第8話 英雄の子

 「……様、……ビー様、エンヴィー様!」


 カルマ……。


 「……、俺は……」

 「治癒のポーションを使用しました。あなたはアデュバルの娘の投石を受け、意識不明の重体に陥っていたのです」


 あの二人は……。


 殺せなかったのだろう。あれを相手にカルマひとりでどうにかなるとは思えん。


 「痛みはありますか?」

 「耐えられる。ジャバナはどこにいった」

 「山に行くと言っていましたが、実際にそのように行動したのかは不明ですが」


 やはり……。


 「あの二人だけは捕まえなくてはならん」

 「アデュバル力の加護を保有する者の暴走は、何度も甚大な被害をもたらしていますからね……」

 「違う。問題はレナンの方だ」

 「あの男が?」

 「あれはアイザック・ホワイトフェザーの息子なんだ」

 「神軍将アイザック……」


 まったく厄介な形見を残したものだ。


 「奴の槍の上手さは有名だったが、本当に恐ろしいのは勘の良さだった。優れた状況判断により、シーナは幾度となく救われてきたのだ」

 「最年少の将軍」

 「まったく面倒な男だったよ。戦瞰遊戯の大会ではいつも上位にいた。頭の回転が速かったんだ。そんな奴が昔、俺に話してくれたよ。俺の息子は俺よりも強いと」

 「え?」

 「戦瞰遊戯をただのボードゲームだと思ってはいけない。あれは指揮者の資質を如実に表すんだ」

 「それは知ってますが……。あの男はまだ子供といってもおかしくない年齢だった。それがアイザック将軍に?」


 ただの親馬鹿だと思っていた。


 「今日、確信した。あいつは、ジャバナ・ホワイトフェザーは、シーナで仕留めなくてはならない。なにを犠牲にしても」


 あれが生き残ったら、いつかシーナに牙を剥くだろう。


 アイザックだけじゃない。


 ――エンヴィー、紹介しておくよ。彼女が僕の妻シェナ=グラシアだ。シーナを守る男の妻にふさわしい名だと思わないか? シーナのシェナ。


 「東方の魔女、シェナ=グラシア」

 「誰です?」

 「ジャバナ・ホワイトフェザーの母、アイザックの妻だ」

 「どのような女性なのです?」

 「天才だよ。古代の言葉を操り、千もの術を使ったとされている。アイザックが戦瞰遊戯が強くなったのはシェナ=グラシアとの婚姻によるところが大きい。ジャバナもシェナ=グラシアも大会には出場していなかったが、もし出ていたら確実に優勝に絡んできていただろう」


 化け物の子が、化け物になる儀式を受けた。


 「アイザックの言葉を信じる者は誰もいなかった。俺より妻の方が戦瞰遊戯が強いと主張した時も、息子は俺や妻よりも賢いと言った時も、みなアイザックが愛ゆえに盲目になっているのだと思っていた」

 「エンヴィー様の仰ることがなんとなくわかる気がします」

 「アデュバルもレナンもどうでもいい。あの化け物が敵に回ったという事実こそが肝要なのだ。奴らは山に行くと言ったのだな?」

 「はい。山に入ると宣言していました」

 「宣言?」

 「追ってくるなら追ってこいと」


 宣言……。


 奴の言葉を額面通りに取るのは危険かもしれない。


 アデュバルの加護持ちの体力は異常だ。あの女が平地を駆け抜ければ二、三日のうちにはシーナを脱出することも可能。


 しかしジャバナがそんな選択をするだろうか……。


 あいつはアイザックとシェナ=グラシアの息子。なにをするかわからない。


 「山にはあれ・・がいます。なんとか誘導しようとしたのですが……」

 「シーカリウスか」

 「はい」


 奴なら……。


 アイザックなら……。


 「ジャバナは言葉通り山に入る」

 「なぜです?」

 「わからんが、そう確信している。お前はまだ若いからアイザックという男をよく知らないのだろう。あの男の行動はいつも我々の想像を超えてきた。マキナ・シーカリウスがいるから奴らに未来はないと我々は考える。だからこそ奴らは山に入るのだ。最悪の状況を打開して、最高の結果を手に入れる。アイザック・ホワイトフェザーという男はそう言う男だった」

 「アイザック将軍とジャバナとを同一視するのは危険では?」

 「ジャバナと対峙した時、アイザックとおなじ香りがした。あいつの才能を感じたんだ」

 「才能?」

 「奴らは相手の視点で物を考える。自分の目的や考えを優先せずに、相手がなにを思い、どこを見ているのかを考えるんだ。我々とは違う視点で行動するから、我々の予想から外れた場所で働き、勝利を手にする」

 「それでは……」

 「すぐに戻る。すべての関所の警備を徹底したうえで山狩りだ」

 「しかし山にはマキナが」

 「丁度いい。シーナの主戦力を山に投入してマキナごとジャバナを狩る。すぐに手配を」


 ハーデ・匠の精霊の最高傑作【殺戮兵器】マキナ・シーカリウス。


 アデュバル・力の精霊の【歓楽街の怪女】デジー・スカイラー。


 レナン・棘の精霊、【英雄の子】ジャバナ・ホワイトフェザー。


 この機会にシーナ最大の脅威になりうる三本の柱を砕けば。


 「カルマ」

 「はい」

 「ここがシーナの正念場だと思え。現在シーカリウスの被害は山岳部に集中しているが、いずれ市街地に降りてくるかもしれない。アデュバルの暴走も危惧せねばならん。そして……」

 「ジャバナですね?」

 「そうだ。ここですべてを叩く」

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