第65話 太陰の罠
急斜面を3騎のゴーレムに担がれながら駆け降りる。その最中も、三成は目と頭を最大限に動かしていた。地脈を読め。敵の次の一手を見極めろ。その一手の裏をかけ!
「ぐっ…」
奥歯を噛み込む。少しでも気を抜けば、頭を揺さぶられた拍子に口の中を切りかねない。
敵の戦力はカッパだけではない。三成が知るだけでも、水虎より強い戦力を有している。十二天将の騰蛇だ。それに上陸前に襲撃してきたタツクチナワ。これだけの数の水虎を一度に使役できる者が、あの大蛇を一匹しか使っていないはずがない。
敵の当初の戦術は、先遣隊を使って我々を釘付けにし、水虎たちの本隊で包囲して潰すというものだった。ならば左近や清姫にとどめを刺すための決め手が必要だ。恐らくは本体よりさらに後方に、奴らのような大型の物の怪が控えているはず。
「ゴーレム! 右手の山へ向かってくれ!」
顎に力を入れ、舌を噛まないように発音する。3体の土人形は、急角度で転身した。振り落とされそうになるのを、足を踏ん張ってこらえる。
人間と違って、言われたことは正確に守る。が、こういう局面での融通は全く効かない。主人を乗せていようが、曲がれと言われればその主人が吹っ飛ぼうが、正確に曲がる。いや、良い。お前らはそう言うところが良い。
心地よい苛立ちを胸に、思考を加速させる。敵が後方に最大戦力を控えさせているとして、問題はそれをどう動かしてくるかだ。
こちらは3点同時急襲を仕掛けた。つまり戦力を分散させた。ならば向こうは各個撃破に出るはずだ。その最初の標的は3つのうちどこだ?
仙石組ではない。敵がタツクチナワを投入すると仮定した場合、清姫を最初に襲う事はしないはずだ。あの大蛇が真っ向からぶつかっても清姫に勝てない事は、海上の前哨戦で明らかになっている。
やるとすれば、ゴーレムと左近を先に潰し、孤立無援となったところを全兵力で。敵は必ずそう考えている。
ゴーレム隊か? 左近か?
* * *
左近の周囲が不意に暗くなった。カッパどもを70ばかり斬り伏せて、ようやく肩が温まってきたところだ。
「決着をつけようよ左近!」
頭上に現れた影。何者かは考えるまでもない。ワイバーンとか言う南蛮の怪物に騎乗した太陰だ。
「おうよ太陰! お前を喰らってやる!!」
先刻の敗因は、このガキの
左近の顔を目掛けてなにかを射ち出してきた。即座に反応した左近は、太刀を振るってそれを弾き返す。矢に姿を変えたかんざしが数本。左近にはたかれてもそれらは地に落ちることなく、複雑な軌道を描きながら太陰の周囲へと戻っていく。そして再び、左近に向かって一直線に飛ぶ。
「チッ」
また弾き返しても同じことだ。左近は足に風をまとわせて、真横に向かって翔んだ。
「はい狙い通り」
太陰はにやりと笑う。次の瞬間、何かが地面から何か長大なものが現れ、左近の手足に噛み付いた。
「なっ!?」
三角形の耳が付いた大蛇。海上で戦ったタツクチナワとかいう物の怪だ。あの時清姫が噛み殺したものよりは小さいが、今回は3匹だ。大地を突き破って現れ、左近の左右の腕、それに左の脚に食らい付くと、左近の体を天高く吊り上げた。
「笑っちゃうくらい単純。本当に狙ったところに逃げてくれたね」
騰蛇の名を付けられたワイバーンは、左近の目線と同じ高さで羽ばたき、滞空する。太陰は不敵な笑みを浮かべながら左近を見つめてきた。
「おま……何だその目は?」
四つ目。太陰の額には二つの眼が開かれていた。彼女の本来の目とは別の、左近を……いや、世界全てを値踏みするような冷たい眼差しのもう一対の眼。
「細かいこと気にしたってしょうがないよ? あんたもう死ぬし」
「はっ! こんな蛇に噛まれたくらいでわらわが……」
左近は両腕に力を込め、肉に食い込んだ牙を砕こうとしたが……
「は……?」
どう言うことだ、力が全く入らない。牙に毒でも仕込まれているか……いや違う。これは……
「【金】の気……なぜ蛇の怪が?」
タツクチナワが……本来【水】を拠り所とするはずの大蛇が、【金】の霊気を牙から流し込んできている。【木】の神である左近は、この手の攻撃を最も苦手とする。
「な……ぜ……?」
清姫のようにふたつの霊気を操れるのか? 馬鹿な、この程度の蛇にそんな力があるはずが……
「忘れたの? あんたが殺した、あたしたちの同志のこと?」
下卑た笑い方の顔が脳裏にチラつく。天空。利休事件の時、左近が殺した十二天将。奴が得意とするまやかしの術は、属性の欺瞞。本来ありえない気の流れを作り出すことだった。
「こいつは天空が用意した特殊な環境で生育した、世にも珍しい【金】の大蛇だよ。あんたこういうの嫌いでしょ?」
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