第18話 ゲーム内で噂を集める

 立ち止まったら不審に思われそうで、足早に通り過ぎる。


「……拡散はされたんだよね。知って、使えた人はいたのかな」


 目にする余裕がなかった人もいたはず。

 それに、プレイヤーが所持品に砂時計を入れている確率は、目指しているクエストによる。全員が持っているわけではない。だから持っていないグループもあったかもしれない、とは思っていた。


 でも、度々使えるアイテムなので、誰かが所持しているグループも多かったことを祈るしかなかった。


「砂時計無かったら、朝日を拝めなかったよ」


 深くため息をついて、座り込む槍の竜騎士がいる。


「応援がきたところはうらやましいなぁ」


 隣にいる人がそう言っていたので、たぶん朝にダンジョンが消える前、なんとか砂時計の使い方を知って、戦闘回避ができた人なんだろう。


「良かった」


 役に立てるのは嬉しい。自分の気づきのおかげで、誰かが救われた。それはとても誇らしかった。


「ていうか、応援来たダンジョンの方が多かったのかな」


 札幌は全く無理な状況だった。

 まるでそう意図したみたいに、人の出入りが制限されていて……。


「おい、黒ずきん」


 考え事は、声をかけられ霧散してしまった。


「この声は……ガント」


 振り向けば、そこにいたのはツンツン黒髪の大男。鉛色のプレートメイルといい、背負っている斧といい、昨日会った時のままだ。


「おい、今呼び捨てしなかったか?」


「ぃぃえぇ……してないですよぉ」


 首を横に振っておく。聞いていないことを祈りながら。


「いいじゃないか、呼び捨て。僕もその方が気楽だな」


 ガントの側にはライゼルさんもいた。

 ゲーム設定の容姿なのでみんな美麗なのは間違いないが、この人の側には、いつだってすがすがしいそよ風が吹いているような錯覚を起こす。


「こんにちは。でも、呼び捨てってしてほしいものですか?」


 私はどちらでも……と思うが、知り会って間もない間はさん付けしてほしい。

 あまり最初から距離ナシ状態でぐいぐい来られるのは苦手だし、そういう人はたいてい気が合わない。遠慮してほしいところで、パーソナルスペースに入ろうとされると、どうしても嫌になるから。


「一緒に戦った仲だからね。親しい仲間って感じがして嬉しいな」


「私も呼んであげましょうか? ライゼル」


「君もね、ユリアス」


 さらりと呼び捨てられて、ふふっと笑いながらユリアスさんがやってきた。


 ふわっと揺れる金の髪に、凛々しく美しいお顔。

 背筋がぴんと伸びた歩き方といい、薔薇の騎士と呼ばれるにふさわしい立ち居振る舞いだ。

 私はうっとりとユリアスさんを見つめつつ、挨拶する。


「こんにちはユリアスさん。あれから無事にお帰りになれましたか?」


「もちろん大丈夫よ。家がわりと近いから、徒歩でもそれほどかからなかったわ。元々毎日ランニングしてたから、足には自信があったし」


「さすがユリアスさんです! 私も見習いたいんですけど、仕事の前後にそういう気力が湧かなくて」


 ダイエットや体力づくりのため、ランニングもいいなと思うことはあるのだ。

 でも朝は気分が憂うつ&眠たさのあまりにそんなことできず。帰りはげっそりとしながら帰途につき、なんとか風呂に入ったところで、ランニングのことを思い出すのだ。


 そういえば、ランニングしようと思ったっけな。明日からにしよう……と。

 毎日それをずるずると続け、今に至っている。


「無理はしないで。仕事で疲れてるのに負担をかけて、ストレスになってしまってはいけないわ。可愛い女の子が悲しい顔をしていると、私まで心が痛くなってしまうもの」


「ユリアスさん……」


 私みたいな暗めの地味女でも優しく、女の子らしく扱ってくれるあなたが一番素敵です!

 だからこそ地味で影の薄さが表出しまくっている私のリアルの姿を、ユリアスさんに見られなくて良かった!


(でもちょっとだけ心配……)


 脱出時、人影が見えたのだ。

 あれはプレイヤーだったのではないかと思う。


(だとすると、誰かが私の真の姿を見てる可能性が……っ)


 私はさりげなく、VR内でネットを検索してしまう。……黒ずきんの正体とか、そういう言葉はヒットしなかった。

 ほっとしていると、ガントが私とユリアスさんの間に割って入ってくる。


「それよりかよぉ、どうすんだお前ら、今日は」


 にこにこしながら見ているライゼルさんも、その質問を止めないところからして、同じことを聞きたかったのだろう。


「一応魔物の発生も、ダンジョンの発生も朝からずっと起きていないみたいよ。近くに住んでいるけど、うちのマンションから見下ろしている分には、特に戦闘をしている様子も、怪我人が発生している様子もなかったわ」


 私は自分の目がきらきらと輝くのを感じた。

 ユリアスさんには高級マンションの上層階がよく似合う。ぜひそうあってほしいと思っていたので、私は自分の妄想が実現していたことに、気分がふわっと浮ついた。


 ガラス張りのテラスから問題の地点を見下ろしていている姿なんて、もう似合いすぎ!

 その時には、ぜひワインを片手にお願いしたい。グラスの端は金で装飾されていると、なおいい。

 ただ、ユリアスさんがアバターのままの姿かどうかはわからない。


(でも……いっそセレブマダム風のお姿でもいいのよ。別の方向でよく似合うと思うし、女王様感があっていいかもしれない)


 そんなことを考えている間にも、会話は進む。

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