第58話 南蛮術師

「毒された部分は全て取り除きました。あとは仙石様の肩と繋ぎ合わせれば」


 忍び装束の男は、左近がぶった斬った腕を持ってきた。そのあちこちに切除と縫合を重ねた跡がある。


「これはこれは……随分と切り刻んでくれたなあ」

「少しでも、太陰の身体のかけらが残っていれば、またあなた様の身体は乗っ取られてしまうゆえ、ご容赦を」


 言いながら男は切断面に巻いていた包帯を取り、秀久の方に合わせた。そのあと針と糸を取り出す。ぶちぶちとそれを秀久の中に突き刺し、腕を繋ぎ始めた。


「人体の治癒力を高める特殊な縫合です。その人の生命力の強さにもよりますが……早いものは一刻程度で動かせるようになるかと」

「まかせろ。生命力なら誰にも負けんわ」


 何せ鬼島津の集中攻撃からひとり生還した男だからのう。自虐なのか自慢なのかわからない事を言って秀久は笑った。


「それにしても、清々しいほど思い切りやってくれたな左近殿。まるで迷いがなかった」

「あの蛇女に睨まれるのは厄介だが、あそこはああする他ないと思ったんだ、許せよ。もっとも元に戻せるとまでは考えてなかったがの」

「まあいいさ、傷が増えて男振りも増すというものよ」


 肩から先を切断されるような傷を負いながらも、秀久の声は変わらず大きく、洞窟内によく響いた。が、外は大雨でその声が漏れることはなさそうだ。


 太陰から逃走した後、左近たちは谷底の沢を上流へと登り始めた。この洞窟は忍装束が知っていた場所だ。


「名前をまだ聞いてないな。小西の御家来さん」

「は。森三左衛門もりさんざえもんと申します」


 忍装束は覆面を外して、秀久の前に平伏した。紅毛碧眼こうもうへきがんの若い男だ。日本人離れした容姿だが、南蛮人の骨格でもない。おそらくは南蛮商人と日本の女の間に産まれた子だろう。


「我が殿・小西行長こにしゆきながの命により、半年前よりこの島の内偵を進めておりました」


 小西行長は、左近も何度か会っている。肥後 (現・熊本県) の大名で、今は唐入りの主力部隊として海の向こうで激闘を繰り広げているはずだ。


「半年前? そんな前からここにいたのか?」


 太閤秀吉から密命が下ったのはつい最近ことだ。


「元は伴天連からの依頼でした。島民たちがデウスの教えに従わず、独自の教義を広めようとしているとの事で……」


 小西行長は切支丹だ。それに南蛮との交易も盛んに行なっている。そのため南蛮人たちもこの手の話を頼みやすいのだろう。


「確かに島民たちは切支丹に改宗しておりましたが、それは表向きのだけでした。もともと島には巫女のようなものがおり、彼女が絶対的権力を握っていた。その巫女が南蛮人との交易のために島民に偽りの改宗をさせたというのが実情のようです」

「では、その巫女というのが……」


 天后。航海の安全を守る海の女神であり十二天将二番目の実力者。

 そして天后は、十二天将の主神である貴人の妻でもあった。太陰の目的が貴人の復活だというのなら、この島に来た理由も天后だろう。何を企んでいるか知らないが、奴より先に天后を確保して方がよさそうだ。


「三左衛門とやら。ひとつ尋ねていいか?」

「なんでしょう、青龍様?」

「太陰はどうなった? 奴を貫いた火矢は一体なんだ?」

「……そうですね。お二人にはご説明しておきましょう。ついてきてください」


 三左衛門は懐から何か小石のようなものを取り出し。洞窟の外に出た。入り口にほど近い場所に斜面を流れてきた雨水が溜まり、ぬかるんだ泥池となっている場所がある。

 三左衛門はそこに、小石を埋め込むと。指を動かして何か文字のようなものを書いた。漢字や仮名ではない。恐らくは南蛮の文字だ。

 さらに三左衛門は泥池に向かって何か言葉をかける。それも南蛮の言葉だろう。聞き慣れない響きだった。すると……


「おお……!?」


 泥溜まりの中から、ぬうっと人影が現れた。大柄な秀久よりもさらに一回り大きい。そして三左衛門の前にかしずく。よく見れぼそれは、泥の塊で構成されていた。


「これは……式神か?」

「南蛮の退魔術のひとつでゴーレムと申します。先程はこれを反対の山に挟ませ、【火】の力を込めた火矢で狙撃しました」

「お主は、南蛮の術を使うのか?」


 三左衛門はうなずく。


「幼少より小西家の商船で連れまわされているうちに、南蛮や唐の術師と親しくなり、手ほどきを」

「いや、大したものだ。うちの主もこんなものを作った事はないぞ」


 三成は南蛮と日本の技術を融合させた軍配術を使うと言っていたが、この術は初めて見るものだ。


「石田様も南蛮術の心得があると私も聞いてます。ですが、恐らくは私の方がこの分野は上でしょうね」

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