第83話 四神激突!

「ぅうおおりゃぁっ!!」


 まず仕掛けたのは赤銅色の肌の男だった。石突きから刃先まで朱で塗られた皆朱の槍。その長大な柄を叩きつけるように左近にぶつける。


「はっ!」


 左近は【木】の木を操り突風を発生させると、真横に逃げるように跳んだ。珍しい。左近ならこの初撃は太刀で受け止め、そのまま攻めに転じるかと思ったが……


「ふ、察しがいいな。だが!」


 一撃を回避された赤銅色の男は、そのまま槍を振り抜く。その勢いは風となって周囲に拡散される。その風は熱を帯びていた。【火】の気による追撃。そうか、コレを警戒したのか。

 男の槍は、まるでそれ自体が炎の塊になったように、猛烈な熱気を撒き散らしている。その熱は、空気を焼き、地面を焦がし、高速で回転する炎の旋風を男の周囲に発生させた。


「前田慶次郎、良い技を持つ男だ。俺の【火】の芸事と、実によく馴染む」


 男は己の持つ力量を慈しむように言った。前田慶次郎の名は三成も知っている。

 前田家に当代無双の豪傑あり。そう評判の武者がいた。武芸に秀で、歌や舞を好み、派手な遊びを愛する男。豊臣家中にもその評判は聞こえてきたが、従兄弟にあたる主君・前田利家との不仲から前田家を出奔。今は牢人者として諸国を放浪しているとの噂だった。しかしまさか、天将を降ろしていたとは。


「はっ……たあっ……!」


 高熱の旋風の隙間を縫うように、紫色の光が走る。左近が高速で移動し、慶次郎が放つ炎の旋風をかいくぐる。その時に生じる電光だった。


「相変わらずピカピカチョコマカと小うるさい奴だな青龍!」

「言ってろ!!」


バチバチと、三成の肌を刺すような痛みが走った。待機中に流れる【木】の気が、左近の放つ電撃に感応し、爆ぜている。アイツもいつになく本気のようだが……


 しかしどうする左近?


 二人の戦いを見ながら、三成は焦りを抱いていた。雷剣。【木】の霊気を攻撃に特化させた、左近の得意技。風を操り縦横無尽に駆け、雷剣で斬り込むのが左近の戦型だ。しかし十二天将・朱雀に、それが通じるとは思えない。

 四神の一つ、朱雀の別名は「炎帝」という。そして熱の旋風を伴う槍。名前と技からして、この男が【火】の使い手であることは明らかだ。

 薪をくべた焔が燃え盛るように、【火】の気は【木】を吸収して勢いを増す。雷剣は奴の糧にしかならない。


「逃げてばかりでは俺は倒せねえぞ!!」


 もちろん左近もそれを承知しているはずだ。だから雷剣は牽制にしか用いず、相手の攻撃を避けることに徹している。

 一瞬でもいい。相手の隙を見逃さず、霊気を伴わない純粋な剣技で仕留める。それしか勝機はない。

 しかしこの男の槍に、そんな隙が生じるとは思えなかった。




「いくぞ!!」


 一方で服部半蔵たちの戦いも始まっていた。半蔵は異様なまでに姿勢を低くし、その格好のまま槍を前に突き出して、老人目掛けて疾駆した。天将としての彼女の名前の通り、虎が獲物を追い込むような、しなやかな動きだった。


「はあっ!」


 ほとんど顔が地面に付くんじゃないかとというような位置から、半蔵は槍を突き上げた。下から顎を突き上げるような軌道で、穂先が伸びる。

 前田慶次郎が振り回す事に特化した槍術だとしたら、半蔵のそれは衝くことを重視しているようだ。驚くべき高速度で、半蔵の槍は老人の首を衝き上げた……かに見えた。


「相変わらず無駄な動きが多いな、白虎」


 殺し合いの場には不釣り合いに感じる穏やかな声。老人は目を閉じたまま、首を少し捻るだけで半蔵の一撃をかわしていた。


「ああそうかい!」


 半蔵は続け様に、槍を引く。半蔵の槍は、穂先の左右から鎌が伸びている十文字槍だ。それも並の武人が扱うものよりも鎌の長さは長大で、このまま引けば老人の首を刈り取る事が出来そうだった。


「ふ……」


 ガキン!と大きな金属音。老人はいつの間にか小太刀を抜き、その刃を背中に回していた。半蔵の槍は、その刀に阻まれ老人首に達することはなかった。これらの動作の間も、老人は目を瞑ったままだ。


 そうか、あの男が富田勢源……。三成はかつて目を通した記録の事を思い出す。それは天下に聞こえる武芸者についての報告だった。

 盲目ながら小太刀を極めた男。秀吉もこの老人に興味を持ち、剣術師範として迎え入れようとした。しかし勢源は、老境である事を理由に固辞。その後の足取りは不明だった。


「なにが老境だ」


 三成はつぶやく。神を降ろしたその老人の剣技は冴え渡っていた。同じく神降ろしである服部半蔵の猛襲を最低限の動作のみでいなしている。

 これが心眼というやつか? もともと視力を失っている男ならば、霊気の流れだけで相手の動きを読むなど雑作もないのだろう。


 左近、慶次郎、半蔵、勢源。四人の武神たちの戦いは始まったばかりだった。

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