第78話 勾陳、駆ける

「福島陣屋と加藤陣屋に火をかけろ!」


 勾陳は配下に指示を出した。福島正則と加藤清正、秀吉子飼いの二人の猛将の屋敷だ。彼ら本人は、渡海軍の主力として朝鮮の地を転戦している最中だが、陣屋には留守居部隊がいる。


 黒脛巾組の配下が火矢を放つ。丘を囲むように建てられた白漆喰の塀を越えて、火矢は陣屋の中へと吸い込まれていく。それ見てにどよめいたのは陣屋内の兵士ではなく、道を塞ぐように布陣していた官兵衛軍だった。


「敵が引き下がっていきます」

「ははっ!流石だ。喜多の言う通りになったわ」


 官兵衛軍はあくまで調練として名護屋城周辺に展開している。表向き、排除すべき敵など存在しない。にも関わらず何者かが火矢が放ち、豊臣家中で一、二を争う猛将達の陣屋に落ちる。たまたまその近くで調練していた軍勢はどう見られるか?

 かの両将と事を構えたい大名などいない。官兵衛に唆されたその軍は、後退するしかなかった。

 恐らくは喜多や、他の黒脛巾組の分隊もどこかの有力大名の陣屋に対して同じような事をやっているはずだ。虎の威を奪って敵を制するやり方は、彼女の得意とするところだ。


「さて、オレの役目はここからだな」


 しかし、それだけならただの忍びの仕事でしかない。十二天将・勾陳にはもう一つの役目を命じられていた。敵対天将のおびき寄せだ。

 はっきり言って、有象無象の混成軍は敵ではない。黒田官兵衛もそれは承知だろう。この戦の要は天将たちだ。数千の混成軍 対 伊賀と伊達の忍者連合。この戦はそういった図式に見えるが、実際には天将対天将でしかない。

 2度目の緑狼煙が上がると、勾陳は押し隠していた霊気を解放した。


「この区域の撹乱はかお前達に任せる!」


 部下にそう言い残して、勾陳は駆け始めた。3年かけて溜めてきた【土】の気を放出しながら本丸を目指す。福島・加藤の陣屋は名護屋本城からそう遠くない。この道を真っ直ぐ東へ向かい、林を抜ければ本城の石垣だ。そこまでの間に、勾陳の気を察知した敵が、必ず道を阻むはずだった。


「誰が来るかわからんが、覚悟しておけ。喰らってやるからよ……!」


 青龍に敗れ、勾陳はそれまで培ってきた霊気のほとんど全てを喰われてしまった。この上なき屈辱。いつか青龍に復讐することを誓い、この3年間を霊力の増強に費やしてきた。

 最初の1年は、失ってしまった首から下の身体を再生するだけで終わった。なんとか復活させた勾陳の身体は、細く貧弱な者だった。かつて猛将として奥州に武名を轟かせた鬼庭左月斎の姿は見る影もない。

 次の1年は伊達領内の低級妖怪を喰らうことと、武の鍛錬繰り返して肉体を作り直すことに終始した。神と呼ばれるような格の物の怪を打ち破り、その霊力を奪えるようになったのはこの1年のことだ。

 3年かけてようやく天将としての威厳を保てるほどに肉体と霊力を取り戻すことができた。しかしその3年で青龍はさらに先へ進んでいる。奴に並び、奴を倒すためには他の転生を喰らうしかない。かつて奴がオレにしたように……!


「!?」


 林を抜けたところで勾陳の足が止まった。どう言うことだ? オレは東へ向かっていたはずだ。なのに、なぜ進む先に太陽が見えている? とっくの前に正午を過ぎ、そろそろ陽が傾きかけようという刻限のはずだ。

 いや、そもそも林の先にあるはずの石垣が無い。今目の前に見えるのは玄界灘の荒波だ。どこだここは? 道を間違えた? 馬鹿な。何度も絵図を見返し、この足でも歩いた一本道だ。間違えようがない!


「来た来た! なるほど、霊力が強ければ強いほど作用する陣というのは本当らしいな」

「シメオン殿と言ったか? 太陰は随分と厄介な御仁に飼われているようだ」


 背後からよく知った声。勾陳は振り返る。


玄武げんぶ朱雀すざく……お前達も太陰の一味だったか?」


 勾陳は刀を抜く。十二天将の玄武と朱雀。青龍や白虎と同じく四神の名を冠した天将だ。


「玄武、俺がやる。アンタは既に騰蛇を喰らってるだろう? 次は俺の番だ」


 片方が前に出る。派手な出立ちの男だった。虎皮の袴、燃えるような赤色の鱗鎧。袖は無く、焼けた鉄を思わせる赤い肌の腕がむき出しになっている。昔から派手好きな男だった。【火】を司る四神・朱雀。剣、槍、弓あらゆる武技に優れた戦神だ。


「勾陳、なんでもアンタ鬼庭なんたらとかいう武辺者に降りているようだが……」

「それがどうした?」

「いや、俺もそれなりの奴に憑いていてね。武と武の闘いと洒落込みたいと思ってたところだ」

「そう言うことか。いいだろう、まずはお前からだ」


 腰を落とし、構えを取る。相手に不足なし。此奴を喰らえば今の青龍に並ぶことも可能だ。


「伊達家臣・鬼庭左月斎としてお手合わせ願おう」

「いいね。大武辺者、牢人・前田慶次郎としてお相手いたす!」

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