第81話 罠
諸大名の陣屋がひしめく道を、鉄張りの模型船は疾走する。途中、何度も敵部隊とぶつかったがこの勢いの敵ではなかった。
騎馬の機動力を殺すために道に置かれた逆茂木も、天后の操る船の前には意味がない。全て高速度で循環する霊水のうねりに飲み込まれ、細かく砕かれ、後方へと吐き出されていく。
鉄砲の射程圏外から、一気に距離を詰める。足軽たちが火皿に火薬を乗せ、弾を込め、火縄を火びさみに付けるよりも早く、船は彼らに到達する。
馬より大きく、馬より速いものと真正面から相手しようと思うような足軽はいない。彼らはたちどころに戦意を喪失し、蹴散らされていった。
側面や後方からの攻撃ももちろんあった。官兵衛に与する将が陣屋からの矢や鉄砲を放ってくる。しかし高速度で猛進する船の動きを、横や後ろから止めることは不可能であり、ほぼ意味をなさなかった。
「何じゃ、張り合いのない」
太刀に手をかけ、いつでも抜ける状態で構えていた左近は、つまらなそうに言った。
「雑魚など放っておけ、青龍。どうせすぐに大物が現れる」
半蔵は真っ直ぐ進行方向を見据えながら言う。
そうだ。この女妖怪の言う通り、官兵衛はどこかで天将をぶつけてくるはずだ。その時は、左近と半蔵に相手をさせて、三成と天后はそのままこの船で城に入る。そういう策だ。
しかし……
少し、妙な気もした。あの黒田官兵衛が、ここまで三成に思う通りにさせるとは。もう少しこちらが手こずるような罠を用意していると考えていた。が、そんなものはどこにも無かった。
道の右手には前田利家が建てた陣屋の板塀が続く。もうこの城塞都市の中枢部だ。前田陣屋を抜ければ程なく本城の大手門が……
「竹に雀…?」
陣屋の塀沿いに立つ旗指物に目が止まった。違う! 今通っているのは城へ向かう道ではない!!
前田家の家紋は、梅鉢紋だ。利家が末裔だと自称している菅原道真にゆかりのある紋。それ以外の紋は旗に用いていないはずだ。
竹に雀は越後の上杉家の家紋。となれば、この陣屋は上杉景勝のものということになる。馬鹿な。ありえない! 上杉陣屋は本城よりも北側。岬の中頃に、海上からの攻めに備えるように建てられている。本城を挟んで真反対の位置だ。
本城を通り越すことも道を間違えることもありえない。この狭い土地で、そのような失態を犯すはずが……
「やられましたね」
天后は苦々しげにつぶやいた。
「私たち全員、感覚を狂わされていたようです……!」
「わらわたちの霊力が高いことを逆手に取られたか」
三成は即座に理解した。そう言うことか!
高位の霊的な存在。神や大妖怪と称されるような者たちは、五感の他に、別種の感覚を用いてこの世界と接する。すなわち、この世界に流れる霊気の脈を、自らと気と同調させる。それによって世界を見るのだ。
軍配術で基礎である「気の観測」は、人間がこれを擬似的に行う技術だ。どこにどんな気が流れているのかを理解する事で、直接見ることのできない遠隔地の様子を把握する。合戦ではこれが出来るものが圧倒的に強い。
だが、もしその気の流れに罠が仕掛けられていたら。例えば、いま本城に向かって流れているように見えていた【土】の気。これが、実は全く違う方向に伸びていて、それを巧妙に隠されていたとしたら?
そう言った気の流れの欺瞞が至る所に隠されていた場合、霊気の流れを眼の代わりとしていた者たちは、知らず知らずのうちに檻へと追い込まれることとなる。
「だが、そんな事可能なのか? これは天将の力か!?」
三人の天将は一様に首を振る。
「こんなことが出来る奴がいたらハナから警戒しとる」
「天空のまやかしの力が近いかもしれんが……奴は
「もともとあの者は安倍晴明公が創り出した人造神です。この力にも……人為的なものを感じます」
となると、これも軍配術なのか? しかし、こんなもの聞いたことがない。
「黒田流軍配術奥義・八門金鎖」
声がした。皆一斉に天を見上げる。船足が止まった模型船に何かが落とされた。大柄な男の……骸だ。すでに絶息している。男はボロボロになった金の鎧をまとっていた。
「勾陳!?」
左近が叫んだ。伊達家の天将、片倉喜多の父に降りていた十二天将勾陳。この男がやられたのか?
空には2人の神が浮かんでいた。そしてその中央には、首だけとなった四つ目の少女。
「太陰……!?」
「島ではこの娘が世話になったのう、石田殿。さあ戦を続けようではないか!!」
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