第7話 すごい人

 まったく馬鹿ばっかりだ。


 さっき教えたことなのに、どうして警戒しないのだろうか。


 「生きてる?」


 もろに投石を食らったエンヴィーは呼吸すらままならないようで、のたうち回って苦しんでいる。


 「あらら、駄目だよ。ちゃんと相手の攻撃は防がないと。【大火の魔術師】エンヴィ―、緻密な魔力のコントロールと天候への理解で発生させた強大な風魔法で敵国の拠点を焼き尽くしたシーナの英雄。デジーさんの腕を切断したのも風の魔法ですね?」


 深刻なダメージのせいで言葉を発せないエンヴィ―の代わりに反応したのはカルマ。


 「貴様! なにをした!」


 この突剣使いは視野が狭いみたいだな。剣技だけで出世した体育会系のタイプかな?


 エンヴィ―は攻撃を受けた直後になにが起こったのかを理解して、視線を僕の後ろ、デジー・スカイラーに向けていたというのに。


 「結界を張るタイミングをずらして、あなたが釣れました。突剣が壊れたことで、あなた方は僕の後ろで休んでいた手負いの猛獣ではなく、眼前の結界ばかりに向かってしまった」

 「だからなにが!」

 「最後の投石をしたのはアデュバル・力の精霊の加護を受けた筋肉人間、デジー・スカイラーでした。エンヴィーさんはこれまで僕の投石を風の魔法を使って守っていましたね? 人間は賢い生き物だ。だから学ぶ。これくらいの規模の魔法で僕の投石は防げると。そんな状況で突然高威力の石が飛んできたらどうなると思います?」

 「貴様……」

 「さっき学んだのにね。法則性があると思い込むのは危険だって」


 まぁ、ここまで綺麗に事が進むとは思ってなかったけど。


 「だいたいのことは理解しました。これは茶番ですね?」

 「茶番?」

 「山賊はあなた方が仕向けた刺客。討ち漏らした加護持ちをあなた方が一掃する作戦だった、違いますか?」

 「だったらどうした!?」

 「あなた方は幸せの邪魔です、デジーさん」


 手負いの演技を止めてスクッと立ち上がるデジーさん。


 「はい」

 「この人にはもう武器がない。一発、殴って差し上げなさい」

 「了解しました」


 レナン・棘の精霊などというマイナーな加護の脅威はあまりよく知られていない。だがアデュバル・力の加護を授かった生物から殴られればどうなるかくらい、容易に想像が出来る。


 突剣使いも笑えるくらい怯えているではないか。なんとも可哀想な奴だ。抵抗しようにも剣が潰れてる。まったく不憫。


 「待ってくれ!」

 「はい?」

 「私とエンヴィー様を見逃してくれたら情報をやる」

 「情報? どんな?」

 「お前たちが安全に逃げ切れるルートを教える」


 なにを言うつもりかはわからないけど、ほぼ間違いなく嘘だろう。


 敵対する加護持ち、それも二名が相手、逃げやすいルートなど教えるものか。


 「ほう、内容次第ではこのまま逃がしてあげてもいいですよ」

 「山岳地帯に逃げた方がいい」


 くだらない。


 「そんなことは馬鹿でもわかりますよ。結界しか張れない僕はさておき、デジーさんを狩るのなら大規模な部隊を編成する必要がある。行軍の規模が大きくなればなるほど悪路かつ補給が難しい山岳地帯は厳しい。宣言します、僕とデジーさんはあなたの言う通り山に逃げ込む。追ってくるなら自由にすればいい。我々は最後まで抵抗する。デジーさん、やっておやりなさい」

