第9話 愛の形
破壊神もとい僕の妻は息をするような自然さで猪を狩り、数秒で火をおこし、丸焼きにしてのけた。
あいかわらず力の精霊は化け物じみてる。加護持ちが差別されるのってこういう人達が原因なのだ。
「そういえばジャバさん、どうしてあなたは山に逃げると宣言したのですか? シーナの追っ手が山を警戒すれば私たちは動けなくなるのに」
「最初から山岳部を含む国境に兵を配置されたら逃げ切るのに苦労するでしょう。しかし僕が山に入ると知っているなら、ある程度の数を山に投入して僕を追跡しなければならなくなる。追跡しながら国境すべてに兵を配置するのは、いくらなんでも無理があるでしょう?」
「なるほど、そこまで考えての発言だったのですね」
「そもそもシーナは僕らが国外逃亡すると確信をもっているわけではないでしょう? 山の捜索に数をかけて疲弊すれば、必然的に逃げやすくなると、こういうわけですよ。それに今回の一件で彼らは僕の戦い方や性格を理解したはず。僕の発言を信じるかどうかで混乱するでしょう。情報がないと不安になるものです、しかし情報がありすぎても混乱する」
「やっぱりジャバさんはすごい人なんですねぇ」
「これくらいのことなら誰でも考えつきますよ。それに僕の行動が正しかったのかは終わってみないとわからない」
さて、川で体臭も消したし方向性も決定した。ここらで落ち着いてゆっくり地図を見てみるとするか。
平地を進まずに山の尾根伝いに移動、三つの山と一つの大河を通過した先に【蛇腹の洞穴】がある、と。
ん? このマークはなんだろう。
所々に赤いインクでバツのマークが書かれている。村の名前が消されているようだが……。
「デジーさん、これはなんでしょうか」
「あぁ、それはマキナ・シーカリウスの被害の情報ですよ。襲われてクルーが傷ついたらいけないので、マスターは常に気にしていました」
「マキナ・シーカリウス? マスターとの会話にそんな話題は出なかった……」
「事あるごとに考え込む癖があるジャバさんが心配しないように内緒にしていたのではないですか?」
心配?
「このマキナってのはなんなんですか?」
「殺戮兵器です。ここ最近までシーナはある技師を抱えていました」
「技師?」
「ハーデ・匠の精霊の曝露事故の経験者だったと言われています。どこからともなく壊れた時計が現れ、それを修繕すると精霊の加護を受けるらしいのですが、ハーデの加護持ちはあらゆる機械を作る能力を手に入れるらしいんですよ」
機械を作る、か。
シーナの軍事力は精霊によって支えられていたわけだ。利用するだけ利用して、いらない奴は僕らみたいに虐げる。やりたい放題だなまったく。
「それで、そのマキナ・シーカリウスというのはハーデ匠の精霊の曝露事故の被害者なんですね?」
「いえ、違います。ハーデ・匠の精霊の加護持ちが暴走した結果うまれたのがマキナ・シーカリウスらしいです。極端に人間嫌いで、目が合った瞬間に襲ってくる」
精霊の加護持ちの暴走、つまり能力が極端に高まった時に生まれた殺戮兵器か……。
まったくいい予感がしない。
「どれほどの脅威なのですか?」
「目撃者がいないといえばマキナ・シーカリウスの強さがわかるでしょうか」
なるほど。
「見た者がすべて殺されたのですね?」
「その通りです。マスターはシーナにお知り合いがいたそうで、マキナ・シーカリウスの話を何度か聞かせてくれました」
「ちなみにマキナの話は世間的に有名なのですか?」
「わかりません」
匠の精霊の殺戮兵器が山にいることをシーナが把握していないはずがない。
突剣使いの女、カルマと言ったか。あの女が僕らを山に誘導しようとしたのは、あわよくばマキナに僕らを処理させようという魂胆か。
いやまてよ。もしかすると、これは好機かもしれない。
こちらは僕とデジーさんの二人、一方シーナはある程度の数で動かなくてはならない。マキナと邂逅するリスクは向こうの方が高い。
「デジーさん、このまま山を進みましょう。一応マキナ・シーカリウスの被害を受けた場所は避けます。マキナが近距離主体なのか遠距離攻撃も出来るのかを知っておきたいのですが、ご存知ないですよね?」
「目撃情報がないですからね……。あっ、そういえばマスターがなにか言ってたな、えぇっと」
「頑張って思い出してください」
うんうんと頭を捻るデジーさん。
こうしていれば可愛いシスターなのだけど、少しでも話したり怪力を目撃したりしてしまうと一気に印象が変わってしまう。
暴露事故を経験していなかったら、普通に可愛いシスターだったんだろうな。
「難しい言葉だったんですよねぇ」
「ちょっとでもいいです、言ってみてください」
「じりつ……、しこうなんとか」
自律思考かな?
