第76話 忍びたち

藤林長門守ふじばやしながとのかみ以下、85名、半蔵殿の助太刀として参った」


 忍びとは思えぬほど大柄の男だった。藤林長門守。百地丹羽ももちたんばとともに伊賀者を束ねる、忍びの総帥だ。

 服部半蔵こと白虎は、伊賀に縁があるという。今回の名護屋駐留に先駆けて九州や周辺の島々、さらには朝鮮の地に忍びを放っていたらしい。その頭目がこの大男というわけだ。


「アンタを九州に呼んどいて良かった。よろしく頼む」


 半蔵は大男の肩を叩いた。


「任せろ。アンタに手解きされた忍術、存分に披露させてもらう。……太閤の腰巾着のための戦いというのは少し癪だがな」


 藤林は苦々しげに三成を一瞥いちべつした。ここでも私は嫌われ者か。まあ、当然か。

 三成は寺院や神社、忍び、水軍衆といった独立勢力の力を削ぐ法令を数多く出している。こういう素性の怪しき者たちを一掃するのもまた、奉行衆の勤めであるのだ。


「そう言わないで欲しい、藤林殿。事が成った暁には、伊賀者には江戸に来てもらいたいと思っている」


 家康は頭を下げる。


「ほう? それは徳川が我らを雇い入れてくれる、ということで良いのか?」

「もちろん。我が家中で働けば、締め付けからも守れましょう」

「ははっ! さすが、半蔵殿が主君と仰ぐ殿様だ。こちらは話が分かりそうだな?」


 三成の前で臆面もなく、忍びとの契約を交わす。やはり家康は危険極まりない。三成への敵意を上手く利用し、またしても己の力を増すことに成功したのだ。


「よろしいですかな、石田殿?」

「徳川様の御家中の話。私に口出しなど出来ますまい」


 わかっていながら、家康は三成を牽制してくる。苦々しいが、今の三成はこの謀反を止め、天后を太閤の元に届けることが全てだ。これくらいの苦味は飲み下してやる。


「私としては、任務さえ遂行してくれれば良い。藤林殿、それだけの力量があると信じていいのだな?」

「侮るなよ、優男。なんならワシの忍術とアンタの軍配術、どちらが上か確かめてみるか?」


 藤林は三成に思い切り顔を近づけて睨みつけてきた。三成は動じずに、その殴りつけるような視線を無視する。ただし、腰から下げる軍配には手を伸ばしていた。


「はい、そこまで!」


 横から黒装束が割って入り、二人の身体を押すようにして突き放した。片倉喜多だ。


「これから共闘して名護屋城へ押し入ろうというのに、潰しあってどうするのです?」

「ハッ! 違いないな。アンタが伊達の黒脛巾組の頭か?」


 藤林は舐めるように喜多の姿を頭からつま先まで眺め回した。


「黒装束とは残念だ。髪をほどき、錦の打ち掛けを羽織れば殿方も黙っていなかろう。それとも色仕掛けが本職かな?」

「片倉喜多と申します。あいにく女を使った仕事はしませんので」

「なんだ勿体ねえ」

「私は組を束ねるのが役目。後ろに控えるのは、我が父・鬼庭左月斎。それに実働部隊を指揮する世瀬蔵人よぜくらんどにございます」


 喜多の後ろには、勾陳ともうひとり黒尽くめの男が立っていた。顔は覆面に隠されているが、その体躯には見覚えがある。会津黒川城の本丸で秀吉を狙った刺客の一人だった。


「まあよい。アンタらの噂は聞いてるさ。なんでも、部下の命を使い捨てるえげつない術が得意らしいな?」

「あら? 掟は何より重く、命は何より軽く。忍びの不文律でしょう? 私どもはあなた方もやっている事を術として体系化しているに過ぎませんよ?」

「ハッ言うねえ。ともかく、他の忍び衆との共闘なんてなかなか出来る事じゃねえ。アンタらの持ち芸をしっかりと見せてもらうよ」

「私どもも、天下に聞こえし伊賀忍軍の戦い、勉強させていただきますわ」


 伊賀忍びと黒脛巾組。手駒としては癖が強すぎる。ゴーレムを操る森三左衛門を手放したのは失敗だったか? 三成はこの連中よりも遥かに御しやすかった南蛮の式神たちを思い返した。


「ははっ、やっとるのう!」


 左近の声。船隠しに残してきた者たちを連れてきたようだった。船乗りたちは一時的に徳川の保護下に入ることとなる。そして……


「白虎、勾陳、お久しぶりです」

「天后様」

「お久しゅうございます」


 二人とも、跪き頭を下げて天将たちのきさきを迎えた。左近の態度とはまるで違うな、三成はそう思った。


 ともあれ、駒は全て揃った。黒田官兵衛相手にどこまでやれるか、あとは三成次第であった。

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