第68話 天后の社
「なんだなんだ、人間組はオレ以外だらしがねえな!」
ゴーレムが輿をかついで、秀久と清姫のいた戦場に集まってきた。いや、その即席の木組みは、輿ではなく担架と呼んだ方が今は適当だろう。ゴーレム百体の生成で霊力を大量に消費した三左衛門、行爆陣によって体内の殆どの霊力が枯渇した三成。それぞれ足腰が立たず、その木組みの上に寝かされている。
「腕ちぎれてピンピンしているアンタが異常なんだ……」
三成はかすれるような声で毒づく。
「わははは、ザマぁないなあ
左近は上機嫌だった。太陰の霊力を吸収したからと言うのもあるが、三成の様子を見たと言うのも大きい。
行爆陣を完成させるためには、太陰を釘付けにする必要があった。そのために左近は囮に使われたようなものだ。しかも発動した行爆陣に巻き込まれもしている。彼女にしてみれば面白くない。
「頭の一つでも叩いてやろうと思ったが、その姿を見て溜飲が下がったわ!」
「こいつ……」
三成はため息をついた?従順になってきたと思ったが、やはり本質的には礼を知らぬ野卑な暴れ神だ。
「さあ、天后の社へ参ろうぞ!」
左近は意気揚々と、一行の先頭を歩いた。
* * *
ゴーレムで堰き止めた沢を上っていくと滝が現れた。強く純度の高い【水】の気が周囲に満ちている。左近は鼻からゆっくり息を吸いその気を取り込んでいく。
「見事な霊泉じゃな。なるほど、これが天后の神域か」
滝の上から湧き出る泉から、島の隅々まで【水】の気が広まっていく。そんな気の流れを、三成も感じ取っていた。
こここそが、この島の命の源なのだろう。太陰により水虎のひしめく島と化していたが、それらが消え去れば清らかな霊気に満ちた景色だけが見えてくる。
「ゴーレムたちをどうしますか?」
三左衛門が尋ねてきた。水虎たちのとの戦いで半数がただの土くれに戻っていたが、それでもまだ50騎近く残っている。この泉を
「そうだな、無闇に神域を侵すのは気が進まないが、向こうがまだ戦うつもりなら重要な戦略になる……」
「ご心配なく。私はあなた方と争うつもりはございません」
滝上から声がした。三成は顔を上げた。崖の上にひとりの女性が立っていた。
「あなたが……」
「そうじゃ。十二天将・天后、間違いない」
左近は言う。
「ご無沙汰しています、青龍どの」
天后はにこりと微笑んだ。美しい。三成はあまり外見の美醜に興味を抱かない性質だったが、この時ばかりは彼女の姿に美しさを感じた。
上等な衣に身を包み、腰まで伸びる黒い髪には艶やかな光が浮かび上がる。肌は雪のように白く、紅をさした唇と目元が映えて見える。そして胸元には南蛮人の交易のために下げていると言うロザリオが輝いていた。
とても田舎の離島の主人とは思えない出立ちだ。
「本当はアンタを今ここで倒して喰らってやりたいところだが……」
「我々は太閤殿下の命により、あなたをお迎えに参った。願わくば御同行を求める」
不服そうな左近をよそに、三成は言った。全身に力が入らず、思うような声が出せないが、精一杯威厳が出るよう努めた。
「断れば?」
天后の顔から笑みが消える。
「不本意なれど、力尽くで……!」
「御冗談を。見たところあなた方は満身創痍。十二天将第二位を、力で屈服させられるとは到底思えませんが?」
確かにその通りだ。今の我々に彼女と戦えるほどの力は残っていない。交渉しかない事は、三成が誰よりも分かっている。
「今、名護屋にはすぐに動員できる兵が十万おります。それを全てこの島に差し向けても良いのですよ? いや、我々が帰らなければ太閤殿下は討伐令を下すはずです」
ここまであからさまな脅しは好みではないが、島の主人たる巫女にはこれくらい言わなければならない。
「面白い。我ら天将と全面的な戦をすると言うのですね?」
「……………」
ここで退いてはならない。そんな戦を天后とて望むはずはない。そう思い、押し黙ったまま彼女の顔を凝視し続ける。すると、不意に彼女の口元が緩んだ。
「いいでしょう。あなた方に同行します」
突然の軟化に、三成は戸惑った。
「それは……有難いが……どういうおつもりで?」
「あなた方は勘違いをなさっている」
天后の身体がふわりと浮き上がる。滝の上から崖を下り、三成の目の前に軽やかに着地した。
「太陰が島の守護を申し出たので、好きにさせておりましたが……彼女たちに
間近で見ると、やはり美貌の持ち主だった。紅をさした唇は薄く両脇はやや上を向いていて、瞳には穏やかな光をたたえている。
「私は中立であり、天下の安寧を望む者です。天下人たる豊臣秀吉公に御目通りしたく存じます」
第四章 蛇姫と猪武者 -完-
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