第64話 3地点同時急襲

 伝令役の土人形が3体、次々とやってきた。沢の上流で秀久と清姫が、中流で清姫が、そして下流で三左衛門率いるゴーレム隊がそれぞれ手筈を整えた事になる。

 3隊にはそれぞれゴーレムを1体つけている。これを沢に落とし、泥に戻す。これによって沢の流れをよどめ、【土】の霊気で【水】を冒すのだ。


 三成は一人、崖の上にいた。ここならば3地点を一度に眺めることができる。三成の予測通り、そこには次々と水虎たちが続々と集結していた。

 深い森の中にぽっかりと空いた空間に、ぬめった身体の物の怪がひしめいている。その体表がうごめく姿が木々の隙間から見えた。

 下等な水妖たちは、まだ【水】の気を断ち切られた事に気づいていない。しかしその動きは、確実に鈍化している。さらに島中から続々と同族が集まって、集結地点にはわずかな隙間すらない。すでに奴らは身動きが取れなくなっている。


「……頃合いだな」


 三成は黄金の軍配を天高く振り上げた。軍配の先から炎が吹き出し、火柱となる。これが合図となった。開戦だ。



      *     *     *



「石田殿の号令だ、いくぞ清姫!!」

「お任せあれ!!」


 清姫は人間態から大蛇の姿へと変化する。同時に秀久は清姫の首に飛び乗った。清姫はくわっとその口を開き、炎を吐きながら水虎たちの集団に飛びかかった。



      *     *     *



「遅いぞ主殿、待ちくたびれたわ!」


 左近は太刀に帯電させると足元に【木】を伴う風をまとった。その足で地面を蹴り上げる。雷剣の応用技「角鷹かくおう」。風の力で飛翔するのは「逆さ雷公」と同じだが、こちらは縦横無尽に駆け巡り敵陣をズタズタにする技だ。


「島左近、推して参る!!」



      *     *     *



「石田様の号令。参りましょう」


 輿に乗った三左衛門はゴーレムたちを動かす。一体のゴーレムを使って沢の霊気を遮断した通り、【土】の霊気は【水】につ。数で勝る水虎の集団も、属性で優位に立つゴーレム隊にはなす術もない。


「鶴翼で進みなさい。水妖どもを半包囲で蹂躙するのです!」



      *     *     *



 各隊動き始めた。崖の下では泥人形の一団がうごめく水妖たちに襲いかかり、少し離れた場所では雷のような光が矢継ぎ早に閃き、さらにその奥では木々の間から大蛇の巨大な尻尾が河童達を天高く放り投げた。3地点同時急襲。まずは成功だ。


「さて、お前たち任せたぞ」


 各隊が伝令でよこした三体のゴーレム。それらは三成の身体をひょいと抱き抱えると、三左衛門たちが乗っていたのと同じ輿に乗せた。輿といっても切った枝を組み合わせ、土で固めただけの粗末なものだ。加えてゴーレムの身体から落ちる泥で狩衣はべったりと汚れる。乗り心地は最悪な代物だったが、贅沢は言ってられない。

 三成を乗せた輿は、ゴーレムに担がれて急斜面を滑り降りる。

 3隊への合図として崖の上から炎を放った。それは味方だけでなく、当然敵の目にも止まったはずだ。奴らが駆けつけるよりも前に、別の場所に移動して3隊の指揮を続けなくてはならない。

 この数の戦いでは大将と言えど、床几しょうぎ(折り畳み式のイス)に腰掛けて悠然としている訳にはいかないのだ。


 まあ、もっとも……


 ガタガタと揺れる輿の上。身体を弾ませながら三成は思う。


 伝令も満足にこなせない人間に囲まれた、忍城攻めの本陣より遥かにマシだがな!!


 槍合わせをする雑兵たちはともかく、それ以上の位の人間……足軽頭や伝令、兵糧奉行、小荷駄奉行、斥候頭。それらが全部自分だったらどんな戦でも勝利する自信がある。自分が三流などと言われるのは、大将か軍師の職務しかできないからだ。

 そういう意味では、このくらいの規模の戦が一番楽しい。戦場の全てに目が届く。


 以前、酒の席で大谷吉継が語ったことがある。いつか自分と三成で数万規模の軍勢を率い、強敵と野戦がしたいと。広大な原野を埋め尽くす無数の兵を、自分たちの指揮で自在に動かし、日の本を二分するような大戦をやりたいと。

 冗談ではない。そんな人数になれば、不確定要素ばかりじゃないか。吉継は楽しそうに夢想していたが、三成はまっぴら御免だった。

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