第73話 左近の親友
「どうしたのです? そこから降りてきてくださいな?」
片倉喜多は穏やかな声で、樹上の二人に呼びかけた。
「お前らをどう信じれば良いのじゃ!?」
「然り。あの独眼竜が仲間だと? 笑わせるな!」
左近も三成も、会津ではこの二人に煮湯を飲まされている。ばかりか、伊達政宗はあの一件のあとも奥州に乱の目を撒き続け、三成の手を焼かせていた。
あの時、もっとすみやかに奥州の仕置が完了していれば、三成の帰京はもっと早かっただろう。ともすれば、利休事件ももっと早く解決することが可能だったかもしれない。
そう考えれば、この者たちが太陰と同様、貴人復活を目論む一派である可能性だってあるのだ。
「主殿、わらわは雷剣で一気に切り抜ける。ついて来れるか?」
「頭を使え馬鹿者。その後ろには奴らの兵がいるだろうよ。いや、別の天将ということもある」
「ならば後ろの崖から飛び降りるか?」
「それも駄目だ。どうせ
迂闊だった。この岬で物見をすることまで読まれていたと言うことは、敵はかなり正確に船の位置を捕捉していたのだろう。ならば、この2人だけで来ることは考えられない。背後には相応の備えがある。万事休すか……?
「その2人が言っていることは本当だ、青龍」
さらにもうひとり、声が加わった。やや低めの女の声。誰だ?
「我々はお前たちの味方だ。安心しろ」
喜多の隣に彼女は並んだ。武士のような狩衣に身を包み、髪の毛は短く切り揃えている。
「白虎!?」
左近は目を丸くして叫ぶ。その口元にはほのかに笑みが浮かんでいた。
白虎。青龍と同じく天の四方を守護する霊獣。その名前を冠された天将ということか。
「主殿、木を降りるぞ」
左近の主張は一転した。
「信用できるのか?」
「ああ。勾陣のクソ野郎は論外だが、白虎は大丈夫じゃ。わらわが最も信頼し、最も殺し合った仲だ。親友と言って良い」
最も殺し合った仲? それで親友なのか? 神や鬼と呼ばれる者どもの価値観はいまいち分からないところがある。が、怪訝な顔の三成をよそに左近はひょいと松の枝の上から飛び降りた。そうなったらひとりで頑張るのも馬鹿馬鹿しい。三成も後に続いて地面に着地した。
「久しいな。お前と一緒ならば何万の軍勢だろうと問題ないぞ、白虎!」
「今は服部半蔵と名乗っている。お前は島左近だったな、青龍」
は?
「服部半蔵だとっ!?」
三成は早くも枝を降りたことを後悔する。何故その名がここで出てくる。最悪だ……
「どうした主殿? アンタがそんな声をあげるとは珍しいな?」
不思議そうな左近をよそに。白虎……服部半蔵を名乗ったその女は不敵な笑みを浮かべる。
「お初にお目にかかる、石田治部少輔どの。そのご様子ならば、私のことはご存知ですね?」
「あ、ああ。そなたの御主君のこともな……」
「ならば話は早い。ついてきて下さい」
女は踵を返して岬の根元の方へと歩き出した。
服部半蔵……槍の名手として知られる武人だ。そしてその主君こそが、江戸大納言・徳川家康。三成が最も事をかまえたくない、東国の巨星だ。
「貴様らどういうことだ!? 伊達家の家臣ではなかったのか!?」
三成は横にいる天将とその娘に問いただす。
「いかにも。我が殿政宗の命により、徳川と付き合うているのだ」
「徳川様はどこかのどなたかとは違い、我が伊達家に理解を示してくれましたので」
「…………」
ああそうだ、その通りだ。奥州仕置の際、三成を始めとする奉行衆は、各地で起きる一揆の黒幕が伊達政宗だと断定し、執拗な捜査を行った。そんな時に伊達を取りなしたのが日の本第2位の実力者、徳川家康だったのだ。
家康の尽力によって政宗は上洛し、当時まだ関白だった秀吉と面会した。政宗は一応の臣従の態度を見せることによって奥州はようやく平穏を取り戻した。
くそ。それ以来、伊達と徳川は
「主殿、アンタ天と地の脈読みは大したものだが、人の脈を読む才はとことん無いな」
左近は慰めるように三成の肩をポンと叩いた。しかし、その表情は妙に嬉しそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます