第2話 なんでかゲームの中みたいな状況に

 うん、剣士……。

 剣道をしている人という意味ではない。

 その人は、ゲームのキャラみたいに、長い濃厚のマントを羽織り、詰襟の刺繍の装飾が多い濃紺の裾長の上着を着ていた。


 裾長のその服も、マントも、見たことがある形だ。私がちまちまプレイしている、ゲーム「ゲート・IA」にとてもよく似てる。


「なんで、プレイヤーがこんなところに……」


 つぶやいたところで、私はハッと自分の口を押さえる。

 プレイヤーという単語を出すなんて、一般人ではありえない。誰かに聞かれて、おかしいと思われたら嫌だ。

 そんな私の目の前で、デモンバットは剣を突き刺され、白い光になって消えた。


 そしてカツンと音がして、芝の上に石が落ちる。

 外灯の光にきらっと輝いて見えたのは、まさか宝石?


「消え方までゲーム通り」


 一体何なんだと思った私は、気合の入った声に振り向く。

 右手側には、同じようにデモンバットに魔法を打ち込む魔術師がいた。

 背後には、炎をまとわせた剣を持ちながら、腰が引けたまま剣を振り回す白い鎧の騎士が。


「まさか、ゲームの夢見てるとか? あははは」


 そんな気がしてきたのだけど、誰かに手を引かれて、背中に庇われた。


「まず状況を認識して。君は黒ずきんじゃないかい?」

「え?」


 その呼び名に、ようやく私は異常を感じた。

 目の前の男性が、あまりに背が高すぎる。ふと横を見れば、近くのベンチも少し大きく見えた。


「黒ずきん……」


 そしてこの呼び名だ。

 私のゲームの中での、アバターのあだ名。


 引っ張られた手を見れば、白いレースの着いたブラウスの袖から、いつも見ている物より華奢な細い手が伸びている。

 肩には黒のケープらしい布の端が見える。コルセット付きのスカートの色は紅茶色。スカートの下にも白いレースのパニエを身につけている。


 ここまで来たら自分で見なくても分かった。

 髪は長く波打つミルクティー色のはずだ。黒いケープにはフードがついていて……。ああ、やっぱり被ってる。間違いない。


「ちょっ、なんで私、アバターに!?」


 間違いない。ゲーム「ゲート・IA」で使っているアバター、可愛い十五歳くらいの女の子に設定した私のキャラ『カヤ』だ。


「ぎやああああああ!」


 叫ぶしかなかった。

 地味な紺のスーツ着て仕事でくたびれてた所を、急に夢の世界に放り込まれ、自分の願望を見せつけられたこの衝撃!


(なんでこんな痛いことしたの私! アラサーなのに! 十五歳! アラサーなのに!)


「驚くのはわかるけど落ち着いて」


 声をかけてくれた青年の方は、新たに飛んできたコウモリを、炎を纏わせた剣で切り裂く。

 この剣士の慣れた動作のせいで、ゲームの中に入っているような気分になった。おかげで私は少し落ち着いた。


(大丈夫。この人も中身はおじさんかもしれないわ。ただ単に若々しい青年のアバター使っているだけよ!)


 自分をそうやって慰めて、私は深呼吸してから改めて彼の顔を見上げた。

 背は高いけれど185㎝という感じかな。

 アッシュブラウンの髪に、青い瞳。典型的な王子様、という容姿をしている。

 そしてゲームの中でも、彼を見たことがあった。


「青のライゼルさん……?」

「うん。君にも知っていてもらえて嬉しいよ、黒ずきんさん」


 彼は穏やかな表情で、私を振り返った。

 ゲームの中で有名な魔法剣士、青のライゼル。

 まぁ青い服着てるから、そう呼ばれているんだけど。


 あと沢山人が参加しているから同じ名前の人っているんだよね。多分「カヤ」なんてプレイヤー名の人は他にもいるんだろう。

 だから目印に二つ名をつけて呼ぶのが、けっこうメジャーになってる。


 ただ、「ゲート・IA」はMMORPGと銘打っておきながら、一方で「ほとんどVRRPGだろ」と言われている。

 その理由は、普通のPRGのように一人だけでゲームができるから。


 町の外へ出ると「個人モード」「パーティーモード」というものを選べる。

 この「個人モード」を使うと、据え置きのRPGのごとくに、一人きりでフィールドやダンジョン攻略ができる。

 そのために、町中では仲間になるNPCも用意されている。NPCをミニクエストで仲間にして、一緒に町の外へ出かけるのだ。


 この時、他のプレイヤーの姿を見かけることはない。

 コミュ障気味の私に優しいし、じっくりゲームに一人で没頭できるからと評判になった機能だ。


 ただMMO的な側面もある。

 町中では普通に他のプレイヤーと話したり売り買いができるのだ。町の中だけで他人と交流し、外ではNPCを連れて普通のRPGをVRで楽しむという人は多い。

 NPCと攻略をしている人も、ダンジョンでの攻略速度やモンスターを倒した数のランキング、ダメージランキングが町の掲示板に載るので、交流しなくても噂に上る。


 一方の「パーティーモード」は、他のプレイヤーとパーティーを結成して、一緒に参加できるものだ。

 これは普通のMMOらしくあちこちで「パーティーモード」で戦闘している人が見えるし、交流もできる。


 青のライゼルさんは、仲間とダンジョン攻略をし、その様子を動画配信もしているタイプのプレイヤーだ。なので、町中でしかプレイヤーと交流をしていない私でも知っていた。

 配信、何度か見せてもらってました。


 一方で、ライゼルさんが私を知っている理由だけど……。

 錬金士の職業を選んでいるので、物を作っては町中で売ってる。その品が、ちょっと売れ行きがいいことで、人に知られるようになっていた。 


「ええと、これは一体?」


 思い出したおかげで、ゲーム内にいるのと同じ意識に切り替わったらしく、私はようやく気持ちが落ち着いた。

 次に気にするべきは、なぜ『モンスターがいるのか』だ。

 まだ周囲では戦闘が続いている。


「僕にもわからない」


 答えたライゼルさんは、数歩だけ離れて飛んできたデモンバットを斬り捨てる。

 それから私を振り返った。


「たしかなことは、ここにゲームの世界が繋がってしまったんじゃないか? ということかな」

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