第3話 目的地
ノリと勢いでプロポーズした僕は、飲んだくれで怪力のデジー・スカラーの夫になってしまった。
しかし僕を育ててくれた善良な両親は、かつてこんな言葉を残した。
――人生はノリと勢いで乗り切らないといけない場面があるものだ。
と。
至言である。
「いだい! だれか! この化け物を殺してくれ!」
「化け物なんて失礼ですよ! お、夫のまえでなんてことを言うんですか!」
「止めろ! その手を離せ!」
「あなたがさっきの発言を撤回するまで、私は止まりません」
「わ、わがった。あんたは化け物じゃない」
「いいでしょう。いま楽にしてあげます」
「へ?」
デジーさんの拳が、山賊Pのこめかみにめり込んだ。
まるで風に舞う紙屑のように吹き飛ばされた山賊は、地面に叩きつけられて痙攣し始める。
相変わらず無茶苦茶な筋力だ。
アデュバル・力の加護。
力の精霊アデュバルによる曝露事故の経験者が得るのは超人的な回復力と他に類をみない身体能力。
オーク相手に腕相撲で勝ち、馬を持ち上げて放り投げ、ビンタで首の骨を折る。化け物と言われる加護持ちのなかでもトップクラスの人外だ。
夫婦喧嘩はしないようにしなくては。
「デジーさん。もう止めて差し上げてください」
「でも、この人達はマスターを殺して見世物小屋も……」
まったくだ。
こんな迷惑な奴らは死をもって償うべきなのだが。
「この山賊を裁くのは僕たちじゃない」
「では誰が?」
「知らん! でも僕たちじゃない」
「だからなぜです?」
「いいですか? デジーさん。僕たちは幸せにならなくてはならない。それも一点の曇りもない、完璧な幸せです。ここでこの薄汚い山賊どもを殺したら僕たちの心のなかに罪悪感が生まれるでしょう。いつか彼らの命を奪ったことを後悔するかもしれない。そんなものを幸せとは言わない!」
「ジャバさん!」
うん、わかってくれたみたいだ。
「わかりましたか?」
「えぇ。あなたの考えはよくわかりました。口惜しいですがあと一発ずつ殴ったら終わりにします」
うん、わかってないみたいだ。
「一発殴るのは決定事項ですか?」
「いま殴っておかないと、次、彼らといつ会えるかわかりません。確かにジャバさんが仰るように殺すのはよくないでしょう。しかしこのまま殴らなかったら、いつか私は後悔する」
不幸にもまだ意識を保っている山賊さん達は、固唾を飲んで僕たちの会話に聞き入っている。
よくよく考えると可哀想な人達だ。
誰かから奪わないと生きていけないような境遇なのだろう。
こいつらにも家族がいるかもしれない。大切な恋人なんかもいることだろう。
「ねぇ山賊さん」
「な、なんだよ」
「悪いことをしたっていう自覚はありますか?」
「あ、あるよ! だからその女に殴らせるのだけは勘弁してくれ」
「一発くらいは耐えられない?」
「なに言ってんだガキ! お前も見ただろうが! あの女は素手で檻を捻じ曲げて枷を引き千切ったんだぞ! アデュバルの加護だ!」
「えぇ、知ってますよ。デジーさんの力はあんなものじゃない。あれでもまだ加減してます」
「はぁ!?」
「もしデジーさんが本気で殴ってたら、あなた方は二度と起き上がれなくなっていたことでしょう。彼女は元々敬虔なウラム教のシスターでね。理由なく命を奪うような真似はしないのです」
「だからなんだってんだ。俺の仲間を見てみろ! みんなボロ雑巾のように倒れてる! 力加減をした? ふざけるな!」
なに言ってんだコイツ。
「僕の旅の仲間を殺して資産を奪ったのはあなた達だろう? 返り討ちにあったくらいで
「化け物共め! 役立たずの見世物風情が、俺たち健常者を傷つけてただで済むと思うなよ!」
まただ。
またこの目だ。
人に向ける眼差しではなく、魔物や怪異に向ける目。
「デジーさん。一発ずつ殴って差し上げなさい」
「はい!」
「殺さない程度に」
「もちろん」
