オフラインゲート ―社会的デスゲームを回避したいので、ダンジョン攻略します―
佐槻奏多
第1話 始まりのその時
その時、私はふらふらと公園の中を歩いていた。
遊歩道があり、池やコンサートホール、天文台なんてものまである、市の中心部にあるのに、やたら広い公園だ。
ふらふらと歩きつつも、それが運動になって気晴らしになるくらいの広さがある。
大通り公園でもよかったのだけど、あそこは顔見知りに会う確率が高すぎて嫌だった。
手に持っていたカフェオレのパックはもう空だ。捨てようにもゴミ箱がない。仕方なくコンビニでもらったビニール袋の中に入れて、こげ茶色のバッグの中に押し込んだ。
そろそろ歩き疲れたなと、私は立ち止まる。
街灯に照らされてもなお黒い、池の水面を見ていると、昼間会社で言われた言葉をまだ思い出してしまった。
「伊織さん、地味おばさんのくせに、よその社員でもかっこいい人だと態度が変わるのね」
「本当は男好きなんじゃないの?」
会社に来ていた他社の男性社員。
私は横を通り抜けようとして、ぶつかりかけたから「すみません」と言ってお辞儀をしただけだ。
「かわいそうよぉ。契約さんだから、褒められたところでお給料も上がらないんだから」
「美香ちゃんやっさしーい。転職二回なんて、絶対伊織さんがなんかやらかしたとしか思えないのに」
こんな風に目の敵にされた原因は、ささいな出来事だった。
私が上司から褒められたのが気に食わなかっただけ。彼女達のうちの一人が、同じことをしていたのに、注意ばかりされていただけ。
でも私が事実を盾に戦えば戦うほど、自分達を傷つける人間だと反発するだけ。
彼女たちにとっては事実が大事なのではない。自分達の気持ちを乱したり不安にさせることが罪なのだ。
「27歳にもなってさ、こんな面倒ごとになるなんて」
伊織(イオリ)香耶(カヤ)27歳。面倒ごとに毎日襲われて気力が尽きそうになってる。
「あー一生ゲームだけしてたい。早く帰ろ」
少なくともゲームをしている間は楽しい。続きをやりたいから生きていける気がする。それに素直にほめてくれる人も、それで貢献できることもあるので楽しい。
「現実でも錬金術士みたいな職業があったらよかったのにな」
つぶやきながら、来た道を戻ろうとした時だった。
――ふっと胸の中を風が吹き抜けていくような感覚が起きた。
寒気?
この北国札幌だって、五月だからもう春らしい気温になっている。
だけどふと気づけば、うっすらと霧が出て来ていた。
「霧のせいで冷えたのかな」
薄手のコートを着ていたけれど、それでも足りなかったかも。
なんて思っていたら、突然霧が深くなる。
「うえっ!?」
目の前が一瞬真っ白になった。
思わず顔を手でかばったけれど、次に目を開いたらそこまで濃い霧じゃなかった。
うっすらと周囲を覆っていて、次第に薄れていく。
「帰ろか……」
さすがにそう思った時、寄りかかっていた木に何かが衝突した。
「なに!?」
驚いて木から離れる。
街灯が遠い。だからはっきりとは見えないはずなのに、なぜかとても夜目がきく。
黒い木の幹に、四肢を使って張り付いた一匹のコウモリの姿が、ちゃんとわかった。
黒にうっすら紫がかった被膜は、ベルベットのよう。形はこうもりにそっくりだけど、大きさがおかしい。
人間の子どもぐらいの大きさがある。
しかも、物凄く見覚えがあった。
「なんでこんなところに、デモンバットがいるの!?」
何度見たって、その巨大なコウモリは、最近私がずっと遊んでいるゲームのモンスターにそっくりだった。
なまじVRなゲームなので、飛ぶ様子から迫って来る時に開いた口の赤さや牙の様子まで同じで、既視感にあふれている。
「ひいっ」
逃げよう。
とっさに動けたのは良かった。
その一瞬後、私がいた場所にコウモリが突撃していたからだ。
獲物を捕まえられなかったからか、コウモリはキーキーと鳴きながら飛んでくる。
「え、ちょっ、嘘でしょ!?」
私は必死に走った。
でも足が震えて、止まってしまいそうだ。
もしそんなことをしてしまったら、あっという間にこのデモンバットに殺されてしまう。
「夢? 夢だったら早く覚めてぇぇぇ!」
死にたくない。叫びながら必死に逃げていたら。
「右に曲がって!」
その声にとっさに従う。
急カーブで右に曲がった。
背後で重たい袋が叩きつけられるような音がして、思わず振り返る。
そして私の足が止まった。
「え……」
そこにはデモンバットの爪を剣で受け止めた剣士の姿があった。
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