第5話 ひとまずの小休止

「そういえば、黒ずきんさんはアイテムボックスが使えるって言ってたよね?」


 ライゼルさんが近づいて来て、私にそう尋ねた。


「はい。私は鞄の中にこうやって手を突っ込むと、取り出したい物がそこに見えるんですよ」


 でもきちんと整理された鞄の中に、アイテムボックスと同じだけの容量があるわけもない。ただゲームをVRでしていたおかげで、そんなふうに取り出すものだと思っているので、違和感はない。


「でも鞄を持ってなくても、ゲームではアイテムボックスが使えましたし。どうしてなんでしょうか」


 アイテムボックスは見えないストレージみたいなものだ。アイテムボックスというアイテムを持っているわけではない。


 するとどこかで、「回復薬ありますよ」という声が聞こえた。

 回復薬があると言ったのは、生産系の職業の人だ。多分薬剤士。

 見ていると、少年薬剤士も鞄を持っていた。


「ライゼルさんは、ゲーム内では鞄を持っていないんですよね?」


「そうだね」


「今から鞄を装備する事ってできないんですか?」


 ライゼルさんがハッとしたような顔をした。

 けれどすぐに、「駄目だろうね」と言う。


「ゲームみたいにメニュー画面を出せない以上、装備品を変えることもできないよ」


「そうでした……」


 さっきからあれこれと観察しつつも試していたけれど、目の前で指を動かそうがなにをしようが、ゲームのメニュー画面は出てこない。ということは、今持ったり装備している物だけが、現場で使える、ということだ。


「装備品と所持品から考えて、これはゲームに最後にログオフした時の状態に近いかも……。だから薬もあまりパカパカ使えない」


 私は前回のログオフ時、戦闘をしていたわけではない。錬金士のスキルで作成作業をしていていた。ただ街の中に入れば装備品の武器系は表示されなくなるので、特に問題もないのでそのままにしている。

 よって、装備していた聖石の杖を持っている。


 一方で作成作業をしていたせいで、戦闘に出る前のように回復薬をたくさん持っていたわけではなかった。

 アイテムボックスに放り込んだ物が取り出せる状態だけど、潤沢にあるわけではない。


「そして逃げるにしても戦うにしても、何かの拍子に怪我をする……」


 私の独り言を聞いていたライゼルさんがうなずく。


「ゲームだったらHPが10削れるようなものでも、十分に影響があると思う。今こうしてアバターの姿でいる間は痛くなくても、元の世界に戻ることができた瞬間から、この怪我がどんな影響を自分に与えるのか全く予想がつかないよ」


 腕にざっくりと傷ができている人など、泣き叫ぶような羽目になってしまいそう……。

 そう考えると、あまり痛みを感じずに済んでいることは幸いだったな。

 リアルでこんな傷を負った時の事なんて考えたくもない。絶対に痛いに決まってるし、止血とか必要になるんじゃないだろうか。


「そもそも、これからどうしたらいいのか」


 つぶやいていると、ライゼルさんが近くの人に呼びかけていた。


「誰か、公園の外のことを知らないか? 怪我をしたら逃げられそうなのか、そしてこのゲームのアバターを動かしている状態は、解除されるのか知ってる人がいたら、教えてくれ」


 その呼びかけに答えた人がいた。


「外も混乱してたぞ。急に森ができたんだからな。夜中で車の通りも少なかったから事故も起こってないみたいだったが」


「でも悲鳴をあげて逃げてる人は見かけたよ。何があったかと思ってここへ来たら、アバターの姿になっちゃって……」


 二人ほど外の様子を見た人がいるようだ。


「そのまま逃げなかったのか?」


「ここからちょっと離れたぐらいじゃ、元の姿に戻らないんだよ」 


「げ……」


 呻き声があちこちから上がる。

 みんな同じ気持ちだったはずだ。


 ――自分の趣味が前回のアバター姿を、誰にも見られたくない!


 ちょっと離れてすぐに姿に変化があるのなら、人目を避けたところで元の姿に戻るのを待ち、どこかに逃げることができる。

 だけどどれくらい離れたら姿が元に戻るのか、予測がつかないのは困る。


 私だってそうだ。

 この年齢で、こんな可愛いひらひらの服を着たかったんだろうとか(そういう願望はなくもないけど)、子供に戻りたかったとか思われたら、恥ずか死にする!


「周囲に広まったら生きていけない……」


 会社の人たちに見られてしまったら、退職する以外に道がない。ずっとゲームの姿のことを揶揄されながら仕事をするなんて、考えただけで頭がおかしくなりそう。

 誰もが黙りこんだ。


「どうやったら……このアバター姿を見られずに、帰れるんだ?」


「私に聞かないでよ」


「聞いてないだろ、独り言だよ」


 ぼそぼそと喋る声。

 そんな中、誰かが自分の疑問を口にした。


「そもそもさ、魔物ってこの公園から外には出ないのか? 出たとして誰が退治できるんだ?」

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