第5話 急襲
まさか関節を外されるとは思わなかった。さすがは力の精霊アデュバル。が、うだうだ言ってもしょうがない。とりあえずこの場を離れるか。
「デジーさん、さっそくですが山に入りますよ。長居は無用」
「はい!」
山に向かって二人でとぼとぼ歩き始めたのだが、さっそく問題が生じた。
「ちょっとデジーさん。速い」
「ジャバさんが遅いのでは?」
まったくこいつは……。
「デジーさんはアデュバル・力の精霊の加護を受けているのですよ? 僕のような普通の人間の脚力では追いつけない!」
「あなたもレナン・棘の精霊の加護を受けているではありませんか」
「レナンは身体能力の向上はないのです!」
「へ? そうなんですか?」
「もしかして、なにも知らないの?」
「なにが?」
「マスターから精霊についてなにも訊かなかったのですか?」
「はい、あまり興味がなかったもので……」
なぜ興味を持たない。自分の体のことなのに……。
「いいですか? 精霊の加護というのは曝露体験を経て生命に付与されるものなのです」
「それくらいは知ってますよ」
「例えば僕はレナンの棘に体を貫かれること。デジーさんは確か……」
「お酒を飲みました」
アデュバルの力水だな。
「そういう精霊の曝露を体験した者には人外の魔法や能力が与えられます。僕が使うノーモーションかつ複雑な結界や、デジーさんの馬鹿力や超回復ですね」
「馬鹿とは失礼な!」
「では凄まじい力と言い直しましょう。しかしデメリットもある。曝露体験から十年も経過すると人格が崩壊してしまったり、命を落としたり、石化したりします。加護持ちがどのような最期を迎えるかは、精霊の種類によって異なる」
「へぇ、そうなんですね」
「例えばアデュバル・力の精霊は能力を行使すればするほどに知能が低下し、最終的には猛獣のようになると言われています」
「私、猛獣になるのですか?」
「おそらくは……。デジーさんが曝露事故を経験したのはいつですか?」
「三年程前です」
「では残り七年。それも普通に過ごしたと仮定しての話です。力を使い続ければ寿命はもっと短くなる」
「そんな!」
よくそれを知らずにいままで生きてきたもんだ……。
「デジーさんは処刑をされたり、見世物として力を行使してきたので、残された時間は七年もないでしょう」
「あなたは? ジャバさんはどうなのですか?」
「レナン・棘の精霊の曝露事故の経験者は少ないらしく、マスターも詳しくは把握していませんでした。デジーさんの知能が低下するように、僕にも加護のなんらかの副反応があるはずなのですが、いまのところわかってない。ただ最期にどうなるかは理解しています」
「どうなるんですか?」
「結晶化する」
「結晶化?」
「人の形をした結界になるでしょう。僕はレナンの加護を受けた直後に数日間、無茶な結界を張り続け、見世物小屋でも毎日のように結界を張っていました。自分にどれほどの時間が残されているかはわかりません」
僕の言葉を聞いたデジーさんはむっつりと黙り込んで、考え始めた。
「デジーさん?」
「マスターは、悪い人だったのでしょうか……」
「なぜ?」
「だって私たちに能力を使わせていたのですよ? 寿命を縮めると知りながら」
なんだ、そんなことか……。
「善人か悪人かの判断は難しい。ある人から見れば善人でも、また別の人の目には悪人に映ってしまったりするから」
「ジャバさんはどう思うのですか?」
「彼は……。善い人でした」
「なぜ」
「彼は精霊の曝露事故の経験者の治療法を探していました。どうすれば加護持ちを救えるかを」
「そうなんですか?」
「デジーさんは本当になにも知らないんですね。僕より早く見世物小屋に入ったのに……」
「すみません。なるべく考えないようにしていたので……。精霊以外のことならお話してたのですが」
見世物小屋のマスター、ノーマット・リーゲルは妻を曝露事故で亡くした。
「彼の奥さんはベーダ・大地の精霊の曝露事故の経験者でした。大地になる深紅の実を、精霊の一部だと知らずに食べてしまったのです」
