第6話 釣り

 魔道軍将のおっさんと刺突剣の女が仮に追っ手だと仮定しよう。いや仮定する必要もない、間違いなく追っ手だ。明らかに僕らの命を狙ってる。


 相手の目的が僕とデジーさんを殺すことなら交渉する意味はまるでない。対話などしてお人好しのデジーさんがアイツらに気を許してしまったりしたら無駄なリスクが増えるだけだ。


 事情も訊かずノータイムで攻撃してきたということは、そういうことだよな? 敵だと認識して動いた方がいいよな?


 あのおっさんはデジーさんの回復を見た後で、彼女がアデュバル・力の精霊の加護を受けていることを知ったはず。超回復能力をもつデジーさんだからこそ腕がくっついたけど常人なら致命傷。殺す気で来ていた。


 うん、間違いない。


 僕はデジーさんの耳元で囁く。


 「デジーさん、こいつらは敵です。刺突剣の女は僕の結界で足止め出来ますが、魔道軍将の方は無理。デジーさんにやってもらわなくてはなりません」

 「私も肉弾戦しか能がありませんよ?」

 「いや、あなたは肉弾戦だけの女性じゃない」

 「へ?」


 自分の考えをデジーさんに伝え、今後の動きを確認した。


 「おい貴様ら。なにをコソコソと話している」


 と、刺突剣の女。


 まったく偉そうな奴だ。


 「今後の方針を話し合っていました。まずは互いに挨拶をしましょうか、僕はジャバナ・ホワイトフェザーと申します。レナン・棘の加護を受けた結界使いで、これも僕の結界。ノーモーションで生成でき、魔法も物理もシャットアウトします。あなた方は?」

