第2話 藪の中
とは言え、だ。
逃げる方法なんて考えちゃいない。
感情任せに挑発してみたのはいいとして、どうやってこの窮地を切り抜けようか。
いまさら下手に出ても絶対に逃がしちゃくれないだろうし、散々結界を殴らせた後だからなにを言っても無駄だろう。
うぅん。
「おい、なにしてんだテメェら」
「このガキを殺すんだ。結界を解くのを待ってる」
「そんなガキなんざどうでもいい。こっちに来てみろよ! すげぇのがいるぞ!」
「すげぇの?」
ん!?
「
あっ!
いたわ。
僕を逃がしてくれる天使が。
「山賊さん山賊さん」
「なんだ! ガキ!」
「そのシスターさんは放っておいた方がいいですよ」
「お前の話は聞かん!」
「その人、手かせと足かせをしていないとド淫乱になってしまうんです」
「なんだって……?」
「あまりに淫乱で何人もの男が犠牲になりました。彼女に押し倒された男はこの世の者とは思えないほどのテクニックで何度も何度も昇天させられ、しまいには腰が立たなくなって使いものにならなくなる」
「そんなに……、すげぇのか?」
「すげぇもなにも。耳を貸してください」
山賊が、結界に耳をあてる。
「あれは、獣ですよ」
「獣……」
ゴクリと唾を飲む山賊。
ノックアウトだ。
「おいガキ、そこで待ってろ。ちょっと女の様子を見てくる」
「ちょっと待って山賊さん」
「なんだ!」
「彼女の、デジー・スカイラーの枷だけは外さないでくださいね! ぜんぶ、吸いとられちゃうから……」
「吸いとられ……」
「約束ですよ?」
「お、おう」
よし、色ボケのアホは放っておいて僕は逃げよう。デジーさんが暴れるのに巻き込まれるわけにはいかない。
僕は幸せになるんだ。こんなところで命を落とすわけにはいかない。せっかく拾った命、大切にしなくちゃね。
――こんばんはジャバさん、こんなところにいたら風邪ひいちゃいますよ?
――デジーさん。今日はお酒は飲んでないんですか?
――切らしちゃってるんですよ。
――それは残念だったですね。
――たまには休肝日も必要です。
――僕たちって、ずっとこんな感じなんですかね。
――と、いいますと?
――ずっと見世物として生きていくのかなって。
――お嫌ですか?
――そりゃ嫌ですよ。誰かに見られて、笑われて、蔑まれて。
――慣れればなんということはないですよ。現に私はそれなりに幸せです。ここではお金さえあれば好きなだけお酒が呑めるし、ジャバさんみたいな仲間もいる。
――仲間、ですか。
――あなたがどう感じるか。それが大切なんじゃないですか? どんな環境であっても、ジャバさんが幸せだと感じる心の余裕があれば、それでいいんじゃないですかね。
――僕はもっとありふれた幸せが欲しいです。見世物小屋の幸福ではなく。
――ふふふ。いつか手に入れるといいですね。ありふれた幸せを。
デジー……、スカイラー。
「マジで上玉だ。あぁ、興奮してきた」
「檻の鍵はどこだ! 枷を外せ! 目を醒まさせろ!」
このまま僕だけが逃げて、それは幸せなんだろうか。
このままで、いいのか?
