第20話 他でも情報収集してみよう

 続いてぽつんとつぶやいたのは、ライゼルさんだった。


「僕は治癒士のスキルを上げようかな。あと他にも試したいことがあるから、準備もしておくかな」


「俺も何か考えるか……」


 ガントはライゼルに同意しつつ、じっと石畳を見つめる。

 そんなガントにユリアスさんが、ふふと笑う。


「ガントも治療士の副職持っててもいいかもね? 血まみれガントが回復魔法かけに来るとか、面白そう」


「ちょっ、ケンカ売ってんのかオイ!」


 眉を吊り上げたガントにはかまわず、ユリアスさんは続けて言った。


「私も騎士団の子にも呼び掛けて、薬の増産してもらおうかな。私は治療士のスキルを持っているから、そっちのレベルを上げて、もう少し回復幅の多い呪文を覚えて……。魔力回復薬も必要よね」


 それぞれが、自分でするべきことを見つけていく。

 すると少しだけ、私も焦る気持ちが落ち着いた気がした。


「とりあえずまた状況が変わったら、一度ここに集まらないか?」


 ライゼルさんの提案に、私達はうなずいた。



 それから私は、一度ゲームを休んで休憩してから、せっせと砂時計と、攻撃系の錬金アイテムや、回復薬を作り続けた。


 とはいえ、一日に自分で作れる量には限界もある。

 だから回復薬系は、溜めていたお金で買うことにする。


「すみません、回復薬(大)ありませんか?」


 行きつけのアイテム屋に行くと、そこを経営しているプレイヤーが意外そうな顔をした。


「あら黒ずきん、砂時計じゃなくていいの?」


 店主は猫の獣人だ。二足歩行の大きな白猫が、カーキ色のベストを来て黒のズボンを履いている。人という文字が入っていても、このゲームの獣人は獣要素が強い。


「アマンダさん、砂時計は自分で作れるし、回復薬よりも製作時間が短いんですよ」


「砂時計の方が大量生産しやすいのね。なるほど。……いくつかうちに下ろさない?」


 アマンダさんは綺麗な金緑の猫目をらんらんと輝かせて、私に近づく。


「いいですよ。おそらく需要があるだろうと思って、多めに作っていますし。そっちに時間を割り振ったので、なおさら回復薬作る時間が少なくなったんです」


「需要があると知ってるって、黒ずきんもダンジョンと遭遇したの?」


 とたんに、アマンダさんの表情が気遣わし気なものになった。


「アマンダさんは?」


「私は幸い、遠く離れた場所にいたから。じゃあ、戦ったのね……無事でよかった」


 アマンダさんはそのふかふかの猫の体で抱きしめてくれる。

 実際のものよりも薄いながら、ふわっとした毛の感覚が頬に触れた気がした。


「錬金術師なんで、前に出ることはなかったんです。おかげで私はなんとか無事だったんですが、沢山怪我人も出て……。早く砂時計を使うことを思いつけたら良かったんですけど」


「ああ、なるほど」


 アマンダさんはうなずく。


「黒ずきんが砂時計の使い方を広めたらしいって聞いたけど、外側から誰かから聞かれて提案したわけじゃないのね。実際にその場にいたんだ」


 砂時計の話は、アマンダさんにまで届いていたようだ。


「その場にいたみんなが、SNSに情報を流してくれたんです。私だけじゃ広まりが悪いから」


 なぜ私が広めたことになってるのかと、首をかしげる。


「黒ずきんからの伝言だ、って流した人が多かったみたいよ」


「あ、それで……」


 なんだか気恥ずかしい。

 でもそういった形で皆が一斉に発信したからこそ、とっさにSNSを見て情報を得ようとしていた人も、話を信じたのかもしれない。


「私なら、戦闘どころじゃなさそうよ。道具を使うことを思いつけただけで十分だわ」


 アマンダさんはそう言ってなぐさめてくれた。


「まぁ、ダンジョンがまた現れるかもしれないし、遭遇した時に逃げたり救助したりするためにも、砂時計を買っておこうって人が増えたのよね。おかげでティール妖精店は真っ先にからっぽになって、プレイヤーの店にいろんな人が殺到しているのよ」


 ティール妖精店はこの町にある、一番大きなNPCの店だ。


「さっき作り始めたばかりで、二十個なら卸せます。割引しますから、プレイヤーがダンジョンへ行くことになったら売ってほしいんです」


「あなたいい子よね……。いいわ、回復薬も割り引いてあげる」


 私はアマンダさんと取引して、回復薬(大)を五個、回復薬(中)を十個手に入れた。


「あと、一つ情報があるわ。教えてあげる」


「何ですか?」


「自衛隊にもプレイヤーがいるのよ」


「はい」


 なにせ普通のMMOと違って、一人だけで攻略できるゲームなのだ。

 その秘密は必ずパーティーを組んでくれるNPCがいて、友達を作らなくても、彼らとダンジョン攻略ができてしまうから。


 おかげで不規則な勤務の人も、たまにしかログインできない人も、自分のペースで進められる。

 私もこれがなかったら、このゲームに手を出さなかった。


 昔の一人でRPGをやっていた年齢層にも、これが受けてプレイヤー人口が多いそうだ。


 私がアマンダさんと仲良くなったのは、店員としての彼女と、売り買いを繰り返してのことだ。今だ一緒にダンジョンや魔物討伐なんてしたことはない。

 でもそれでいいのだ。

 アマンダさんと仲が良いのは変わらないし、この関係が落ち着くから。


「自衛隊でプレイヤーとの混合での作戦を行うそうよ。政府もゲームプレーヤーが戦って魔物の被害を抑えたことはわかっているみたい。で、自衛隊内でどうにかできないかと思っているらしいわ」


 アマンダさんは肩をすくめてみせる。


「自衛隊の武器と自衛隊員のプレイヤーでなんとかなればいいけど……」


「その前に、自分の趣味全開のアバターさらすの、嫌じゃない人がいるんですね」


 私はそっちが気になる。

 だって私など、このぶりっ子か! と言われそうな衣装とか、若作りしたいのかと笑われそうな美少女顔を自分で選択したことがバレたら……。もう、会社になんて行けない。ひきこもりたい。


 アマンダさんはぷっと笑う。


「まぁ、黒ずきんの言うこともわかるわ。私だっていい年なのに、猫の姿をしてるなんて、笑う人がいるでしょうね」


「ですよね? 知られたら転職するしかないですよー」


 私が黒ずきんだと知らない人ばかりの会社で、絶対前の会社の人に会わない地域を選ばなければならない。


「でも、獣人ばかりなんですって」


「え?」


「自衛隊内で、プレイヤーだって告白した人よ。獣人なら、ただ動物の姿をしているだけでしょ? 可愛い動物の姿をしてるぐらいなら、ギャップでモテるかもしれないとか、部隊の雰囲気変わって面白そうって人がけっこういるみたいで」


「なんかこう、たくましいですね」


 とても私にはまねできない。

 苦笑いしていると、アマンダさんが付け加えた。


「だから、もしかすると民間人が戦わなくても済むかもしれないわ。そもそも、ダンジョンがもう現れない可能性だってあるしね」


 そうあってほしい。

 切に願う私だったが――。

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