僕たちだって好きで化け物になったんじゃないってのに、コイツらときたら精霊の曝露事故=化け物だと決めてかかってる。
山賊の
「私たちはこれから、どうなるんでしょうか……」
「間違いなく処刑される。僕はあれだけど、デジーさんには前科がありますからね」
「ですよね……」
【歓楽街の怪女】デジー・スカイラー。
見世物小屋に売られる以前にデジーさんは、酔って暴れるという事件を起こした。デジーさんが精霊の加護を受けていなければ単なる傷害事件で済んだのだろうが、素手で人を殺める力のある彼女、危険因子の加護持ちは必要以上に重い刑を言い渡されてしまう。
市中引きずり回しのうえ絞首刑。
どう考えても異常な量刑だが、精霊の加護持ちはみな少なからずこのような扱いを受ける。
俺たちが化け物だからだ。
今回も相手は山賊、こちらが正当防衛。だがほぼ間違いなく司法は俺たちに不利に働くだろう。
「ごめんなさい。私のせいで……」
「あのまま山賊の慰み者にされて、殺されているのが正しいことだったとは僕は思わない」
「でも……」
デジーさんは馬で街を引きずり回され、縄で首を絞められたが、強すぎる筋力のお蔭で一命を取り留めた。
マスターに拾われて、夜間の監禁を約束する代わりに断頭などの追加の処刑は免れることが出来たが、マスターも死に、山賊に致命傷を負わせたとなれば、もう逃げ道は残っていない。
ピンチの時こそ冷静に。
僕らは絶対に幸せになる。
自分たちが置かれた状況を冷静に分析しよう。
この国に居座るのは……。
ない。
どう考えても未来はない。
軍に入隊して地位を得た加護持ちもいたはずだが、ここまで問題を起こしてしまった後ではどうしようもない。
僕だけならなんとかなるかもしれないが、デジーさんが確実にアウト。
完璧な幸せを求めるのなら、妻であるデジーさんは捨てられない。ひとりで幸せになるのは完璧ではないからな。
「亡命しかない……」
「どこへ?」
「精霊の加護は国によって扱いが違うと聞きます。ここよりも楽に生きれる場所があるかもしれない」
「そんなところ、あるんですか?」
「ある」
「どこですか!?」
過去にそんな話を耳にした。
誰と、いつ。
――僕の生まれた場所では精霊の加護を受けた者は、見世物小屋でなんて働いていなかった……。もっと特別な存在だった……。
誰だ。
誰の声だったんだ。
知り合いじゃない。
客だ。
客の会話だった。
あの男が付けていた紋章は……。
「緋色、十字の紋章。背の高い男」
「え?」
「その男が言ってたんです。自分が生まれた場所では加護持ちは見世物小屋で働いてなかったって。僕たちを憐れむような目をしていた」
「どこで会ったんですか?」
「客です。変な訛りがあった」
「いつです?」
「僕が見世物小屋に入ってすぐでした。男は護衛をつけてたはず。こんな身分の人が来るんだって思った」
「わかりました……」
「誰です!?」
「アスティア神聖国の派遣団だと思います。ジャバさんが入団した時に、アスティア神聖国の要人が視察に来ました。重要な客だから粗相のないようにとマスターから釘を刺されたのでよく憶えてます」
なるほど。
「わかりました。では行きましょう。アスティア神聖国に」
「それが……」
「なにか問題でも?」
「かなり遠いです。砂の大地を抜けて、魔の山を越え、怪異の住む海を渡らなくてはいけない」
「無理でしょうか」
「わかりません」
だが、ここにいても死を待つばかり。
「僕は行きたい。少しでも可能性があるなら。デジーさんはどうしたいですか?」
「私は……。ずっと教会にいて、曝露事故の後は見世物小屋にいました。外の世界は不安だけど……。ジャバさんと一緒なら……、行きたいです。私も幸せになりたい!」
「なりたいんじゃない! なるんだ!」
「はい!」
目的地は決まった。
さぁ、行くか。
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