第60話 洞窟の軍議

 左近たちはまだ洞窟にいる。雨を凌ぎ秀久の回復を待つためだ。しかし、洞窟の出口に立つ三左衛門が苦々しげに言った。


「動いた方がいいかもしれません。ここがバレる前に」

「バレる? 太陰が追ってきたか?」

「この雨で水虎が活性化しています。少しまずい……」

「水虎ォ? あんなの少し元気になった所で……うっ!?」


 左近は、三左衛門の隣に立って絶句した。


「なんじゃこれは……?」


 風が運んでくる濁った【水】の臭い。島中から発せられているようだった。これが全部、水虎だとしたらなんて数だ……。


「何が切支丹の島じゃ、カッパ島とでも名乗った方がそれらしいぞ……」

「いかにも。今のこの島は、あの水妖に支配されてると言っていいでしょうね。島民にも巫女を守護する軍勢として受け入れられています」

「はあ? 軍勢じゃと?」


 通常、水虎は群れを作らない。一つの川に数匹いるかいないかで、それらも皆単独行動だ。徒党を組んで行動することなどまずない。


「太陰が連れてきたんですよ。私がこの島に潜入した直後のことです。どれくらいいるかは分かりませんが、合戦ができるような数だと思います」


 なるほど。もしこの洞窟に数百の軍勢が殺到したら逃げ場はなくなる。その前に動きやすい所に移動すべきと言うのが三左衛門の意見だった。


「それほどの数がこの島に必要なのか?」


 聞けば聞くほど呆れる話だった。太陰が多くの物の怪を同時に使役することは知っていたが、この数は度が過ぎている。


「これは推測なのですが……天后はまだ、完全な覚醒をはたしていないのかもしれません。それゆえに大陰も、彼女を守ろうとこれだけの水虎を放ったのかと」


 三左衛門は言った。なるほど、辻褄は合う。


「ちょっとまて、三左衛門殿」


 包帯でぐるぐる巻きにされた右腕を押さえながら、秀久も入り口まで出てきた。

 

「今の話を整理すると……天后は大陰たちと繋がっているという事か?」


 三左衛門はうなずいた。そういえば、太陰は天后については、敵とも味方とも言わなかった。が、貴人復活計画の首謀者が、その妻であるというのは十分考えられる。


「ということは、殿下の密命を達成するには敵大将を捕縛しなければならないのか……」


 天后の身柄を確保し、名護屋城まで連れてくるというのが、太閤の命令だ。今の状況ではなかなか難しそうだ。


「私の任務はこの監視網の中、皆さんを密かに天后のもとに送り届け、彼女を連れ出すことでした。しかし、石田様と仙石様の動きは筒抜けだった。我々は分断され、数百の水虎によって動きを封じられている」

「ふーむ……確かに良い状況とは言えんのう」


 こういう場合、主・石田三成ならば慎重策を取るか。なんとなく左近はそんな事を考えた。おおかた、大きな失敗はせず確実に小さい利を得る慎重策だろう。アレはそういう男だ。


「天后の居場所はわかっているんだよな?」

「はい。ここから峠を三つ越えた先に社があります。そこが天后の神域です」

「周りは敵だらけで補足は時間の問題。味方は分断され行方知れず。そして前に進めば敵本陣。もうはや方策は一つしかないだろう」


 秀久はあご髭をさすりながら言った。


「強行突破だ」

「正気ですか!?」


 三左衛門は目を丸くする。


「正気も正気! オレはそうやって生き延びてきたのよ!!」


 包帯に巻かれた腕を上下させる。早くも縫合した腕が機能し始めているようだ。人間離れした生命力だなと、左近は思った。


「分が悪い時は、何も考えず槍を振り続けるに限る。案外道が開けるものだし、逆に言えばそのくらいしなくては開ける道も開かない」

「ははっ! いいな、権兵衛殿。わらわはあんたの考え方、好きだぞ。うちの主人の策よりも良い!」

「やっぱ気が合うのう左近殿!」


三左衛門はため息をつく。が、しかし


「仕方ない、いや案外それが正解かもしれません」


 そう言って竹筒を取り出した。


「腹を括って、私の全霊をかけましょう!」


 筒を振ると、パラパラと小石が出てきた。あのゴーレムとか言う南蛮の式神を作る時に埋め込んだ小石だ。


「ゴーレムは基本的に使い捨てなので、核種だけは沢山携帯しています。この筒の中身全部使えば百体は作れるはずです」

「うわっははは!いいねえ、派手にやろうぜ!! 清姫もオレの気配は感じてるはずだ。騒ぎに気付けばすぐに来てくれるだろうよ!!」

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