「大地の精霊……」
「曝露事故経験者が受ける扱いは僕らが誰よりもよく知っているはずだ。マスターの奥さん、エルザさんも酷い差別を受けました。加護持ちは死の間際、ほぼ確実に乱心する。そして、その強大な力が暴走すれば多大な損害をもたらす。精霊の暴走です。だから僕たちは虐げられるし、意識がしっかりしているうちに命を狙われる」
「エルザさんも……」
「えぇ」
「そんな……」
「マスターは懸命に治療法を探した。なんとかエルザさんを普通の人間に戻すために。彼は様々な文献に目を通し、賢者と面会して知恵を集めました。あるいは体から精霊の力を追い出す術があるやもしれないと。しかし間に合わなかった。エルザさんは曝露体験をした時妊娠していたのですが、お腹の子供にも精霊の影響があるかもしれないと考えた誰かがマスターの不在を狙って襲撃しました」
「お腹の子は……」
「殺されました。もちろんエルザさんも。いくら大地の精霊の加護を持っていても、睡眠中に襲われればどうにも出来ない。それからマスターは妻と同じ境遇に陥った者たちを救うために活動し始めました」
「見世物小屋……」
「そうです。僕たちが活動する場を提供しつつ、加護持ちを観察して治療法を探すために。キャストに乱心の兆候が確認されると、彼は食事に毒を盛って殺しました。それが国との約束だったから」
「なぜそれをジャバさんが知っているのです?」
「本人から聞きました。罪の意識に苛まれた彼が僕に告白したのが、つい二日前のこと。私はいたずらに君たち加護持ちの命を奪った悪人なのだと」
「ジャバさんはなんと?」
「気に病むことはないと伝えました。きっと僕がマスターの立場なら同じことをしたはずだから。彼は僕らを救い、居場所を与えてくれた。彼がいなかったらきっと僕もデジーさんも酷い扱いを受けていたでしょう。彼は正しいことをしたんだ。寿命が縮むくらいいいじゃないですか。お腹いっぱいご飯が食べれて、安心して眠れて、お酒も飲めたんだから……」
「そう……、ですかね」
僕たちに残された時間は限られている。
だから死ぬまえに見つけるんだ。完璧な幸せを。
「さぁデジーさん。ゆっくりしている時間はありませんよ。さっさと逃げましょう」
「はい!」
僕が歩くよりデジーさんの背中に乗った方が速いかもしれない。あまりデジーさんに力を使わせたくはないが、ここを離れないと安全が確保できないし、乗せてもらうか。
「デジーさん、もしよかったらあなたの背中に――」
刹那、光が走った。
デジーさんの腕が、宙に舞う。
魔法!?
結界。
「おやおや、腕を切り落としただけでしたか……」
追っ手?
まさか、いくらなんでも早すぎる……。
「デジーさん! 無事ですか?」
「いてて、腕が切れてしまいました……」
「僕の近くにいてください」
「はい」
魔法使いらしい格好をした中年の男と、突剣を装備した若い女。
「誰だ!?」
僕の問いかけに応えたのは中年の方。
「シーナ魔道軍将エンヴィ―、こちらの令嬢は我が副官カルマ。いやはや見事な結界、もしやあなたは棘のジャバナ・ホワイトフェザー君かな? 立派に成長したものだ」
魔導将軍だと? シーナの大物がなぜこんな場所に?
「ジャバさん、あれは?」
「追っ手、かもしれない。デジーさん、止血を」
「必要ありません。もうくっついたから」
「くっついた!?」
「たいがいの怪我ならすぐに治ります」
アデュバル・力の加護。
こりゃ化け物じみてる。
「その回復力、あなたはアデュバルのデジー・スカイラー……。やはり賊などに任せるのではなかったのだ。最も厄介な二人が残ってしまったのだから」
「エンヴィ―! なぜ僕たちを狙う!?」
「加護持ちだからに決まっておろう?」
まったく次々に……。
「さてカルマ。刈り取るとしよう。害虫の命を」
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