第79話 鉄甲船
「石田殿! この陣屋を貴殿に明け渡します故、謀反鎮圧の拠点として存分にお使いくだされ!!」
「い、いや……別にそこまでは。庭を借りるだけで良いのだ」
「いいえ! これは太閤殿下の御為の戦。石田殿をそのように扱っては、私が妻に叱られます!」
山内一豊は爛々と目を輝かせて言った。苦手な男だ。決して悪人ではない、むしろ個人としては善人の部類に入るのは間違いない。見返りなど期待せず、目の前のことに全てを投げ打つことができる。いとも、簡単に、一点の曇りもなく。
足を引っ張るしか能の無い連中よりかはいくらかマシだが、何を考えてるのか全く読めないところは、無能連中以上の扱いづらさがあった。
「くれると言ってるのだから、ありがたくもらっておけ!」
左近はそう言って、ずかすがと陣屋の中に入っていく。
「時間がないのだろう? さっさと次の一手を考えるぞ!」
「あ、ああ……」
それもそうだ、遠慮のし合いで浪費できるほど潤沢に時間があるわけではない。三成も左近に続いて奥の前へと向かった。
天后は半蔵を護衛に、丘の麓にある泉へ向かっている。天候の言った通り確かに強い力を帯びた霊泉だった。官兵衛の手の者によって汚泥を放り込まれて
その気の力を借りて一気に攻め登る。三成はそう考えていた。問題はどの道を通るかだ。
最短は北西にある本城を目指して一直線に突き進む方法だ。だがその場合、無数の大名陣屋の中を通ることとなる。その中には今回の
「伊賀衆や伊達家が引っ掻き回しているはずだが、それでも危うい道だ」
もう一つ、進軍路として考えられるのが真北に向かう道だ。この道の先には、三成の陣屋がある。あそこには安定した五行全属性の供給源を作っている。さらに隣は家康の次男で、太閤殿下の養子となった豊臣秀康殿の陣屋だ。山内殿には悪いが、陣屋群の端の端であるここより遥かに拠点として使いやすい。
その先は名護屋の東側軍港が広がっている。ここで船を調達する。海上も敵の船で埋め尽くされているが、天后の力を利用すれば出し抜くことは可能だ。そして対岸の徳川家本陣に入る。
家康の話によれば、彼の本陣と名護屋城本丸は抜け穴で繋がっていると言う。つまりここに入れさえすれば我々の勝ちなのだ。
「やはり北へ進むのが上策か……?」
三成は迷っていた。純粋に今回の戦の成否のみを考えるならそうだ。しかし奉行がこれ以上徳川に借りを作っても良いのか? 既に、家康には返せないような恩を受けてしまっている。その上、陣屋や抜け道を使用するとなれば、どんな見返りを要求されても文句は言えない。
さあ、どうする……?
「おお!」
隣の部屋で左近が声を上げた。三成は思わず舌打ちした。ったく、自分から時間がないと言っておきながら何を遊んでいるのだ?
「主殿! 見ろこれ!!」
「なんなんだ一体?」
三成は襖を開ける。無数の絵図面や筆記具が散乱している部屋。その中央に、木と金属で作られた巨大な構造物が鎮座していた。
「これは……鉄甲船?」
間違いない。今、東西軍港にそれぞれ展開している鉄甲張りの
「散らかってる所をお見せして申し訳ない。そちらはうちの船奉行の仕事場でしてな」
大きな瞳を輝かせながら、山内一豊が言った。
「山内殿、これは?」
「九鬼殿からお借りしたものです。来たる太閤殿下の渡海に合わせ、造船役を命じられた家はそれぞれ一隻、この船を造ることとなっています」
そう言えば、船奉行となった大谷吉継が話していた。今、日の本の大型船建造技術は、かつて織田水軍を率いた九鬼家と、彼らと対等に戦った毛利水軍が独占している。
この独占を辞めさせ、全国に技術をばら撒く。そして、唐入りの後に訪れるであろう対外貿易の時代へと備える。それが吉継が構想した、鉄甲船建造命令の真意らしい。
「と言うことは、この模型は浮かぶのだな?」
「はい。4人程度しか乗れませんが、庭の溜池に浮かべて実験を行いました」
「よし山内殿、この模型をお借りしたい。返せなくなるかもしれないが……」
「は、はい? 私はこの陣屋の全てをお渡ししました。もちろんこの船も。しかし……川も海もないこの陣屋でなぜ船を?」
山内一豊はぽかんとした表情で応えた。問題ない。川はこれから作る。
これだ。これならば官兵衛だけでなく家康の裏もかける。私の一人勝ちだ!
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