第66話 一瞬の均衡

「きんのおろちだぁ……?」


 気色悪いもん作りやがって……そう毒づこうとしたが舌が回らなかった。【木】の霊気を蝕む【金】の気は、左近にとっては何よりも強い毒だ。それを筋肉不覚に食い込んだ牙から直接注入されては、十二天将といえども只ではすまない。

 くそっ……大蛇といいカッパといい、太陰が操っていたのがいずれも【水】の物の怪だったから、どこかに油断が生じていた。元々こいつらは、【木】の神に霊力を貢ぐ存在だ。太陰に使役されてるとはいえ、その本質は変わらない。そう思い込んでいた。

 それにしても天空の奴、厄介な……置き土産……残し……やがって……。意識が遠のきそうだった。駄目だ。気を抜くな。己にそう言い聞かせるが、何かに魂を掴まれ、奈落の底へ引き摺り込まれるような感覚に陥る。くそっ……まだだ……まだやれ……


「意外と粘るなあ。さっさとラクになっちゃいなよ? この太陰が自ら練り上げた霊気の毒。あんたの様な【木】の神を、絶対に殺すヤツだから?」


 太陰はケラケラと笑う。その時、背後から一直線に霊気が飛んできた。太陰は上体を動かし、事もなげにそれをかわす。即座に二撃目が飛んでくる。太陰は、今度は宙に浮かぶかんざしを操ってそれを弾いた。

 飛んでくる霊気の正体は矢だった。この島へきた時、拘束された秀久と左近を逃がそうと、三左衛門が放ったゴーレムの矢。それと同じものが、ひょろひょろと落下していくのを、太陰は見た。


「馬鹿の一つ覚えとは、黄金の軍配師らしくないなあ? 一度食らったものに何度もやられるわけないじゃん?」


 矢が飛んできた方角を見て、太陰は不敵な笑みを浮かべる。


「3点同時急襲までは見事だったけど、所詮その程度か。やっぱシメオンの敵じゃないね」


「シメ……」


 ……オン? 朦朧とする意識の中で、太陰が口にした言葉を反芻した。なんだっけ? どこかできいたことのあることばだ……

 もっとも、今この状態で、それが何かまで考えを巡らせる余裕はない。どくどくと注入され続ける【金】の気は、左近の身体の中を駆け巡り、内側から破壊しようとしていた。


 ああ……まずい……だめだ


 右手の力が完全に抜けてしまった。手にしていた太刀の柄が、手のひらを滑り、地面へと落下していった。これでおしまいか……


 左近が頭の中に配備下の二字を想起したその刹那、三たび矢が打ち出された。しかし今度は太陰を狙ってのものではない。落下していく太刀にぶつかった。しかしそれで勢いが落ちることも軌道が変わることもなく、左近の白刃もろとも彼方へ飛んでいってしまった。


「なんだ?」


 不可解な第三撃に、太陰は首を傾げる。一撃目、二撃目の様に、太陰を狙ったものではない。狙ったのは左近の太刀だ? なぜそんなものを? まるでそれを待ち受けていたかの様に、正確に落下する太刀を射抜き、どこかへ持ち去ってしまった。


「軍配師め、一体どういうつも……」


 言い終わる前に全身の皮膚が、太陰に向かって警告していた。霊気の流れが変わった。それも急激に。何だこれは? 五つの気が渦巻く様に集中していく。一体どこへ……ここだ。騰蛇が飛んでいるまさにこの地点に向かって、気が押し寄せてくる。


「しまった!?」


 太陰は気づく。そうじゃない。一撃目と二撃目も太陰を狙ってのものじゃない! 狙った様に見せることで、避けた後、弾いた後の軌道に疑問を抱かせない。それは三成が周到に狙ったものだった!

 避けた一撃目が飛んでいった方向からは【水】の気が高まっていくのがわかる。沢の流れが元に戻ったわけではない。沢の流れとは別の方角だし、あんな場所に水源は無い。

 そして弾いた二撃目は……太陰の眼下の斜面に突き刺さっている。そこを軸に【金】の気が発生していた。

 では三撃目は? 左近の手から滑り落ちた太刀を掻っ攫うようにどこかへと持っていってしまった。あの太刀は帯電している。【木】の気に満ち溢れている。

 そして沢の上流では、あの大蛇の姫が吐き出す【火】の気が水虎たちを焼いている。

 下流には【土】の化身である、南蛮式神の泥人形たちがいる。


 【木】【火】【土】【金】【水】全ての力が、この戦場に配置された。そうか、そういう事か……


 バラバラだった五行の気の流れが、ゴーレムの放った矢によってこの一瞬のみ均等となった。拮抗した霊気は相生と相剋を加速度的に繰り返し、それはあっという間に臨界に達する。


 行爆陣。


 かつて会津黒川城本丸を飲み込んだ霊気の爆発が、轟音と共に太陰とそれを乗せている騰蛇に炸裂した。

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