第10話 ダンジョンを調べます

 猫の姿をした彼(声からすると男性)は、ユリアさんを見上げる。


「探索士のスキルを持っているプレイヤーなら、慎重にダンジョンに近づいて、中を少しでも確認できるんじゃないかと思うんだけど」


「それもありですね」


 探索士は、よくあるRPGゲームのシーフみたいなものだ。それよりももっと、探索するという事に特化している。レンジャーに鍵開けの技術なんかも加えたような職だ。

 メインの職にしている人は少ない。けれど、一時的に職を変えてスキルを取得すると、探索士のスキルを騎士でも剣士でも使えるようになるのだ。そういう人がいたらいいと思ったのだが。


「俺持っているから行こうか?」


 立ち上がったのは、弓術士のプレイヤーだ。


「狩人らしいゲームプレイがしたくて、探索士のサブ職とってたんだ」


「他にいないなら行ってもらえるかな? 僕も護衛のために一緒に近づく」


 ライゼルさんが立ち上がった。

  弓術士はライゼルさんと一緒に静まり返ったダンジョンの入り口へと近づいていく。

 私たちは固唾を飲んで見守る。


 そもそも私にできることなんて、回復薬を渡しておくことか、ダンジョンの近くにまた魔物が出てきた時のために、罠になるような道具を置いてくれるよう頼むことだ。

 しかし見守る時間はごく短かった。


「あれ?」


 すぐに弓術士が声を上げた。


「どうした?」


 ガントが聞く。けれど返事より先に、数歩遅れてついて行ったライゼルさんも驚きの声を上げる。


「あ、まさか」


 そうして二人してすぐに戻ってきた。


「何があったんですか?」


「時間だ」


「え?」


 ライゼルさんの返答に私は首をかしげる。


「たぶん時間を示しているんだと思う。洞窟の入り口の下に、光っている変な石があった。光っている線がある石で、その光がぐるっと一周した時に、一体何が起こるかと想像したら……」


 ライゼルさんの言わんとしていることが分かった。


「またシェルバイパーが出てくるかもしれないということですね?」


 うなずくライゼルさんと弓術士に、誰もがざわついてしまう。

 魔物の気配はないと言うので、また数人が見にいった。

 ライゼルさん達の言う通り、光る石があったようだ。マンホール大の平べったいものだったらしい。


 ……私は万が一のことがあると怖かったので、見に行かなかったけど。


「じゃあやっぱり同じように魔物が出てくるってことか?」


「いったい何回繰り返すんだ? このままじゃ夜が明けてしまう」


「貫徹するのか?」


「朝まで何時間かかると思ってるんだよ」


 魔物が再び出現する可能性が濃厚になったことで、誰もが不安そうな顔になる。

 戦うこと自体は問題ない。

 出てくる魔物を倒せることは、今までの戦闘で分かっている。


 問題は回復だ。薬が残り少ない。

 治療士のMPだって、回復には時間がかかる。誰かが大きな怪我をしたら、MPを残すために他の人の怪我が直せなくなったら……。


「逃げるわけにもいかないし」


 その時、ガントが動いた。


「今のうちにダンジョン攻略できないか? 中の様子を少し見るぐらい……」


 そう言って、ダンジョンの中に入ろうとした時だった。


「ぎゃああああ止めて止めて!」


「誰かガントを止めろ!」


「おいこらすぐ離れろ! うっかり魔物を引き寄せたら休憩どころじゃなくなるだろ!」


 マンホール石を見ていた私達は絶叫した。

 ガントがダンジョンに足を踏み入れようとしたその時、明るい声が響いた。


「帰ってきたよ!」


 手を振りながら走ってきたのは、赤と青の髪の二人組だ。

 先に引き上げる人たちを送ってきた魔法剣士と魔術士だ。

 ガントもそちらが気になったようで、ダンジョンに入るのをやめてくれた。

 はー助かった。


「どうだった?」


「どこまで行ったら、アバターは解除されるんだ?」


「周りに警察は?」


「もういっぺんに喋りかけないでよ! ひとつずつね」


 返って来た魔術師は、周囲に集まって来たプレイヤー達に、聞き取れた分を答えていった。


「警察はいなかった。どこかにはいるのかもしれないけど、僕たちが向かった、ホテルの敷地内に入る小路からだと、誰も見かけなかったよ。ホテルの駐車場とかにあいっぱいだかもしれないね」


 ほうほうとみんながうなずく。

 中島公園から直接入れるのはPホテルだ。そちらならこのダンジョンがある場所からもそう遠くない。


「天文台とかキタラがある方向は、なんだか騒がしいから避けたんだ。でもそれで正解だったみたい」


「警察の展開がしやすかったのかな?」


「あっちに魔物が漏れて行ったか、警察が公園の中に入っていたとか?」


 誰かの声に、青い髪の魔法剣士がうなずく。


「銃声みたいなのが聞こえたから多分そうだと思う」


「うわぁ。倒せたのかな」


「さすがにそこまでは……。僕たちも捕まるのは嫌だったし。でもすぐに静かになったのと、後でそっちから飛んで来たデモンバットと戦うはめになったから……」


 あ、警察から逃げたか、プレイヤーを襲うのを優先したのだろう。

 とにかく人が殺されていないといいなと、心の中で願う。


「アバターが解除されたのはホテルのすぐそばに来た時だったかな」


「意外と広くないってことか?」


 確かに想像よりも近いかもしれない。そして隠れる場所が多そうだ。


 誰もがちらちらとお互いの姿を盗み見る。

 解散するときは、お互いになるべく遠いところでアバターが解除されるようにしたいので、どこへ逃げたら誰ともかち合わないのか、頭の中で計算しているに違いない。

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