第80話 呉越同舟

「……という策です。いかがでしょう?」


 三成は自分の考えを天后に説明した。策という程複雑なものではなく、むしろ発想は猪武者のそれに近い。けど、それが最も確実で、効果が大きく、手早く、準備の必要もない選択肢だった。


「私の力を持ってすれば、問題ないかと」


 そう言って天后はうなづく。


 じゃぼんっ……と、水が勢いよく跳ねる音がした。霊泉に鉄甲船の模型が浮かぶ。左近と半蔵の2人がかりて山内陣屋からこの泉に運んできたのだ。


「それ程までに我が主君の手を借りたくないのですか?」


 半蔵だけは三成の策に不服そうだった。


「本来なら君の力を借りてるだけでも心苦しいのだ、半蔵殿。しかし相応の対価は払うから勘弁してほしい」

「……心苦しい? なるほど。天下の鬼奉行も我が殿の力は借りたくないか」

「天下の奉行だから、こそだ。奉行衆は公正であるべし。特定の家の繋がりを強くするわけには参らん」


 公正に嫌われ、恐れられる。そんな存在になって初めて意味があるのが我々だ。三成はそう考えていた。


「……やはり邪魔だな。あなた方は次の時代にはいらない」

「なんだと?」


 半蔵は、真っ直ぐ三成の目を睨むように見つめてきた。


「私は隠し事ができない性分ゆえ、はっきりと言わせていただく。私があの方にお仕えするのは、あの方こそ次代の王に相応しいと見込んだからだ。私は徳川様を王にする。どんな手を使ってもね」


 三成は耳を疑った。あからさまな反逆の宣言。徳川の腹づもりなんて前から分かっていたが、ここまで堂々とそれを口にするか?


「以前より殿に申し上げていた。石田三成は危険だと。今この混乱に乗じて消した方が殿のためになる」

「よくぞほざいたな?」


 三成は黄金の軍配を掴む。まさか家康の飼っている天将がここまで馬鹿とは。ちょうどいい。こいつを吊し上げて、徳川改易の口実にしてやる。


「…………」


 半蔵も即座に槍を動かせるように握り方を変えた。空気が一変する。


「あの……盛り上がってる所申し訳ありませんが、策はどうするのです?」


 そこに天后が声をかけてきた。二人の態度など気にも留めない、どこか人形のように感じる口調だった。


「天后の言う通りじゃ!」


 左近も太刀を抜いて、睨み合う2人の間に刀身を割り込ませてきた。


「やめておけ白虎。そんなあからさまな挑発で調子崩すほど雑魚ではないぞ、軍配師としてのこいつは。それに主殿。デキる奉行なら、いちいち喧嘩を買うんじゃあない」


 怒り半分呆れ半分、と言った感じだ。まさかこいつにたしなめられるとは。


「ふ……それもそうか」


 半蔵は手にしていて槍を地面に突き刺し、ひらひらと両手を振った。


「おたくら奉行衆は何かと邪魔でね。千載一遇の好機と思い、気がはやってしまった」


 三成もため息をつく。こちらとしても願ってない好機だったが、今は官兵衛軍を出し抜くことの方が重要だ。


「全て、聞かなかったことにしておこう。半蔵殿」


 手にした軍配を革袋に差し込み、腰に下げなおした。今の芝居がかった行動がどこまで本気かわからんが……いずれ口実を見つけて追及してやる。


「ったく、なんでわらわが仲裁する方に回らねばならんじゃ……さあ、早く乗れい!」


 柄でもない役どころに収まったのが不服なのか、照れくさいのか。左近は三成たちの顔も見ずに、模型船に乗り込んだ。すまし顔の天后もそれに続く。


「…………」


 何も言わずに、半蔵も甲板に飛び乗った。文字通り、呉越同舟というやつだな。そんな事を考えながら、最後に三成が甲板に立つ。


「参るぞ。天后殿」

「はい」


 天后は胸の前で手を組み、印を作る。そして何かを小声で唱え始めた。それと同時に、船底から強い【水】の気が立ち上っていく。急激に強さを増していく霊気を肌で知覚する。軍配師といえ、ただの人間に過ぎない三成でも、はっきりとわかる。それほど彼女が動かすは強かった。


「参ります!」


 船体が持ち上がる。泉から猛烈な勢いで水が噴き出したのだ。その水に乗って、模型船は動き出す。


「目標は名護屋城本丸。城を封じる結界を破り、天后殿を殿下の元へ送り届ければこの戦いは勝ちだ!」


 泉から噴き出した水は、それ自体がひとつの生き物のように動き始めた。泉から離れ、巨大な塊となって道を走り始める。

 四人が乗った鉄甲船の模型は、その水の塊の上に浮かぶ。船の船首が向いた方向に向かって水塊は動く。見方によっては、船が進む先に水が移動するような形で、ある意味ではこれも操船と言える。

 天后は船乗りの神だ。彼女が乗る船は、順調な航海と無事を保障される。大地を走る水塊と船は、その力の究極系とも言えた。

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