第17話 ひと眠りしたその後は
しかし――家に帰り着くまで、一時間かかった。
普段なら地下鉄に乗って片道15分。
それで到着するはずなのに、始発から地下鉄は止まっていたので、歩くしかなかったのだ。
途中で力尽きて、どこかの公園の椅子で眠りそうになった時には、車で送ってくれる話を蹴った自分をひっぱたきたくなったけど、途中で出会ったタクシーに救われた。
そうしてアパートの自室へ戻ったのが朝7時。
まず眠った。
今日は土曜だ。遠慮なく眠る。
起きたら昼だった。
落とし忘れた化粧を洗い流し、風呂に入ってから食事をした。
それからインターネットやテレビを見て、外側からみたあのダンジョンに関する報道を知った。
――地下のガス管が爆発か。原因は不発弾?
――未知の生物を激写! ガス爆発は偽情報か。
――なぜ政府は隠すのか。
「いやぁ、言えないでしょ」
パンをもごもごと食べながら、思わずツッコミを入れてしまう。
よもやゲーム世界の魔物が出てきましたーなんて。おいそれと口に出せないよ。
記者会見でそんなこと言ったら、見た人以外は絶対信じない。気がおかしくなったんじゃないかと疑うだろう。
しかも昨日の夜起こったばかりのことで、プレイヤー以外は正確に情報を収集できた人がいたとは思えない。なにせ一番真実に近いことを知っていたのは、あのダンジョン前で戦い続けた私達だ。
そんなプレイヤーの誰かから事情を聞き、できれば複数人に事実確認をして、状況を総合してようやく正確な発表をするにしても……。
「やっぱ無理でしょ。ゲームのダンジョンが現れたーとか」
会社の稟議書に、そんなこと書いたら激怒される。
子どもが先生に話したとしても「お子さんは空想癖が強いようで……普段のお子さんとの関りが少なくて、寂しがっているようなことはありませんか?」と親が言われること間違いなし。
「かといって、どうするんだろう」
私も、どうしたらいいのか。
疲労困憊すぎて、何も考えずに帰ってきて休んでいる。
でも、またダンジョンが現れてしまったら……。
「青いラインの時間からすると、夜の六時ごろまでは持つと思うんだけど……。なにか情報ないかな」
間違いなく、ゲームの中やゲームをした人たちの間では話題になっているはず。
まずはゲーム関連の情報をネットで探す。
「あーある。けど」
事実に基づいたものが結構出てるけど、遭遇した人が限定的だったせいで、見ていない人とバトルが続いていた。
嘘つきと言われて怒り出すプレイヤー。
プレイヤーの話を信じて、嘘だと言う相手を攻撃する人。
なだめながら、結局どっちも眉唾話にしたがる人。
何かの思惑があって、隠ぺいしようとするプレイヤー。
「カオスだわ……」
ネットの中を見ていっても、必要な情報を拾うにはとんでもなく苦労しそうだった。徹夜明けにはキツイ。
「うーん」
やっぱりゲームに入って、プレイヤー同士で話を聞いたりした方がいい。もしくは、昨日会った人達とコンタクトをとるべき。
そう判断した私は、VRヘッドセットとグローブを装着。
ベッドに寝転んで、目にヘッドセットのグラスを下ろす。
「コンタクト」
その言葉で、すでにゲーム機器と接続されて電源も入っていたので、速やかにゲーム世界へ導かれた。
目を閉じ、開く。
すると風景が変わっている。
桜色や白に青の花々が咲く花壇。
石畳の道の両脇に並ぶ煉瓦造りの家は、窓辺に赤い花を飾っている。
どこかヨーロッパの明るく可愛らしい街を思わせる光景だ。
皮膚感覚まではごまかせないので、寝台に横になっている感覚は残っているのだけど、本に集中している時のように意識がゲームへ向いてしまえば、あまり気にならない。
私は歩き出す。
これは「歩きたい、ジャンプしたい」と思えば、想像通りに体が動くようになっている。
やがて到着したのは大きな広場だ。
沢山の人達が集まって話している。いつもより人数は多い。
ゲームらしく、鎧やローブを着たり、着ぐるみで揃えているグループもいる。
小柄な二足歩行のウサギの種族も、キツネや熊の種族もいて、雑多でにぎやかだ。
「いよいよ! リアルで暴れられる!」
「いい動画取れるといいなぁ」
意気揚々としている集団もいれば、困り顔をしている集団もいた。
「どうなるんだろう。このままゲーム続けてていいのかな?」
「ゲームしてると巻き込まれるわけじゃないんでしょ?」
そしてグループを一組見かける。
「イオンちゃん……」
「病院どこ?」
「目撃した人から聞いただけだからわかんない。ログインするか、SNSで連絡くれたらいいんだけど。リアルの連絡先わかんないし」
仲間が巻き込まれて怪我をしたようだ。
病院の話をしているということは、大怪我で入院したのかもしれない。
リアルに出現したダンジョンについて、怪我に関する話をしていた人は他にもいた。
「最後は剣士三人に治療士だけで乗り切ったって」
「ぐぇ、MP尽きたら詰む奴」
治療士が一人しかいなかった私達も、そうなってもおかしくなかったんだよねと思う。
「早々に錬金士の砂時計で乗り切ったとこがあるって」
「SNSで拡散してたみたいだけど、とっさで見る余裕のない奴ばっかりだったから、みんなギリギリだったみたいだね」
私は足を止めそうになった。
札幌ダンジョンの話だ。
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