第6話 状況把握を進めよう
再び清寂が訪れる。
私の頭の中にもいろんな仮定が思い浮かんだ。
警察はどうだ。携帯してる拳銃では、熊すら倒せないと聞いたことがある。魔物に対峙した時、倒すまでにいったい何人の警官が怪我をするだろう。
自衛隊はどうか。
まさか戦車を持ってくるわけにもいかないはず。堂々と銃火器を使うのも、制限がありそう。
「そもそも怪我をして、回復薬なんて使えるの?」
「救急車で病院行きか? それだと回復にかなり時間がかかるし、うっかり骨までやられたりとかしたら……」
「うえ……」
ガントの近くにいたプレイヤーがげっそりした表情になる。
「やるしかないじゃん俺たちで」
ガントと、真っ先にそう言いそうないライゼルさんは何も言わない。二人は口を引き結んでいた。
「うちには娘がいるんだ」
つぶやいたのは、猫獣人のプレイヤーだ。
「もう子どもは寝てる時間だろ。騒ぎが起こっても起きないやつは、そのまま襲われたりしないのか? 万が一うちの近くにまで来たら……」
「……やりましょう」
その時一人の女性が進み出てきた。
ガントが呼び集めたから、私たちがいるところが、集まった人の中心になっていた。
そこに桜色の髪をポニーテールにして、銀の胸当てに白い裾長のコートを着た女騎士が立った。
プレイヤーの間から、ざわめきが起きた。
「ユリアス様……」
「薔薇の騎士ユリアスだ」
彼女もゲームでは有名人。白百合というのは、その美しいアバターと、本人の物らしい美しい響きのアルトの声。そして強さからだ。
ユリアスさんは女性ばかりのプレイヤーギルドに所属している。
その名も薔薇騎士団。
彼女自身は副団長で、団長はユリアスさんの友人、兎獣人の騎士だ。
薔薇騎士団もオンライン上にゲーム動画を上げているのだけど、それが団長の実況で流されている。
私も度々見ているけれど、女の子のみの団体による攻略も、なかなか面白かった。
いいなぁ、入ってみたいなと思うものの、生来の引っ込み思案で眺めるばかりの憧れのギルドだ。
そんな中で、特に異彩を放っているのがユリアスさん。
彼女は騎士だけど、味方をカバーリングしつつも特殊技能で魔物にも高ダメージを与える戦い方が、ヒーローのようにカッコいいのだ。
私も密かに、ユリアスさんのファンだった。彼女に守られてみたいなんて思ったこともある。
そんな人が、まさか同じ土地に住んでいたなんて。
「ああ、札幌で暮らしていてよかった」
心の声が漏れてしまう。
だって生ユリアスさんと会えるのだから!
聞こえてしまったらしくユリアスさんが振り返った。
「ありがと黒ずきんちゃん。私も黒ずきんちゃんと同じ土地に住んでいてよかったわ」
微笑みと同時にこぼれたそのお声から、周囲に薔薇の花が咲き乱れるような気がした。
「黒ずきん?」
「え、黒ずきんがいるんだ。引きこもりニートで人嫌いだって聞いたけど本当かな」
その時聞こえた声に、私は苦笑いする。引きこもりニートってどっから出て来たのよ。
「だいぶいろんなオフライン飲み会に誘われても、絶対来ないって聞くもんね」
そういうことか。うっかりポロポロと自分の内容を話してしまいそうなのが怖くて、ろくに人と交流しないからそんな噂が立ったらしい。
オフに行かないせいで、引きこもりだと思ったようだ。
ユリアスさんにも聞こえていたらしく、美しい声でお笑いになった。
「初めまして黒ずきんちゃん。活動を見ている限りは、人嫌いには思えなかったけど……」
「なぜそうお考えに?」
むしろユリアスさんのその感覚が不思議で、私は尋ねてみた。
なにせソロのRPGプレイをしているプレイヤーは、人嫌いと言われても仕方ないから。
「けっこういろんなプレイヤーのお店に、品を卸してるでしょう? だから交流を嫌っているのではないと思って」
なるほど。現実的な方面を見ていらっしゃったらしい。
ユリアスさんが宥めるように肩を叩いた。
「まぁ、いろいろ言われるのは大変よね。私も色んな噂が立っている身だから」
私はユリアスさんに関する『色んな噂』を思い出す。
例えば実は男だとか。
いいやオネエだとか。
実は小さい女の子だったとか。
一番ありそうなのは、どこかの企業の女社長だという噂だ。
そうだったらいいな。きっと現実でもかっこいいだろうなぁ、なんて私は想像を膨らませてしまう。
「ところで治療士は何人いるかしら?」
そんな私をよそに、ユリアスさんが呼びかける。
回復薬の足りない人がたくさんいたからだろう。治療士がいれば、回復薬よりも効率的に傷を直すことができるから。
「わ、私は治療士です……」
手を挙げたのは、二足歩行の犬の姿をした人物。老犬ぽい感じのキャラ造形で、なぜか着物を着ている。犬獣人の治療士だ。
「山姥と言います」
犬獣人の老女っぽいキャラ設定と衣装はその名前に合わせたものらしい。しかしなぜ山姥の名前で治療士をしようとしたのか。
「ええと、他は?」
ユリアスさんも、ややうろたえながら他にいないのかと呼びかけた。
しかし誰も答えない。
「これは回復薬が尽きた後のことも考えないと……」
ライゼルさんのつぶやきに、周囲の人間がみんなうなずく。
回復薬が尽きてしまったら、治療士頼みになってしまう。MPも限界があるから、永遠に直し続けられない。
「方針は早く決めましょう。いつまた魔物が出てくるかわからない」
「そうだな」
急かすユリアスさんにガントがうなずく。
「回復薬が尽きた後、離脱する順番を決めるべきかもしれない。怪我が治せなくなった後のことも考えないと。もしアバターの姿で死んだ場合に、ゲームと同じように復活できるかどうか、保証できないからね」
ライゼルさんの言葉に、誰もが下を向いてしまう。
みんな可能性は考えていた。この姿で死んだ場合一体どうなってしまうのが、ということを。
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