第16話 とにかくすべてを振り切って帰る!

 私の頭の中は大混乱だ。


 はぁ? なんでこの人達こんなとこいるの!?

 絶対中身は私みたいなゲーマーオタクだと思ってたのに、どういうこと! なんで御曹司やらがゲームやっちゃってるわけ?


 仕事とか忙しいんじゃないの!?

 おたくらみんなでゲーム配信してたけど、睡眠時間四時間とかなの!?


 まず最初にそんなことを考えたのは、本当に私の思考力が低下してたせいだと思う。

 ひとしきり、大きな会社の人達が動画配信してたことが気になった後、あらためて身バレの危機について考える。


 相手がこっちを認識してる可能性……低い。

 声を覚えている可能性……しゃべってないから大丈夫なはず。

 よし。


 ここまで確認して、私はようやく落ち着いた。

 大事なのは、口をすべらせて余計なことを言わないよう、リアルでは関わらないようにすることだけだ。

 そのためにも――。


「すみません。リアルで知らない人の車に乗るのはちょっと」


 ごくごくあたりまえの言葉に、さすがの二人も断られて当然だと思ってくれたようだ。


「それもそうだね」


「まぁ、ゲームでも話したことなかったからな」


 そしてこっちにも断らなくては。


「さすがに今日は疲れすぎて醜態をさらしそうで……。ユリアス様が気遣ってくださったのはとてもありがたかったです。またの機会にお願いします!」


 断られたユリアスさんは、快くうなずいてくれる。


「女の子はいろいろあるものね。私の方こそぶしつけだったわ。またの機会によろしくね」


 無事にこの案件を処理した後、私達は各自広がって、霧のぎりぎりの範囲まで探り、警察が少なそうな場所を確認した。

 結果……。

 警察はとにかく野次馬対策に追われたようで、道という道に規制線を張っている。


「このままじゃ、どこへ行っても見つかるんじゃない?」


 そんな時、先に脱出した組を送った魔術士と剣士が、いい話を聞かせてくれた。


「アバターが解除されない間は、アイテムが使えるみたいだよ」


「え!?」


 それはすごい。


「効果は、もしかして霧の外にも及びます?」


 魔術士の方がうなずいた。


「警察の目を一応引きつけておくために、破裂花火を使ったけど、道路の向こうまで回りながら火花散らしてたよ」


 それなら大丈夫だ!


「煙玉を使いましょう」


 私は提案した。


「そうか、煙玉なら煙が霧の外にも流れていくね」


「風の向きに注意しながら、何人かで広範囲に煙らせておけば、いい目くらましになるわね」


 ライゼルさんやユリアスさんも同意してくれた。

 というわけで、何人かに別れて移動した後、そして10分後に一斉に煙玉を使用することになった。

 一応一つ試してみたが、二十メートル四方を煙で充満させられた。煙は5分ぐらい残っていたので、ほどよいところかもしれない。


 そうして私がライゼルさん達と移動したのは、すすきの方面の公園の入り口が見える場所。

 警察は霧を警戒して、少し離れた場所で待機してる。

 道路のあたりには人影がない。警察が通行止めしているせいで、車も通っていなかった。


 到着してから、さらにそれぞれが離れた場所に行く。

 自分の元の姿を見られたくない人は得に、遠ざかった。

 私も自分の地味な本来の姿を見られないよう、誰からも極力離れたところへ向かう。

 そうして時間が来た。


「えい」


 灰色の砂を固めたような煙玉を、地面に投げつける。

 もわもわと煙が充満して、辺りが濃霧に包まれたようになるが。


「ぎゃあ!」


 風向きがふいに変わったのか、煙が私の方に押し寄せて来た。

 私は思わず煙に巻かれるようにしてさらに移動し、どこかの柵にぶつかった。


「これ、池の柵じゃないよね……?」


 ダンジョンの側に流れて来ていたらやっかいだ。まだ人がいて、アバターが解除された姿を見られるかもしれない。

 それでも柵沿いに進んでいく。

 煙の薄い所をみつけ、ようやく抜け出すと……。


「あ、ここだったんだ」


 ホテルの横に来ていた。

 ここからなら早々に帰れると思った私は、人が周囲にいないことを見て、ぎょっとする。

 薄くなった煙の向こうに、人影があった。


「やば!」


 慌てて逃げた私は、急いでホテルの端を移動して駐車場へ出た。

 先には警察がいたのだけど、流されてきた煙にたちまち姿が見えなくなる。

 さらに、まだ霧が薄っすら残っている場所だったのか、アバターは解除されていない。


 それをいいことに、煙玉を三つ追加。

 風を起こすアイテムで、道路を渡れるように煙の流れる方向を操作した。

 警察は煙を避けて、移動して行っている。その間を煙に紛れて抜けた。

 その間に、私のアバターが解除されていった。

 

 すっと色を塗り替えるように、私は元の暗い色の上下の服と一本結びしただけの黒髪という普段の姿になってしまっている。

 道路を渡り、さらに走って豊平川のところへ出たところで、ほっと息をつく。


 この辺りまで来ると、逆に異変を聞いてやってきたらしい野次馬らしき人をみかけるようになっていて、紛れやすかった。


「とはいえ、目立たないように帰らなくちゃ」


 すすきのから地下鉄を利用するのも、プレイヤーと鉢合わせそうで怖い。

 悩んだ私は、24時間営業の店で朝食代わりのハンバーガーを食べ、少し時間をつぶしてから帰るという、迂遠な方法をとったのだった。

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