第2話 魔女はタヌキだった話 後編
「なにかいいことあった?」
その日の夜。またユリは夢の中へやってきた。
また、ダイニングでテーブルをはさんでむかい合う。
「ユリさんに……会いたくて」
「ユリでいいよ。同い年なんだしさ」
やっぱりユリは、コロコロとよく笑う。
「昨日の夜はごめんね。急に叫んじゃって」
「だからいいって。そんなの気にしないで。それよりさ、今夜は楽しいことを話そうよ」
ユリはそういって、話題を探すように天井を見上げる。そしてこういった。
「ねえ、中学校で部活やってみたら? きっと、仲良しのお友達出来るよ」
マコトは首を横に振る。
「駄目。うちにそんなお金ないし。お母さんは夜遅くまで仕事だから、私が晩ご飯つくらなきゃだし」
「そっか。マコトは偉いさんだね。偉い様かも」
ユリは身を乗り出してマコトの頭をなでようとするが、届かない。
「偉い様って、わけわかんないよ」
マコトの口調はぶっきらぼうだったが、内心ちょっと嬉しかった。
「でも、マコトは立派だよ。私なんて、卵も割れないもん」
ユリは頭をなでるのをあきらめたようで、椅子に座り直す。
「私も、卵割ったら必ず殻が入る」
マコトは冗談っぽくそういったあと「私って、駄目なヤツだから」と付け足した。
「そんなことないよ。マコトはいっぱい頑張ってる。まだ出会ったばかりだけど、私にはちゃんと感じられるよ」
沈黙が流れる。
「頑張ったんだよ」
マコトが沈黙を破った。
「私、頑張ったんだよ。いきたい中学校があって。勉強を、必死に勉強して。その学校、制服が可愛いくて、校則も緩いから髪染めててもなんにもいわれないらしくて、きっと私は幸せになれるって、そう思ってた。そう信じてたのに、なんで、こんなふうになっちゃったんだろ」
ユリは「うん、うん」と相づちをうつ。そして、マコトが話し終えるとこういった。
「ねぇ、マコト。シンデレラの物語は知っている?」
突然、テーブルの上に沢山の人形が現れた。人形は老若男女様々だが、皆一様に中世西洋風の恰好をしている。
人形たちはひとりでに動きはじめると、劇を演じはじめた。それはシンデレラの劇だった。
「もちろん、知ってるけど……」
マコトは人形に驚きつつ、こたえる。
「考えたことない? どうして魔女は突然現れて、シンデレラを助けてあげたんだろうって」
ユリは試すような口ぶりで尋ねた。
「どうして? ただの親切心とか」
マコトは戸惑いながらこたえた。ユリは小さくうなずく。
「私はね、こんなストーリーを考えたの。魔女の正体は実は王族なんだけど、窮屈なお城の暮らしが嫌で嫌でしょうがなかった。たくさん仕事があるのも嫌だった。だから、シンデレラをお姫様にして、自分の仕事を全部任せて、自由な暮らしを手に入れようって考えていたの」
「……酷い筋書きだね」
マコトの一番目に出てきた感想はそんなものだった。一方でユリはニコニコと笑顔を崩さない。
「そうでもないよ。だってシンデレラが幸せな暮らしを手に入れたのも事実だもん。みんな幸せ、ハッピーエンドだよ」
ちょうど、テーブルの上の劇はシンデレラが魔女に出会う場面だった。
「だからマコト。私が、あなたをお姫様にしてあげる」
ユリの目がキラリと光ったかと思うと、その頭に丸いタヌキの耳が現れた。
次の瞬間、マコトは部屋全体がグルグルと回るような気持ちの悪い感覚に襲われる。
「勝手なことしてごめんね、マコト。でも、これでみんなハッピーなはずだから」
ユリの声。
マコトの意識は徐々に遠のいていった。
「いい? マコト。この魔法は十二時になっても解けないかわり、自分の本当の名前と住んでいる場所をいうと解けちゃうの。だから、尋ねられても忘れたっていってね」
遠くに、そんなユリの声が聞こえた。
テーブルの上では着飾ったシンデレラがカボチャの馬車に乗り込んでいた。
目覚まし時計の音。
マコトは目を覚ました。
布団の上で上体を起こし、周囲を見渡す。
目測で十二畳くらいありそうな和室。
勉強机、タンス、本棚。全て見覚えがないが、明らかに高級なものだ。
「ここは……どうして」
まだ夢を見ているのだろうか? それにしては現実感が強い。
しかしどれほど考えても、昨夜、六畳一間のアパートで布団に入ってから、今、この場所までの記憶が繋がらない。
恐る恐る、ゆっくりと立ち上がり周囲の様子を確認する。
勉強机の上に、小さな鏡が置いてあった。
そこにうつる姿は、浴衣を着た丸顔の少女――ユリだった。
「ユリ?」
マコトは振り返るが、ふすまがあるだけで誰もいない。
そしてもう一度、鏡を見て気がついた。
鏡の中のユリは、マコトと全く同じ動きをする。
「これって……」
マコトは視線を落として、自分の胸元を見る。浴衣を着ている。
顔を触る。なんだか丸っこい。
髪は、短くなってる。
「これって、これって、ユリになってる!」
マコトは叫んだ。その声は、自分の声ではない違和感があった。
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