 「はい」


 知的な猛獣ほど怖ろしいものはない。


 味方にしている時はまだいい。


 だが、敵に回してしまうと……。


 「よせ! 頼む! お願いします!」


 カルマはデジー・スカイラーの拳が当たるその瞬間まで命乞いをしていた。しかし無情にもアデュバルの鉄槌が下った。


 ここでカルマの意識を奪っておかないと、僕らが逃げたという情報はすぐにシーナに漏れ、追っ手が編成されることになるだろう。いまは少しでも長く時間を稼ぎたい。


 「デジーさん、逃げますよ」

 「は、はい……」


 とりあえず第一の脅威は去った。


 次にシーナの追っ手との間に戦闘が起こるとすれば山間部。デジーさんの投擲力と怪力があれば山の木々や岩が武器になる。数の不利を覆せるかもしれん。


 川の水で体臭を消しつつ敵を混乱させて進む。やはりこれしかない。


 なんとか国境を越えてしまえば、こちらのものだ。


 「デジーさん、申し訳ないのですが僕を背負ってくれませんか? ゆっくりしている時間はなさそうだ。とりあえず山まで」

 「わかりました」

 「すみません。本当はデジーさんに力を使わせたくないのですけど……」

 「困った時は支え合い。いい夫婦の鉄則です」


 違いない。


 しばらく筋肉デジー号に乗って移動、山に入った。


 「デジーさん、そろそろ休憩にしましょうか。無理は禁物です。力の連続使用は寿命を縮める」

 「はい」


 訪れる静寂。


 初夜だとかいう理由で襲われたりしないよな? 大丈夫だよな?


 「ジャバさん、ひとつ質問してもいいですか? わからないことがあるんです」


 ビクっ!


 「な、なんです?」


 ピッと人差し指を立てるデジーさん。


 「まず【大火の魔術師】エンヴィーを倒した時の話です」


 なんだ、そんなことか。


 「それがなにか?」

 「もしかしてレナン・棘の加護持ちは未来が見えるのですか?」

 「はい?」

 「だっておかしいですよ! あなたが指示した通りに敵が動いて、あなたが指示したような結末になった」

 「考えただけです」

 「あんな短い時間で?」

 「誰にでも長所のひとつくらいあるでしょう? 僕は考えることが得意なんです」

 「教えてください。あなたがなにを考えていたのかを!」


 なにをって言われてもなぁ。


 「敵と対面した瞬間に状況が不利であると判断しました」

 「なぜ?」

 「不意打ちとはいえデジーさんの腕を切り落とした魔法使い、そうとうな手練れであることは明白ですね。中・長距離を得意とする魔法使いは僕らが最も苦手とする相手です。結界しか張れない僕、そして近距離主体のデジーさん。我々は魔法使いを仕留めるための武器を持っていない」

 「だから投石を?」

 「その通り。僕みたいな軟弱男が投げた石ではエンヴィーには効かない、ならばアデュバルの加護を受けたデジーさんが投げた石を当てる方がいいだろう。石を当てるためにはどうするか。敵の視線を別のなにかに釘付けにするしかない。こんな感じに考えていきました」

 「あなたはすべて読んでいたのですね? 最初の段階で」

 「全部じゃないかも。突剣が潰れたのなんかは嬉しい誤算、想定外の出来事だったし」

 「それにしても……。あなたは私にこう言いましたね」


 ――腕は動きますか? 動くなら怪我をしたふりを続けてください。敵の意表を付く。僕の合図で大きな石を何個かエンヴィーに投げてくれればそれでいい。合図はそうだな、デジーさんの方へ石を放る、それでどうです?


 「えぇ」

 「それからこう続けました」


 ――敵を注意を結界に集中させる。あなたは僕の合図を待っていていてください。


 「なにも難しいことはないですよね? 敵にデジーさんの投げた石を当てたいから、あなたに怪我人の振りをさせつつブラフで揺さぶり、相手の視線をコントロールした。僕がしたのはそれだけだ。効率的にエンヴィーを潰す手段はそれだけだったから」

 「信じられない……」


 特別なことはなにもしてないんだけどなぁ。


 「敵が……、弱かったのもあるのかな……。でも……」

 「弱かった? とんでもない。カルマという女の刺突の速度を見ましたか? ノータイム展開のレナンの結界だったからこそ防げましたが、普通の結界使いなら防ぐまえに心臓を一突きされて命を落としていたはずだ。エンヴィーもそう。アデュバルの脚力で逃げられるのを警戒してそこまで距離をとっていなかった。だからこそ投石が刺さった。僕が守っているのがデジーさんじゃなかったら遠くから魔法を放たれ、時間を稼がれてジ・エンドだったでしょう」


 考え込むデジーさん。


 「どうしました?」

 「あなたってすごい人だったんですね。なんて言うか、そんな人だとは思ってなかったから……」

 「別にすごくないって。ちょっと考えればわかることじゃないですか」


 デジーさんはアデュバルの加護のせいで知能が低いからな。


 僕の行為が理解できないのも当然かも。

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