第5章 神将降臨

第69話 天将とデウス

 天后の案内で麓の村に下りてきた。奇妙な話になるが、初めて訪れる。島の入り口であるこの港があるにもかかわらずだ。島民に会うのもこれが初めてとなった。


「……ですので、しばし村を空けることをお許しください」

「そんな……あなた様がいなければこの島はどうなるのです!?」

「我らはあなたの口より紡がれるお言葉をもって生きながらえてきました。そのお言葉をいただけぬのですか!?」

「ご安心を。私がいなくともデウスは常に皆様を見守っております。明日のミサもしっかりと執り行います。そこで島民の皆様の不安も取り除きたく…」


 天后の言葉を、村の長老おとなたちはうやうやしく頭を下げながら聞いていた。彼女がの島の主人というのは確からしい。それにしても……


「デウスにミサ、か」


 島民の切支丹改宗は交易のための方便。この島に潜入していた三左衛門はそう解釈したようだが、実情はまた少し違うようだ。

 天后と長老たちの言葉には確かに敬虔な響きがある。おそらく元の教義からは大きく外れているが、この島が切支丹の島であることには変わりない。

 だが、その信仰の中心が十二天将とはいかなる事だ?


「都の軍配師には奇妙に映るかも知れませんが、四十年前より島民に聖書を読み聞かせております」


 長老たちへの挨拶を済ますと、天后が話しかけてきた。まるで何を考えているのか見透かしていたようで、三成は少し気に入らなかった。


「切支丹の教えが広まれば、あなたの神域は力を失うのでは?」


 五行の気の流れは人の思想によっても左右される。神を信奉する者が多いほど、その神域は力を増し気の流れが活性化する。左近が都に自分の社を持ちたがっているのもそれが理由だ。

 その観点から言えば、切支丹の教えは土着の神々にとっては毒に等しい。


「失っているように見えますか?」

「いいえ」


 三成は首を振る。数百匹の水虎の軍勢。それを操っていたのは太陰だが、力の源は彼女の神域から流れ出る【水】の気だった。あれは人の支持を失った神の力ではない。


「当然です。私自らがデウスの教えそのものになったのですから。信仰の対象は依然として私なのです」

「拒絶、という手もあったのでは?」


 三左衛門が不服そうな面持ちで言った。聞けばこの若者は小西行長殿の腹心だという。熱心な切支丹である小西殿の下で、南蛮退魔術を扱う者だ。デウスの教えが歪められる事に思うところがあるのだろう。


「実際あなたにはそれだけの力があるはずだ」


 なるほど。天将ほどの実力者ならば、たとえ周囲の島々が南蛮の教義を受け入れようとも、抗うことは出来たはず。己の有り様を変えてまで南蛮の教義を受け入れたのは何故か?


「いかにも、戦で全てを奪ってきた天下人の御家臣の考え方ですね」


 天后は鼻を鳴らすようにして笑った。


「なんだと?」


 三左衛門の顔が険しくなる。詰め寄らんと前に歩み出た足を、三成は手で制した。


「鎮西(九州)には……ことにここ肥前には、数多くの切支丹がいます。太閤様は近ごろ、禁教に舵を切るお考えのようですが、この地から切支丹の教えが消えることはもはやないでしょう」

「それは、我々も身を持って体感しています」


 切支丹政策は三成の頭痛の種でもあった。

 イエズス会は布教を名目に、この地方の領主の如く振る舞っている。その力は大きく、あろう事が日本人を奴隷として輸出している形跡すらあった。当然、奉行衆としては、それを見過ごすわけにはいかない。

 しかし交易で、彼らから大きな富を得ているのは確かだし、今回の唐入りでは小西殿のような切支丹大名の協力が不可欠だった。


「切支丹が席巻するこの海で孤立を貫こうとすれば、必ずや流血に繋がります。この島と隣の島。我々と南蛮人。いや、島民同士の対立だってありうる」

「それを避けるために、己を曲げた、と?」

「曲げたのではありません。調和したのです。さながら五行が均衡を保つ事で互いの力を増すように、天将わたしもデウスの教えを受け入れる事で互いの力を増すことを目指したのです」

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