 「貴様のような化け物に名乗る名などない」


 交渉するつもりもない、と。


 都合がいい。こちらも話し合うつもりなどないのだから。


 「デジーさん、腕はどれくらいで動くようになりますか!?」

 「もうしばらくかかりそうです!」

 「走れるか?」

 「腕が完全に接着するまでは無理です」

 「わかった! それまでは僕が時間を稼ぐ。走れるようになったら言ってくれ!」

 「はい!」


 さて、なんとかして魔道軍将を潰して逃げ道を確保するとしようか。


 「アイザック・ホワイトフェザーは君の父だな?」


 と、おっさん。


 まぁそうだろうな、父さんからもこの男の話は聞いていた。


 【大火の魔術師】エンヴィー。


 「あんたのことは知ってるよ、父さんに戦瞰遊戯せんかんゆうぎでボコボコにされてた人でしょ?」

 「アイザックは若者に珍しく慎重な攻め手をする男だった。堅い守りと確実な攻めと時折やる予想だにしない角度からの奇襲。ジャバナ、お前も中々にやるらしいなぁ?」

 「さぁ。昔のことはよく憶えてなくてね」


 エンヴィーの話の相手をしながら、足元に落ちている石を拾ってポケットに入れていく。小さな石は僕が、大きな石は後方に投げて捨てる。


 「なにをしている?」

 「見てわかりませんか? 石をポケットに詰めているんですよ」

 「だからなぜと訊いている」

 「なんでだろう。突然こうしなくちゃいけないと思ったんです。石が欲しくなった」

 「まともに会話するつもりがないみたいだな?」


 まったく笑わせる。


 「不意をついて命を狙ってくる相手とまともに会話する奴がいると思いますか?」

 「族の残りだと勘違いした。お前の父には世話になったんだ。悪いようにはしない、結界を解いてこちらに来てくれないか?」


 優しく微笑むエンヴィー。


 もっとマシな嘘をついたらどうなんだ。


 「父はいくつもの教訓を僕に教えてくれました。行動をするまえには一度よく考えてみること、好きな子を護って男は強くなっていくこと、そして魔道軍将はクズだということ」

 「ふふふ、お前は父親によく似ているな」

 「どうも。それは最高の褒め言葉ですよ」


 僕はおおきく振りかぶって石を投げた。



 ジャバナ流結界術【ブリンク】



 「さすがに精霊の化け物はすることが一味違う。予備動作なしでこれほどの結界を張れるのだから」

 「防がれちゃいましたけどね」


 高速で結界の解除と再生成をする技【ブリンク】。


 僕の石は届くが、敵が反撃をする頃にはもう結界が張られている。


 一方的に攻撃したり、結界を張りながら移動する時にもちいる技だ。


 挑発するだけで勝手に自滅してくれる山賊なんかとは違って、リーチのある魔法使いは面倒。


 僕が投げた石も風の魔法で簡単に吹き飛ばされてしまった。


 一個がダメなら複数個だな。


 今度はいくつかの石を掴み、エンヴィーを狙って投げた。



 【ブリンク】



 少しゆっくりめに結界を再生成。


 石はやっぱダメかぁ。


 まぁ投石くらいでやられる奴が魔道軍将なんかなれないよなぁ。


 「児戯だ」

 「本当に。圧倒的な戦力差ですよね。精霊の加護持ちは化け物だ、なんていわれますけど結局この程度なんですよ。普通に生活している人達となにも変わらない」

 「お前らは暴走する」

 「いつかはね。でもその日が来るまでは普通の生物だ」


 もう一度投石。



 【ブリンク】



 もう少しゆっくり張ってもいいかな? まだ釣れそうにない。


 「このまま無駄な攻撃を続けるのか?」

 「僕にはこれしかないからね」

 「デジー・スカイラーが完全に回復するまでの時間稼ぎをしているつもりだろうが、その女が走れるようになったとしても我々から逃れることは叶わんよ。近く援軍も来る。次の手を打たないと……」

 「詰み、ますね。あなたも戦瞰遊戯はそれなりに?」

 「シーナの軍人はみな強い」

 「父が生きてた頃はよく勝負をしてたような気がしてきた」


 投石。



 【ブリンク】



 結界の解除から再生成までの時間を、また少し伸ばしてみた。


 飛ばされる石。


 「無駄だというに」

 「なにかしてないと不安になるから。父から僕の話を?」

 「奴はよく自慢してたよ。息子は俺より強いと。そのたびに周囲から親馬鹿だとはやし立てられていた」

 「ようやく少し思い出してきました。父は戦瞰遊戯が強かった。あなたの言う通り質実剛健、軍人らしい手をする人でした」


 投石。



 【ブリンク】



 突剣の女の表情が変わった。


 ようやく気が付いたか。


 次、かな。


 「お前はえらくトリッキーな指し手をするそうだね、ジャバナ」

 「父からは気持ちの悪い手だと言われていました。軍人の指し方とは根本的に違うのでしょう」

 「一度手合わせをしたいものだ」

 「無理でしょうねぇ。あなた、僕を殺す気まんまんみたいだし」

 「お前が化け物じゃなければよかったよ」

 「あぁそうですか」


 投石。


 刹那、一方踏み込んで剣を伸ばしてくる女。


 はい、一匹釣れましたー。



 結界。



 バキッ!



 「あらあら」

 「くっ」

 「いやぁ、気持ちよく釣れた。爆釣々々! カカカカカッ! 馬鹿もここまで来ると一級品ですなぁ。なんですか、軍人というのは剣技や武器だけで頭の訓練はなさらないのですか? ねぇお姉さん、頭を振ってごらん、こうやってフリフリって。ちっちゃな脳ミソがカラカラ音をたてるんじゃないかな?」

 「貴様!」

 「大事な剣、壊れちゃったね。高そうな剣だったのにもったいないなぁ。ねぇお姉さん」

 「なんだ!」

 「悔ちい? ねぇ悔ちいの?」


 顔お真っ赤にして怒る刺突剣の女、カルマ。


 「人というのはね、無意識に法則性を探してしまうんだ。【ブリンク】のたびに結界の再生成に時間がかかるようになれば、こう考えるようになる。レナン・棘の結界は連続使用すれば再生速度が落ちるのではないか、と」

 「最初からカルマの剣を狙っていたのか」

 「え? あぁそう。武器が一つ減れば、脅威も一つなくなるからね」


 投石。



 【ブリンク】



 「わからんな。なぜカルマの剣を壊した後でも下らない投石を続けるの」

 「そこに石があるから、そんな理由じゃダメですか?」


 やっぱ一個より複数個投げた方が効率がよさそうだなぁ。


 「もしやお前……」

 「はい?」

 「魔力切れを狙っているのか?」

 「あっ、バレちゃいました?」

 「ふふふふ、くくくくく。なめられたものだ。魔道軍将たる私の魔力保有量を侮りすぎだ。その程度の攻撃を防ぐくらいなら一日中でも続けられる」

 「本当にそうでしょうか」

 「やってみるといい、ジャバナ」

 「では遠慮なく一日中やりましょうか」


 右腕で石を投げると同時に、左腕で石を後方に投げ、しゃがんだ。


 ブンっ!


 僕の頭上を、ものすごい勢いで石が飛んでいった。

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