第72話 仇敵再び
「どういうことだこれは!?」
三成の顔色が変わったことに、左近は気づいた。すぐに彼の指から紙片を引ったくって、それを一瞥する。
「暗殺……?」
即座に、船首から身を乗り出して目を凝らす。
「転進だ! 直ちに引き返せ!!」
左近は水夫たちに向かって叫んだ。
「左近?」
「主殿、残念ながらこの書状に書かれていることは、事実のようじゃ」
「見えたのか?」
「ああ」
「波間に紛れて
横から天后が割って入ってきた。
「アンタも見えたか?」
「ええ青龍。そして恐らくあの陸地の影からも、殺意を含む人の気が流れてきます。恐らく本隊の船が待ち構えているかと」
天后は前方の陸地を指差す。三成には、術の使用なしにそこまで正確に気を感じ取ることはできない。が、頭の中に名護屋城の近辺の地図を思い浮かべて、それが事実であろうと結論づけた。
眼前に横たわる陸地は
「どうする? 一度どこかに拠点を設けて対策を講じるか?」
左近は尋ねてきた。
「いや、近場の船を隠せそうな場所に上陸しよう。それから、
* * *
値賀崎には左近と二人のみで登った、水夫たちは岩場に隠した船に残し、天后も置いてきた。船はいつでも出せるように備えている。
「よかったのか? あやつを船に残して」
「ああ。天后が乗っているだけで船足は速くなる。ならば袋小路で逃げ場のない岬に連れてくるよりも、船に残した方が良い」
三成とて、黙ってやられるつもりは毛頭無い。それでも敵の標的と思われる自分と天后は分散させた方が良いだろう。
薮をかき分け、獣道をたどり、岬の先端まで来た。切り立った断崖だ。そこでさらに自生していた松の木によじ登り、北東側を眺める。名護屋城の天守ははっきりと視認できる。金の瓦を
名護屋城は、値賀崎の隣に伸びる
値賀崎の断崖の上からは、西側の港の様子を伺うことができた。天后が言った通り、安宅船の船団が海を埋め尽くすように展開していた。その間を頻繁に小早が行き来している。臨戦態勢であることは、ここからでもよくわかった。
「これはこれは、大層なことで」
左近は腕組みをして言った。
「西側がこの様子なら東も、だろうな……」
むしろ東の港は、より厳重かもしれない。大名陣屋の数が西側より多い上に、急造した城下町も広がっている。船の出入りは向こうの方が多い。
「そして、これだけ見事に海路を塞ぐ敵ならば、陸路も抜かりはないだろう。敵の兵力もかなりの数になる。嫌われておるのう、主殿は」
左近は楽しげだった。
「ほっとけ」
ほとんどの大名にとって、彼らを押さえつけようとする奉行衆は目の上のコブだ。誰が首謀者かは知らんが、ここぞとばかりに三成を黙らせておきたいと考えている者は多い。まあ良い、名護屋に入城したら全員、謀反人として処断するまでだ。
「それにしても妙なのは、本城に動きがないことだな……」
城内にいる同志、増田殿や長束殿は何をしている? 大名衆のこれだけの行動を黙って見ているような者たちではない。いや、この状況なら殿下ご自身が動いたっておかしくない。何故、黙認なさっているのか?
「おお、いたぞいたぞ! お前の読み通りだな!」
豪快で野太い声が後方から聞こえてきた。三成と左近は同時に振り返る。
「本城の様子を伺うとなると、ここが最適ですからね」
それに続く女の声。
「何故貴様らが!?」
左近は松の枝の上で太刀を抜き放つ。即座に切り掛かれるよう、雷剣を発動させ、腰を落として構えを作る。
「ふふふ、相変わらず気が早いのですね、負け犬さん」
女は軽やかな笑い声を立てた。全身黒づくめの忍び装束に身を包み、長い髪を後ろで束ねている。
「久しぶりだのう、青龍! 安心せい、今回は味方だ! ……今のところな」
太い声の主は大男だ。神崎に輝く鎧に身を包んでいる。
「片倉喜多……それに勾陣……!?」
3年前、会津黒川城で激闘を繰り広げた、伊達政宗の腹心たちだった。
「ご無沙汰しております、石田様。朝鮮退陣中の我が主君、伊達政宗に代わりお迎えに参りました」
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