注文した。
ほどなくして、どんぶりに入ったにしん蕎麦が二つ、運ばれてきた。
「食べながらで構いませんので、あなたのこと、聞かせていただけませんか?」
マコトはうなずく。
蕎麦をすすりながら、マコトは事のあらましを話した。
夢の中でユリと名乗る少女に出会ったこと。
ユリは化けダヌキらしいこと。
そして、目が覚めたらユリになっていたこと。
混乱し、思わず家を飛び出してしまったこと。
思い出すとまた混乱してくる。上手く順序だてて話すことはできなかったが、ミチヨは丁寧に聞いてくれた。
蕎麦は出汁が利いていて、具のニシンは肉厚で油がのっていて美味しかった。
「なるほど。ユリさんが
マコトの話しを聞き終わると、ミチヨはそういってどんぶりに口をつけて、残っていた出汁を飲み干した。
「
マコトは尋ねると、どんぶりに口をつけて、残っていた出汁を飲み干した。二人のどんぶりは両方とも空になった。
「体はそのままに、その中身、魂を入れ替える術です。ただ、入れ替わる二人の相性、魂の波長のようなものがよほどピタリと合わない限り、ほぼ成功しない術です」
ミチヨは真剣な表情でいった。
「と、いうことは私とユリの相性が偶然バッチリだったってことですか?」
マコトの問いに、ミチヨは首を横に振った。
「おそらく、あなたとユリさんの相性が偶然よかったのではなく、ユリさんははじめから
「へ?」
「他人の夢に入り込む術も、魂の相性が関係します。ユリさんは無作為に他人の夢に入り込み、簡単に入り込める相手、つまり相性の良いヒトを探していたのでしょう」
それを聞いた途端、マコトは高いところから突き落とされるような感覚がした。
「夢の中で何度か会っただけだけど、ユリは私の話しをゆっくり聞いてくれて、それで私、ちょっと気持ちが楽になって、会えてよかったって思ったのに、友達だと思っていたのに……私は、利用されてただけだったのかな?」
ミチヨは大きく、息を吐いた。
「とりあえず、ユリさんの家を調べて連絡をとってみます。化けダヌキはそれほど数が多くありません。すぐにわかるでしょう」
二人は蕎麦屋を出た。
雨の中、傘をさして歩く。
「とりあえず、あなたのことは大社で保護させてくださいな」
ミチヨの言葉にマコトはうなずくが、その足取りは重い。
なんだかめまいがする。
「そうだ。あなたのお名前、まだおうかがいしてませんでしたね。教えていただいてもよろしいですか?」
ミチヨの言葉で思い出した。
「いい? マコト。この魔法は十二時になっても解けないかわり、自分の本当の名前と住んでいる場所をいうと解けちゃうの。だから、尋ねられても忘れたっていってね」
ユリはそういっていた。もし嘘でないなら、簡単に解決できる。今ここで名前をいえばいいだけなのだ。
「私は……」
マコトが名前をいいかけたその途端、違和感を感じた。
喉になにかが詰まっているような感じ。
「私は……」
その違和感はどんどん大きくなり、喉が苦しくなる。
息ができない。
持っていた傘が地面に落ちた。
マコトはゼーゼーと荒い呼吸を繰り返しながら、胸をおさえてうずくまる。
「大丈夫ですか? どうしました?」
ミチヨのあせった声が聞こえた。
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