第57話 助太刀

 ガチンと音を立てて、太陰の刃は動きを止めた。


「ぬぐぐぐぐ……」

「こいつ……本気なの?」


 太陰は力を込めるが、刀に姿を変えたかんざしは全く動かない。その切っ先を、左近は口で受け止めていた。上下の顎に全力の力を入れる。前歯がきしみ、ヒビが入らんばかりの咬合力で、太陰の刀を封じた。


「ぐぐぐぐ……」


 さて、こっからどうする。あきれるような防御方法に太陰は唖然としている。が、左近が不利なことに変わりはない。この体勢のまま、別のかんざしで脳天を貫かれでもしたらそれで左近は終わる。そもそも【木】の化身たる左近は、太陰の属性である【金】に弱いのだ。


「ったく、最後の最後まで面倒くさいやつ!」


 案の定、太陰のかんざしの一本が宙に浮き、その尖端が左近の頭に向けられた。


「左近殿!!」


 秀久は叫ぶだけで、身体は微動だにしない。まだ太陰に身体を乗っ取られたままなのか。


「じゃあね、青りゅ……」


 突如真横から何かが突っ込んできた。それは太陰の頭にぶつかり、太陰の身体を吹き飛ばすように右手にある岩に打ち付けた。


「な、な……?」


 突然の出来事に、左近も秀久も唖然とする。奇襲を食らった太陰本人も、自分の身に何が起きたか把握できかねていた。


「何者だくそっ!!」


 長い棒状のもの……これは矢か。太陰の頭を貫き、岩肌に刺さっていた。矢はめらめらと炎を上げて燃えている。太陰の【金】は、【火】には弱い。


「仙石様! お助けに参りました!!」


 秀久の背後に何者かが現れた。忍び装束で顔を隠しているが、声の雰囲気は若い男のようだった。


「あ、あんたは?」

「殿の命により、あなた方をお助けするようにと」

「ってことは、小西サンの!?」


 忍び装束の男は、右手に数珠のようなものを持っていた。玉を通した紐状のものだ。その先に十字型の飾りがついている。切支丹が持ち歩く「ロザリオ」とかいうものだ。

 男はその十字型を秀久の腕を拘束する銀の輪に当てる。


っち……」


 十字架を当てた場所から銀の輪が真っ赤に光り、どろっと溶けて秀久の腕からこぼれ落ちた。


「拘束を解きました。これであなたは自由……」


 言い終わる前に、秀久の太い腕がぶんと振り回され、拳が男の頭に直撃した。


「ぐっ」

「わりい!! まだアイツの支配が解けてねえ!!」


 秀久が叫ぶ。その右腕の先には目玉と口が一つずつついていた。口が動き、きゃはははと童女のような笑い声を発する。太陰と同じ声色だ。


「何者かわかんないけど、残念。仙石サンの身体はもうアタシのもんだから」


 炎の棒に縫い付けられた太陰は不敵に笑っている。秀久の身体はそちらの方向へ走り出した。秀久の身体に矢を取り除かせるつもりか。


「助っ人殿! わらわの輪も外してくれ! わらわがなんとかする!!」


 左近が叫ぶと、すぐに忍び装束は左近に駆け寄り、先程と同じ動作で銀の輪を外した。それとほぼ同時に、左近は地面を蹴り上げる。目指すのはあの南蛮の化け物……の下に置かれている左近の太刀だった。


 ギシャア!!


 突然左近がこっちに向かってきたことにより、騰蛇と名付けられた化け物は牙をむき出しにして威嚇した。……が、それだけだ。やはりこの畜生には知性が感じられない。


「邪魔だこのトカゲ風情が!!」


 まったく、太陰たちこやつらもなぜ、こんな化け物に、自分たちと同格の十二神将の名を与えたのか、理解に苦しむ。

 左近は滑り込むように騰蛇の懐に入り、自分の愛刀を掴むと、ふたたび地面を蹴りあげた。次の目標は秀久の背中だ。


「許せ権兵衛どの!!」


 左近は空中で太刀を抜き、全体重をかけてそれを奮った。


 ブブチッ!


 肉と骨が断たれる鈍い音がして、秀久の右腕が飛んだ。


「ぐああああ!!」


 絶叫する秀久の襟首を左近は掴み上げる。


「退却じゃあ!!」


 そう言って。左近は崖の上から跳躍し、秀久の身体もろとも谷底へと落下していく。それから一拍遅れて、忍び装束の男も跳ぶ。男は空中でくるくると回る秀久の腕を掴むと、左近たちを追って崖の下へと吸い込まれていった。 

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