「自分で考える能力のある兵器なのかもしれませんね。しかしマキナが生まれたのいつなんだろう。いくら匠の精霊が精巧な兵器を作成できるとはいえ、いずれ壊れるはず。魔力で動いているとしてもいつかは尽きる」
「最近だと思いますよ。マスターが話題にしたのもついこの間だったし」
ふむふむ。
見えてきた。
山賊の襲撃、マスターの告白、魔道軍将の襲撃、殺戮兵器マキナ・シーカリウス。
全部一本の道で繋がっていたんだ。
「ジャバさん?」
「そろそろ移動しましょうか。休憩できる洞窟かなにかを探しましょう。そこで僕の考えを話します」
「わかりました」
二人でトボトボと歩く。
空が白んできているとはいえ、まだ足元は不確かだ。
暗い山道を歩くなんてデジーさんと一緒じゃなくちゃ無理だな。野生の動物とか魔物が怖すぎるし。
「アデュバルの加護を受けてこんなに悲しい気分になるとは思いませんでした」
デジーさんが言う。
「どういう意味です?」
「私は、好きな人の手も握れないんだなって……」
手を握る、か。
「僕の父は大きな人だった。でも母は小さくてね、いってらっしゃいのキスをする時は父は少し屈んで、母が少し背伸びをしていました」
「いい夫婦だったんですね」
「僕らもきっとそうなります。手を握れなくても心で繋がっていればいいんですよ。愛の形なんて夫婦の数だけあるんだから」
「ジャバさん……」
山賊の襲撃から魔道軍将エンヴィーの対応。山に入って体臭を消して猪を狩って食べた。
夜の間中、動いていたな。
「デジーさん、疲れてませんか?」
「ふふふ、私を誰だと思ってるんですか。疲れとは無縁のアデュバルの加護を受けているのですよ?」
「無理をすれば寿命を縮めます」
「たしかにそうですねぇ」
しばらく歩いていると明るくなってきて、朝陽が木々の間から射してきた。
「綺麗」
「自然は平等ですね。追われる者も追う者も関係なく受け入れる」
「悪人も善人も、病人も健康な人も、関係なく受け入れますからね」
僕は足を止めた。
「ジャバさん?」
「僕の服を掴んでみませんか? 手を握ると腕が外れたり怪我をするかもしれないけど、服なら大丈夫でしょう?」
「なるほど! やっぱりあなたはすごい人ですね!」
「僕は僕らなりの愛の形を探そう。普通の夫婦みたいになれなくてもいいじゃないですか。人の心は自然よりずっと狭いから、僕やデジーさんみたいに不思議な体をした人たちは生きにくいけど、僕らだけは仲良くしましょう」
「はい!」
この朝陽のように素直でいよう。
証人は汚らしい山賊だったけど、僕らは確かに誓ったんだ。
病める時も健やかなる時も愛し続けると。
怪力だっていい。アホだっていい。
悪人も善人も受け入れる、この山、朝陽のように生きられれば、幸せに近付けるんだ。
「それではジャバさん、洋服を掴みますね?」
「えぇ」
キラキラと光る朝日に照らされて可愛らしく僕の服を掴むデジーさん。
はにかむ僕。
そして破れる服。
「デジーさん?」
「はい……」
「なんで引っ張ったの?」
「つ、つい嬉しくて」
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