第8話 ダンジョンを見にいこう

 脱出組と付き添い二人を見送って、私達は問題の場所である、池の近くへと向かった。


 またデモンバットが出てきたら、なるべく殲滅しなければならない。

 魔物達が、脱出組を追いかけて行ったら困るから。もう、回復薬の残りがないというのに……。


「あれだ!」


 誰かが声を上げた。

 木立の向こうに池が見える。


 そのすぐ横、木々がぽつぽつと生えていただけの場所に、灰色の岩山ができていた。

 外灯しか光源がないから、本当に灰色かどうかはわからないけど。

 岩山の中心は街灯に照らされてもなお暗く、その向こうが見通せない。


「あれがダンジョン」


 つぶやいた私は、既視感に首をかしげた。


「どこかで見たことがあるような」


「私もなんだか見たことある気がします」


 私と一緒に後方組にいた山姥さんも、同意してくれた。


「おい来たぞ!」


 掛け声に身構える。

 パタパタと忙しない羽音と共に、街灯の下に巨大なコウモリが現れた。


「ファイアウィップ」


 魔術士の炎が、鞭のようにしなりながらデモンバットに襲いかかる。

 その足を取られた瞬間に、全身が炎になって燃え上がり、消滅した。


「慣れてきたわね」


「はい!」


 ユリアス様にそう言われた魔術士の女の子は、とても嬉しそうだ。


「おい次来るぞ!」


 注意喚起されるまでもなく、残った全員が、ダンジョンから飛び出してくるデモンバットに対処する。

  ユリアス様が言った通り、誰もが戦闘に慣れてきたようだ。レベルの高いプレーヤーは難なく倒していく。

 この私でさえ、錬金術の瓶を投げつけて、デモンバットを三匹仕留めた。


「でもリアルで、強酸攻撃はしたくなかった……」


 他の品物を作るためにたくさん作っていたので、1番これが使いやすかった。

 だけどコウモリが溶けていく様を見るのは気分が良くない……。暗くて見えづらいことに、私は心底感謝した。


 やがてコウモリを倒しつくせそうになった時、異質な音が響いた。


 カチャカチャカチャカチャ。


 いくつもの貝殻を重ね合わせて動かしたような音。

 やがて洞窟の奥から、青白い、てらてらと光る蛇が姿を現す。

 あの音は、蛇の鱗が擦れ合う音だったみたいだ。


「シェルバイパー……」


 ライゼルさんがつぶやく。

 私も思い出す。これはゲームのダンジョンよく出てくる、低階層のボス魔物だ。


「レベルは20ってところかしら」


「レベル10ぐらいのプレイヤーが、6人ぐらいで囲んで倒す代物だが……」


 ユリアスさんとガントが、それぞれ剣を構え直した。


「今の僕たちもそのつもりで挑んだ方がいいと思う。なにせゲームと違って、多少は痛みを感じるし、動きも鈍い。プレイヤーの職種のバランスもちょっと悪いからね……騎士は何人いた?」


 ライゼルさんの表情が、真剣なものに変わった。


「私含めて5人」


「なるべく交代で」?


「了解」


 短い言葉でその意思を伝え合うと、ユリアスさんが自分と同じ騎士達に呼び掛けた。


「最初は私が行くから、騎士の人は2人が私の後ろについて。残りは遊撃をお願い!」


 承諾の答えは聞かずに、ユリアスさんは私たちの先頭に立つ。

 剣を高々と掲げた。


「光よ!」


 ユリアスさんの声とともに、剣が発光し始める。

 真っ白な光に、あたりが照らされた。

 真剣な眼差しのライゼルさん、ガント、初めて見る剣士や三人の騎士たち、魔法剣士が二人に魔術士が三人。弓術士に薬剤士に治療士と、錬金士の私。


 ――そして戦闘が始まった。


 シェルバイパーは

 彼ら魔物は、悪魔化された生き物ということになっている。

 そのため光に目が釘付けになりやすい――という設定のもと、騎士が自分達に注意を引きつけ、他の職種のプレイヤーが後方や横から攻撃を加えるのが、ゲームの定石になっている。


 戦闘が始まってすぐに、私は治療士が一人だけという状況に焦りを感じた。


「回復が間に合わない……」


 みんなは今までのゲームと同じような戦い方をしている。

 壁役になる騎士たちが、仲間をカバーリングして防御し、攻撃力を強化した魔法剣士や魔法士がダメージを与えていく。


 だけどそれでは騎士のダメージ量が大きすぎた。

 シェルバイパーの尻尾で薙ぎ払われると、巨大な蛇という圧迫感に動きが遅れてしまって、まともにくらってしまうことが多い。


 それはゲームの特質のせいでもある。

 悪魔達の手先や悪魔である敵に対して、盾も剣も聖別された物でなければ効かないという設定がゲームにあり、盾は特に劣化が早い。

 そのため高価な盾も補修や聖別が間に合わずにボロボロになってしまうので、ゲームで盾を使う人が少ないのだ。


 よって、ダメージ回避は自分の素早さに頼るしかないのだけど、それが上手くいっていない。


 騎士達の回復薬が1人ずつ尽きていく。

 後方にいた騎士と、防御役を交代するけれど、それでも数分しかもたない。


「何か考えないと」


 できれば今すぐに。


「どうしたら。思いつけ私!」


 急いでるのになかなかいい案が浮かばない。

 騎士にカバーリングを止めさせれば、途端に他の防御力が低いプレイヤー達がやられてしまう。避けさせてばかり言っても、後ろの魔法剣士たちが攻撃を受けることになってしまいそうだ。


「かわさないで、戦いながら……盾役がいない……盾?」


 私はふっと思いつく。

 すぐに近くにいたライゼルさんに頼んだ。


「すみませんライゼルさん! その辺の木を二・三本切り倒せませんか!? シェルバイパーを囲むように」

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