第56話 復活計画

「ほら見なよあそこ。君たちの相方も上陸するみたいだよ?」


 太陰が指差す方向。海の中に一本の白い筋が見えた。清姫が三成や水夫たちを連れて島にやってきたようだ。

 くそっ。不覚だった。あの後、騰蛇にしがみついた左近は背中に飛び移り、このクソガキを斬り刻もうとした。が、秀久に妨害された。正確にはクソガキが動かす秀久の武技に、だが。


「面目ねえ、左近殿」


 心底から申し訳なさそうに、秀久が頭を下げる。身体を乗っ取り操作するのは、太陰は得意技だ。なす術なく左近は制圧されてしまった。今二人は、銀の輪を後ろ手にはめられ、岩山の頂上に並んで座らされている。


「もう良いわ。しかたあるまい」


 別に秀久ごと太陰を斬ってしまっても良かったのだ。気持ちのいい男とはいえ、所詮は人間。神の価値観で考えれば、死のうが殺そうが別に何ともない。

 ただその場合、あの蛇女が執拗に左近を付け狙うだろう。その事を考えたら太刀筋が鈍ってしまった。


「で、太陰よ。わらわたちを生かしてどうするつもりだ? 殺すならさっさと殺せよ」


 まあ黙って殺されるつもりなど、さらさら無いが。


「はははっ、相変わらずせっかちだなー青龍」


 太陰はけらけらと笑う。


「アタシはさ、アンタを誘いにきたんだよ青龍。アタシたちの仲間になろーよ?」

「なんじゃと?」


 思いがけない提案だった。が、すぐに頭の中で色々なものが繋がる。


「なるほど、天空を操っていたのは貴様か? そして新しい手足を欲していると言うわけじゃな? あの南蛮の化け物と同じように」


 騰蛇と名付けられた有翼の大トカゲは、少し離れた所に座って、呑気にあくびをかいていた。


「んー半分当たりで半分間違いかな? 確かに天空動かしたのはアタシたちだけど、首謀者はアタシじゃない」

「ほう? では誰じゃ? どこぞの大名が貴様を飼っているのか?」

「それも半分だけ正解。確かにアタシたちはアンタと同じように、それぞれどこかの殿様と契約してる。けど、別の目的で動いてるんだよね」

「何?」


 別の目的? どう言う事だ。契約している人間はそれをがえんじてるのか?


「まーアタシに限って言えば、殿様もノリノリで付き合ってくれてるけど……。でも利害が一致してるだけで、同じ理想を抱いてるわけじゃ無いよ。アンタだってそーでしょ?」


 確かにそうだ。三成とはあくまで契約上の関係だ。奴や太閤に忠誠を誓ってるわけじゃない。

 安倍晴明は桁外れの霊気と術力を備えていたため、心身の完全な屈服を強いられていた。だが本来、人と神の契約なんてそんなものだ。


「で、似たような境遇の仲間で集まって、共通の目的のために動いてるってわけ。大名の欲求を叶えるかたわらでね」

「その目的とは?」

「わからない? アタシたちの真の君主の復活」

「貴人か!?」


 貴人。十二天将の主神であり、他の十一の神の上に立つ存在だ。その霊力は絶大であり、晴明ですら貴人だけは持て余していた。

 「使役していた」と晴明を称える伝説には記されているらしいが、実際には「封印していた」と言う方が正しかった。


「彼を復活させれば、アタシたちも人間にへつらう必要はなくなる。大名どもも太閤も全員殺して、アタシたちで天下を牛耳る事だって可能になる!」

「誰じゃ? 貴様とそこのトカゲ以外に誰が協力しておる!?」

「そんなの言うわけないじゃん。仲間になってくれるなら話は別だけど」

「んな話を聞いて、なるわけなかろう! 貴人を復活させる? 冗談ではないわ!!」


 青龍が求めるのは、自由と自分だけの神域だ。晴明にどちらも奪われてから600年。三成と契約して、ようやくそれらを取り戻せる算段がついた。

 なのに貴人などに復活させられては、全てが無駄になる。こいつらは馬鹿なのか? 自ら隷属する事を望むというのか、理解できない……。


「はあ……そんな気はしたんだけど、やっぱダメかー」


 太陰は頭からかんざしを抜くと、それを刀のような形に変化させた。


「なら殺すしかないけど、仕方ないよね?」

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