きっといつか……、僕はこの場面を思い出すだろう。
デジーさんを見捨てて逃げたのだと。
いままでの僕なら絶対に逃げている。結界しか張れない無能だからと自分に言い聞かせて。
でも僕は生まれ変わった。
幸せになる。
一点の曇りもない幸せな男に。
地面に落ちていた棒っきれを拾った僕は駆け出した。
僕の知るデジー・スカイラーなら絶対に死にはしない。山賊どもを打ちのめすだろう。
しかし目が醒めるまでに操を奪われるかもしれない。汚されるかもしれない。あんな汚い山賊に。
「デジー・スカイラー! 目を醒ませ!」
手にした棒をデジーさんの檻に向かって投げた。石を、砂を。とにかく手当たり次第に近くにあった物を投げた。
「おいガキ! なんの真似だ!」
うわ、ヤバ。
はい結界。
「デジーさん! みんなやられた! もう僕らしか残ってない! 早く! 起きてください!」
僕は山賊対策に張った結界を、内側からガンガンと叩いて音をたてた。
「デジーさん! おいデジー! 酒乱! 筋肉ダルマ! 起きろ!」
すると。
「ふぁぁあ。ジャバさん? おはようございます。なにしてるんですか?」
「山賊に襲われているのです! みんなやられました!」
「みんな!?」
「結界を張っていた僕と檻に入っていたデジーさん以外の人はみんな山賊にやられたんです」
「なんですって!?」
「逃げますよ! 早く枷を外してください」
「ジャバさん、いくら私でも枷は外せません。マスターに怒られちゃう」
「そのマスターも殺されたんだ!」
「え!? そんな……。マスターが……」
「お酒は抜けてますか?」
「え? えぇ、まぁ」
「では枷を引き千切って僕を抱えて走ってください!」
「か弱い乙女の私にそんなことを……」
まったくこのアホは……。
「冗談を言ってる場合じゃないでしょうが!」
「冗談じゃありません! こんな金属の枷を引き千切ることろを見られたらお嫁にいけなくなる!」
「いつも見世物でやってるだろうが!」
「マスターが死んでしまったいま、私はもう見世物小屋のキャストじゃない! また外の世界で除け者にされる! 結婚できなくなったらどう責任とってくれるんですか!?」
「アホ! 死んだら結婚もなにもないだろうが!」
「見世物小屋がなくなったから……。私はまた、外の世界で生きていかなきゃならない! ちゃんと結婚して、除け者にされないように……」
おいおいと泣き出すデジーさん。
山賊どもは突如として始まった僕たちのやりとりに呆気にとられている。
「怪力でもいいじゃないか……」
「え?」
「結界しか張れなくてもいいじゃないか! 僕は……。僕らは幸せになるんだ! そんなに結婚がしたいなら僕が旦那になってやる!」
「へ!?」
「嫌ですか?」
「そんな……。突然そんなことを言われても!」
「僕がデジーさんを世界一幸せな女性にしてやる! もう見世物なんて止めだ! 不幸の連鎖も断ち切る! そして僕が世界一幸せな男になるんだ!」
「ジャバさん……」
「汝、病める時も健やかなる時もデジー・スカイラーを妻として敬うことを誓いますか! はい誓います! 次! デジーさん! 汝、富める時も貧しき時もジャバナ・ホワイトフェザーを夫として慈しむことを誓いますか!」
「え?」
「答えて! 誓いますか!?」
「は、はい! 誓います!」
「憂うな! 迷うな! 引き千切れ! デジー・スカイラー!」
「はいっ!」
世紀の怪力女デジー・スカイラーは見世物小屋の看板娘。
舞台の上では二十もの男を涼しい笑顔で持ち上げ、鉄の剣を噛み砕き、素手で岩を砕く。
酔って暴れる癖のあるデジーさんに付けられた枷は僕らを拾って仕事を与えてくれたマスターとデジーさんの約束だった。
これを壊すのなら、もう面倒をみないと。
僕らキャストには見世物小屋しか居場所がない。だからデジーさんはいくら酔っ払っても手かせと足かせ、檻だけは絶対に壊さなかった。
でも本気を出せば。
枷はフライパンの上のバターのように溶けて変形し、デジーさんの腕からこぼれ落ちた。次いで足かせも、いとも簡単に外す。
ざわめく山賊。
「こいつもだ! こいつも精霊の曝露事故の経験者だ! アデュバルだ! 取り押さえろ! 数をかけろ! 魔法を使え!」
投げ斧や魔法がデジーさんを襲う。
「デジーさん!」
「はい?」
「え? 大丈夫なの?」
「私を誰だと思ってるんですか?」
グニャリ。
オモチャみたいに檻が曲って、デジーさんが出てきた。
獣は檻に入っているから可愛く見えるものだ。解き放たれた獣は……。
「私の恋路を邪魔する人は……」
「ひぃ」
山賊は、お星様になりましたとさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます