第59話 水虎の山狩り

 突如、後頭部を蹴られた三成は、前のめりに泥の中に倒れた。


「ぐあっ!? 何を……」


 詰問する間も無く、清姫の怪力で頭を押さえつけられる。動けない。左近といいコイツといい、こんな細腕のどこからこれほどの力が出てくるのか……?


「貴様、いいかげ……」

「しっ! あれをご覧なさい」


 清姫は三成に顔を近づけると、顎をうごかして前方を示した。その動作に促され、視線を前方に移す。


「あれは……水虎か?」


 雨の中、猿のような馬鹿でかいカエルのような、奇怪な生き物が数体歩いていた。人間よりもふた回りほど小柄だが、腕だけが長い。その体はびっしりと生えた短い毛に覆われ、雨粒を弾いている。

 禿頭のように頭頂だけ毛が生えていない。そして何よりも目立つのが、背中のすっぽんのような甲羅。

 水虎、あるいは河童と呼ばれる川の物の怪だ。人間を川に引き摺り込み、生き血を吸い尽くして殺すと言われている。


「タツクチナワがいたからもしやとは思ったけど、案の定ですわね」

「タツクチナワ?」


 海上で清姫と戦った耳のついた蛇だ。


「ご存知ありません? タツクチナワが現れるときに必ず河童も姿を現すって話ですわ」

「つまりアレも、太陰の下僕ってことか」

「でしょうね。ホラ、あれ……」


 清姫は空を指した。豆粒のような点が山の上に浮かんでいる。目を凝らすとそれは大きな翼を羽ばたかせて飛んでいるのが見えた。ワイバーン。太陰が乗って逃げた十二天将・騰蛇の名を持つ南蛮の怪物だ。


「どうやら権サマは、逃げおおせたようですわね」

「わかるのか?」

「当然。あの空の怪物、権サマの気が発せられてるところと全然違うところを旋回してますもの」

「なるほどな」


 秀久や左近が逃走した。それを捜索するために河童に山狩りさせ、空からも探している……そんなところか。


「ならば一刻も早く権サマに合流しないと」

「まあまて」


 今度は三成が注意を促す側に回る。


「周りに漂う気を読め。ひとたび気がつけば、なるほど。周りは水虎だらけではないか」


 雨で島全体が【水】の気に包まれているため分かりづらかったが……なるほど、注意深く地脈を読んでみれば、不自然な気の濁りばかりではないか。これらが全部水虎だとすれば、百や二百では済まない。とんでもない数だ。

 水虎一体は大した強さではない。が、これだけいるとなると、三成と清姫だけでさばくのは難しい。そもそも他勢の中に2騎で突っ込むなど、軍配師がやる戦ではない。


「では、どうしろと?」


清姫は不服そうに尋ねる。問答無用で突撃したかったようだ。この女、見かけによらない猪武者ぶりだな。元々の性質なのか、飼い主に似たのか……?


「水虎は下等な物の怪だ。好きな気に誘引され、嫌いな気を忌避する」


 【水】の物の怪は【金】を好み、【土】を嫌がる。この性質を利用して、三成たちの行手の【土】の気を高めて、水虎を追いやりたい方向の【金】を高めてやれば、自ずと道が作られるはずだ。

 清姫は【土】の気を持たない。だが【土】を育てるために不可欠な【火】の力は誰よりも強い。うまく気を循環させれば、水虎を寄せ付けない道が出来上がる。


「なるほど。では私が【火】を担当しますわ。権サマの元へ向かって愛の道をきましょう」

「では私は【金】の気を操る。いいか、あくまでも弱火だぞ? 空を旋回してる天将に気取られたら、元も子もないからな?」

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