第61話 軍配師の真骨頂

「清姫、地面から煙が立ってる。それでは【土】が育つ前に焼けるぞ。少し抑えろ」

「わかってますわ。……案外難しいのよ」


 三成と清姫は周囲の霊気を操りながら、山奥へと向かっていた。慎重に、にじるように、少しずつ先へ進む。


 清姫は秀久が気を発する地点を目指して一直線に道を作っていく。周囲よりもごくわずかだけ【火】の霊気を濃度を高める。その力が土壌に作用し【土】の気が強くなる。これで水虎どもは本能的にこの道を嫌がる。

 一方、三成は谷底の岩に向かって【土】の霊気をぶつけていた。それを浴びた岩に含まれる金属が反応し、強い【金】の力が生じる。水虎たちはそれに引き寄せられるように谷底へと降りていった。万一気付かれたとしても、谷底ならばすぐには追って来られない。


 【水】の化け物を操るために、【火】を用いて【土】を高め、【土】を用いて【金】を生む。直接炎や雷をぶつけ合う戦いと比べると、あまりにも回りくどい。左近などは最も嫌がるやり方に違いない。

 しかし、これこそが軍配術の真骨頂だ。五行の流れを利用し、地脈そのものを変えてしまう。応用すれば万の兵がぶつかり合う戦場の全てを支配できるようになる。術師同士が直接属性をぶつけ合うような戦いは、本来最後の手段なのだ。


 嗚呼……気持ちいい……!!

 三成は心の奥底から感じ入っていた。目論見通りに周囲が変わっていく。何という快感。何という官能……!

 天将どもとの戦いはどうしても個と個の戦いになるので、こういう霊気の使い方は久しぶりだった。黄金の軍配を預かるものとしては、こういう戦いだけしていたい……!


 しかしそんな事を思っていた直後、感慨を吹き飛ばすような音の波が三成に襲いかかった。


 グオオオオオオオオォォォォ……!!


 地鳴りのようだが人の歓声にも聞こえる奇妙な音だ。それから少し遅れて無数の【土】の霊気が暴れ始めた。地脈を操るための周到な霊気などではない。もっと直接的な、暴力じみた霊気の流れ。それも一つや二つではない。百近い【土】の気が一切同じ方向に向かって動き始めた。


「な、なんだ!?」

「権サマ? 権サマが動き始めましたわ!!」


 清姫は歓喜の声をあげて立ち上がった。全身の肌が割れて隙間から鱗が生え始める。内の霊力を抑えられるず、大蛇の姿に変化しようとしている。


「馬鹿抑えろ!」

「権サマああ!!」


 三成の制止を受け入れるはずもなく、清姫は大蛇の姿となって斜面を這い進みはじめった。こうなったら仕方ない。三成も慌てて清姫の身体にしがみついた。

 ったく! どいつもこいつもろくな策も持たずに突っ込みやがって。島全体にはびこる水虎に気づいてないのか!?太陰に気づかれずに合流しようとしていた私の目論見が台無しではないか。

 三成の脳裏に、忍城の長い記憶が蘇った。あの時も、馬鹿どもに三成の完璧な策を無視した。なぜ武人という人種は人の話を聞かないのか……


 清姫は慌てふためく水虎を薙ぎ倒しながら、猛然と突き進む。


「いや、まあしかし……」


 そう悪くはないのか? 水虎たちの反応を見て、三成は少しだけ思い直した。島全体に散らばる水虎は、少なくとも数百匹いる。それらが体制を立て直し、一箇所に集中するまでには、多少の時間が必要となる。

 一方秀久たちが巻き起こした無数の【土】の気は一直線にどこかを目指している。恐らくは天后の住む場所だろう。

 謎の【土】の気の数は百前後。水虎どもに比べると少ないが、十分すぎる数だ。多勢の敵がが集合するよりも早く、敵本陣を突く。秀久や左近がそこまで考えてるとは思えないが、今回に限って言えば理にかなった動きだった。


「清姫! 仙石殿と合流だ、急げ!!」

「言われるまでもないですわ!」

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